第21話 コロナ=マードッグ
キズモノ。
傭兵におけるキズモノとは、障害が残るほどの怪我を負いながらも未だ傭兵をやっている者たちの総称だ。
傭兵において何より大事なのは戦闘能力であり、怪我によって十全に能力を発揮できない者は欠陥品と言う扱いになる。
そのため傭兵ギルドへの信頼を損ねる可能性も十分に考えられるため早々に引退して欲しいと言う声も少なくない。
そんな想いや侮蔑など様々な考えが入り混じり出来た言葉がキズモノだ。
「つまりあなたは今欠陥品を掴まされようとしてるの。やめた方が良いわよ」
そもそもキズモノの意味が分からないと言ったところ、コロナは親切にその意味を教えてくれた。
パッと見は何か怪我してるようには見えないが……。
「つまり……コロナさんもどこか怪我を?」
「右足の腱をやられちゃってね。普通に歩くのはまだいいんだけど激しい動きはダメなの。元々足の速さを武器にしてランク上がってたんだけど、これじゃ下がっても仕方ないよね」
ちなみにランクはギルドごとにより異なる。
例えば冒険者ギルドのランクは悪さをしなければ基本上がったランクは下がることは無い。これはギルドの方針として熟練の冒険者は豊富な知識や経験など他に頼れる部分があるからだ。
対して傭兵ギルドは強さが全てである。そのためどれだけ強い傭兵でも歳をとり強さが翳ってくるとランクは下がる。
コロナのような怪我も同様に、例えそれまでの実績がどれだけあっても今の強さが全てなのだ。
「じゃ、こっちのこと話したんだし、もちろんそっちのことも話してくれるよね?」
「いや、別に良いですけど……」
とりあえずコロナには大体のことは話しておく。
最初は真面目に耳を傾けていたが、途中から『あー、なるほどね』みたいに妙に悟ったような顔になっていった。
「つまりヤマルさんはものすっごく弱いから仲間を集ってなんとかしよう、と」
「まぁ概ねその通りなんだけど……」
言葉に出されるとやはり堪えるものがあるなぁ。
それも年下の女の子に言われると尚のことだ。ただ本当のことなので反論はしないし出来ないのだが。
「それで
「そうですね。コロナさんのことを聞いたのはこっちに来てからだったけど」
うつむき考え込むコロナ。
しばらく見ていると彼女の中で答えが出たのか、こちらを見ては首を縦に振った。
「いいよ、ついていっても。正直ここ数ヶ月まともに仕事無かったし、そろそろ限界かなぁって思ってたし。最後にあなたの盾になれるなら、まぁ傭兵としては本望でしょ」
「ちょ、待った待った! 確かに護って欲しいとは思うけど、身代わりとかダメだから!」
「でも言ったとおりキズモノだよ? 前と違ってまともに戦えないし。それなら体を張って護ることでしか……」
「護るのはともかく自己犠牲が伴うのはダメ、絶対! 最悪その手段があるのは仕方ないにしても、最初からそれを組み込むのは反対だからね」
いきなりの身代わり宣言に強い口調で待ったをかける。さすがにこれは看過できない。
しかしどうしたものか。多分この子はキズモノだったとしても自分よりは強いはずだ。
だから仲間になってもらえるならそれはとても喜ばしいことなんだが、いかんせんこの調子では下手したら目の前で俺を庇って死ぬなんてことになりかねない。
何か良い手はないだろうか。自分に出来る範囲で、かつ彼女にとって一番良い方法。
それこそ魔法のような手段は……。
「じゃぁ私のことはやっぱり止めた方がいいよ。もっとまともな傭兵ならたくさんいるし……」
「……ねぇ、コロナさん。ちょっと確認なんだけど……」
「?」
首を傾げる仕草は中々可愛いが、とりあえずそこはぐっと堪え横においておく。
「元々Bランクって、つまり怪我が無かったら今でもBランクってことで合ってる?」
「まぁ、多分そうだと思う。あ、怪我を治すとかは無理だからね。あの時ごっそりいかれちゃったせいで、一番高いポーション使っても腱だけは戻らなかったし……」
当時すぐさま仲間が応急処置を行い帰還したものの、治療時にはすでにかなりの時間が経ってしまっていた。
そのためポーションを使っても怪我の深さから血肉を治すのが精一杯だったらしい。
治った後で更に上のポーションを使ったものの効果が無く、腱が戻ることは無かったそうだ。
「だから私はもうずっとこのまま。それを長期間連れて行くのはやっぱり止めた方が良いと――」
「明後日」
首を横に振りながら話すコロナの言葉を強い口調で遮る。
彼女は自身を仲間にするのを止めるように促すが、せめて諦めるなら打てる手段を全部やってからにしたい。
多分そうしないと自分自身が納得できない。
「明後日にもう一度お話したい。それまでこの話、ちょっと預かってもいいかな」
そう彼女の顔を見据えしっかりと告げた。
◇
途中までは予想通りに事が進んでいたと思う。そうなるように会話を仕向けた。
最初会ってから少し話すだけで分かった。彼はかなりのお人好しだ。
こちらがキズモノであっても馬鹿にすることも下に見ることも無い。それは自分と会ったことのある人の中ではとても珍しい存在。
そんな彼がこちらの境遇を加味した上で仲間に誘ってくれたのは純粋に嬉しかった。もちろん彼の境遇がこちらに近く、また他に仲間になりそうな人員がいないのも理由の一つだろう。
恐らく彼はこの話を断っても気にしないと言ってなおも誘ってくるだろう。
なので最初はその申し出を受けた。そしてその上でお人好しの彼が嫌うであろう行為――彼風に言えば自己犠牲の行為で護ると告げた。
そしたらやはり彼は止めてきた。
後はそれぐらいしか出来ないと尤もらしい理由を言えば引き下がると思った。
何せ自分を連れて行くということは、彼が嫌う自己犠牲の行為をさせることを自分で認めることになってしまうから。
(流石にこの人を巻き込むのはちょっと……ね)
彼が望む水準には自分は決して達していないだろう。むしろこの怪我ではお荷物になる自覚すらある。
ちゃんとこちらと真摯に向き合ってくれたからこそ気持ちを抑え身を引こうと思った。
だと言うのに……。
「明後日にもう一度お話したい。それまでこの話、ちょっと預かってもいいかな」
その言葉を聞いたときはただただ驚くしかなかった。
普通ならそれはオブラートに包んだ断り文句だろう。でも自分のことを話した上でのこの発言は本当に考慮すると言っているようなものだ。
しかも目の前には複数の貨幣が置かれている。
「あの、これは?」
「こっちの都合でコロナさんの行動を二日も縛るんだし、その分の日当は払うべきでしょ?」
訳が分からない。何もしてないのにお金が貰えるとかこの人は何を考えているのだろうか。
「あれ、もしかして足りなかった? ちょっとまだ傭兵の一日の賃金が分からなくって……あ、受付の人に聞けば」
「じゃなくって!」
むしろ足りてる部類だ。いや、自分の現状からすれば喉から手が出るぐらいだ。
昔あれだけ稼いでいたお金もこの国までの旅費、そして数ヶ月の滞在費でほぼ底を尽いていた。
そう、数ヶ月仕事なし。
獣人と言うアドバンテージも元Bランクと言う過去の実績もキズモノの前では何の意味も成してなかった。
「私、何もしてないよ。それなのにお金なんて貰えないよ」
「あー、この辺は考え方の違いかなぁ。う~ん……んじゃこうしよう。明後日まで他の仕事を断ること。更に怪我した状態になってたらまた変わってきちゃうしね。でももしどうしてもやりたい仕事、請けたい仕事あればそっちやっていいよ。その場合は契約不履行ってことでこのお金は自分に返してもらう、ってのでどう?」
状態の維持、その為のお金。そして違約金とその発生条件。
確かに依頼としてはギルドは成立させてくれる内容だろう。ただ内容が簡単すぎて逆に怖いぐらいだ。
「いいの? ほんとに何もしないよ?」
「うん、今のまま、ちゃんと明後日ここに居てくれればいいよ」
彼は笑顔でそう言うと話が終わったと判断したのだろう。
じゃあ明後日ね、とこちらに告げブースを後にして行った。
「………………」
一人残された小部屋、目の前に置かれた二日間の賃金を見て思う。
思い出すのは獣亜連合国での日々。
腕っ節が人一倍強かったため、周りが止めるのも聞かず子どもと言っても差し支えない歳で傭兵になった。
その後はとある人たちとパーティを組み、皆と戦いめきめき実力もつけていったと思う。
自分より大きな大人が小さな自分に倒されるのを見るたび、私は強いと思った。
そう、だからこそあの悲劇が起こってしまった。いや、今思い返せば悲劇でもなんでもない。ただの慢心だ。
最年少でBランクに上り詰めた初の依頼。リーダーの進言を無視して先走ってしまった。自分ならなんでも出来ると思い込んでいた。
結果仕事そのものは成功に終わったが、その代償として自分はキズモノに落ちる怪我を負った。
幸い身体の欠損までは行かなかったものの、今までのように動けなくなってしまった。
そして突きつけられる現実。周りの人は掌を返したように冷たくあしらい、パーティメンバーとも溝が出来てしまった。
リーダーが何か言い出す前に脱退を申し出たのはそんなときだ。自分のせいでリーダーと他の人の軋轢ができそうになっていたから、これ以上迷惑をかけたくなかった。
一人になって現状を考えたら絶望しかなかった。これまで剣一本でやってきたため、剣が満足に振るえなくなって生きる方法が見出せなくなっていた。
この国に来たのも獣亜連合国に比べれば傭兵のレベルが低い、だから大丈夫だろうと思ったからだ。
しかしそんなものは浅はかな考えだと気づくのにそう時間はかからなかった。
そして現在。自分に手を差し伸べようとしてくれた人に
「ッ!!」
置かれた貨幣を握り締めブースを飛び出す。
他の傭兵がこちらを見ているが、その中にヤマルの姿は無い。もうギルドの外に出て行ってしまったのだろうか。
出口に向け駆け出そうとするも右足が意思に反して動かない。痛くは無いがひょこひょことかなり不恰好な形でドアを開け外へと出る。
すぐに辺りを見回すとヤマルの後姿を見つけた。頭の上に何故か連れていた子犬を乗せていたからすぐに分かった。
「待って!」
だが呼び止める声も往来の喧騒にかき消されてしまう。
すぐさま後を追うが動かない右足がもどかしい。つんのめるように駆けては徐々に差を縮め、再度呼び止めるとようやく彼は気づいてくれたようだ。
こちらを見て驚きの表情を浮べているが、ともかくもう一度彼に話を……。
「あっ!?」
普段使わなかったためか右足がつんのめりバランスを崩す。すぐさま受身を取ろうと身構えたが、その前に何かに体が受け止められた。
「セーフ……。危なかったね、大丈夫?」
見上げればヤマルの顔、どうやらこけそうになった自分を見かねて受け止めてくれたようだ。
……本当にこれが元Bランクの傭兵かと思うと情けなくなってくる。なんだこの体たらくは。
「あの、コロナさん。どこか打った? 痛いならポーションあるけど……」
「違っ、違くて……そうじゃなくて……」
気づかぬうちに目ににじみ出ていた涙を拭い体を起こす。
そして彼の胸に拳を突きつけるように握り締めた貨幣を差し出した。
「ごめんなさい、やっぱりこれ貰えない……」
「え、でも……」
「見たでしょ、私の走り方……。全力でもあんな感じだよ? 迷惑にしかならないよ。それに……嘘、ついたから……誘ってもらう資格ないよ」
こちらの言葉に困惑する彼をよそに左手の手甲を外す。
その手首にはまるで何かに齧られた様な丸い跡があり、その跡の内側は回りの肉と明らかに違う色をしていた。
「足だけじゃないの、左手もやられちゃってね。もう重いの持てないの。これを知られたら今度こそギルドにいられなくなっちゃうから……黙ってたんだけど……でも……」
「あー、なるほどね。でも大丈夫だよ、ちゃんとそれも考慮したうえで明後日までには決めて――」
「なんで……」
尚も断わらないヤマルに頭が熱くなる。あ、ダメだと理性が告げたが、思いの丈を勢いのままぶちまけてしまった。
「なんで今断わらないの? 走れない、持てない傭兵なんて邪魔にしかならないよ! 同情だけで生きていけるほど外は甘くないよ?!」
言った、これでもかと言うぐらい言い切ってしまった。
それを受けた彼は最初は驚いた表情になったものの、次第にゆっくりとこちらをまっすぐ見据る。
「うん、コロナさんの言いたいことはちゃんと分かってるよ。俺だって自分の生死に直結することだから、同情だけでってことは絶対にしない。本当にダメって思ったら明後日ちゃんと断わるから、それまでは待ってて欲しいな」
「……分かった」
そこまで言うならもはやこちらから言えることは何も無かった。
彼の考えをしっかり聞けたのは良かったと思う。これなら安心……はまだ出来ないけど、とりあえず当日まではこのことでモヤモヤすることは無さそう……。
「あー、その……」
「?」
「とりあえず……ここ離れよっか」
横を見るヤマルの目線を追うと、自分達の周りにはいつの間にか人だかりが出来ていた。
人の往来のど真ん中であれだけ叫んだらどうなるかなんて、普通誰にでも分かりそうなものなのに……。
「あ、うぁ……」
今更自分のやったことに顔が熱くなる。
そして周りの主婦の方々が小声で話し始めたため、変な噂を立てられる前に彼と一緒にその場を後にしたのだった。
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