第16話 事後処理

 王都は魔物や盗賊などの外敵対策として街を外壁で囲っている。

 そして数箇所ある街門から冒険者や商人などが出入りし、怪しい奴や手配犯がいないか兵士がチェックしているのだ。

 だがそんな街門も日が落ち闇夜に包まれる頃には閉めてしまう。

 もちろん何らかの都合で門が閉まる時間に間に合わない人もいるため、一定数の兵士が常駐していた。

 たまに現れる荷馬車や冒険者を中に入れ、いつも通りに仕事をこなし、朝になれば帰る。

 そんないつも通りと思っていた兵士だったが、不意に見張りの兵士が外壁の上から降りてきた。

 急いでいたのであろう、この短距離間で息を切らせているのがそれを物語っている。

 

「ヤバいのがいた、かなり近い」


 部屋の中が緊迫した空気に変わる。

 その強張っている表情が冗談ではないと誰もが理解していた。


「何がいた?」

戦狼バトルウルフだ。二足歩行でゆっくりこっちに来てる」


 その言葉に聞いていた兵士一同が固まる。

 そしてきっかり三秒後。


「「「……はあ?!」」」


 皆が一斉に見張りに聞き返していた。


「いや、だから戦狼が……」

「いやいやいや! 戦狼はいいんだが……いや良くないけど!」

「二足歩行ってなんだよ! アレが二足で歩くモンじゃないだろ!」

「大体昨日戦狼が運び込まれたのお前も見てんだろ? 死体だったがどう考えても二足は無理だ。冗談にしちゃちょっと笑えねぇぞ」

「いや、本当なんだって! 嘘だと思うならお前らも見てみろよ!」


 本当に大丈夫かこいつ?と猜疑一杯の心で門の見張り窓から外を見る。

 暗闇に覆われているため良く見えないが、確かに何かがこっちに近づいてきていた。目を凝らし、暗闇に慣れてくると徐々にその姿が明らかになる。

 見紛う事なき戦狼だった。それも見張りが言ったとおり二足歩行でこちらに近づいてくる。

 だがそれだけではない。その戦狼は一人の人間を咥えていた。

 それはまるでこちらへの盾にするかのようで……。


「ッ! 警鐘を鳴らせ! 冒険者ギルドと傭兵ギルドに応援を要請し――」

「開けてもらえますかー……?」


 緊迫した空気に飛び込む疲れきった声。

 兵士が互いに『喋ったのはお前か?』と目配せするが全員が首を横に振りそれを否定。

 となると残った選択肢はあの咥えられてた人間しかなく……。


「すいません、これ重くて正直そろそろ倒れそうで……」


 戦狼が更に近づいたことで門の明かりに照らされ全貌が明らかになる。

 戦狼が人を咥えていたのではなく、戦狼を背に担いできた一人の冒険者の姿だった。



 ◇



 話は少し前に遡る。


 あれから飛ばされたバッグを回収しポーションで右腕を癒した。

 初めて使うポーション。右手が使えないため口で蓋を引き抜き、服の上から傷口に注ぐ。


「ッ、ぁ……!」


 消毒液なんて目じゃないぐらい物凄く傷口に沁みる。と言うか無茶苦茶痛い。

 涙目になりながらも中身をすべて使い切ると、傷口から白い煙のようなものがあがっていた。


(だ、大丈夫かこれ……)


 不安に駆られるもポーションの効果は確かであり、痛みはまだ残るものの傷はふさがったようだ。

 効果の高さに驚くしかない。この魔法薬をできれば日本に持ち帰りたいぐらいだ。

 これがあれば怪我しても医者にかからなくて済むだろう。が、今はその考えを一旦横に置く。


「とりあえずは動くか……」


 右肩は爪で斬られたものの中までは達していなかった。だが鎧の一部がぱっくりと裂かれ、カバンにいたっては肩紐が綺麗に両断されていた。

 補修したてだったのになぁ、と一人ごちると、とりあえず応急処置として切れた部分をきつく縛り上げる。

 そして《生活の風ライフ・ウィンド》を使い続けたまま先ほどの川へとやってきた。

 そこには先ほどの戦狼が川底に沈んでおり、もはや動くことはないというのが見て取れる。

 おそらくは溺死だろう。川で痺れたことでそのまま溺れたと思われる。


(でも一応……)


 実は死んだフリかもしれないと思い、スリングショットを使い確かめてみることにした。


「《生活の氷ライフ・アイス》」

 

 自分の中でのこの魔法のイメージは製氷機。個数と大きさ・形状はある程度いじれるが現状口に入る程度のサイズを良く使用していた。

 魔法で一口サイズの氷の塊を生み出し、それを弾としてスリングショットに番える。

 そのまま戦狼の近くに向け発射すると、弾は近くに着水。それを二度三度と繰り返すが戦狼が反応することは無かった。


「よし……」


 以前道具屋にて購入したロープをカバンから取り出し、川に入って戦狼の口と前足を縛り上げる。

 水中で縛るのは聊か骨が折れるが、川原に運ぶ間に息を吹き返すんじゃないかと思うととてもじゃないが先に移動させることなんて出来なかった。

 そしてカバンを首から下げ、戦狼をおぶさるように背中ごしに持ち上げる。


「くっそ、重……!」


 体内に十二分に水を取り込んだ戦狼の重さは尋常じゃなかった。

 普通の冒険者なら血抜きしたり水を吐かせたりするのだろうが、自分にそんな技術は無い。

 そもそも水を吐かせる行為が偶然にも息を吹き返す救命処置になったら目も当てられない。


「ほんっとーに今日はこいつのせいで散々だ……」


 死に掛けるし防具は壊れるしポーションは使う羽目になるし採取してた薬草ダメにされるし……。

 あれだけ怖がってたのになんか急にムカムカしてきた。

 決めた、ギルド戻ったらこいつ叩き売ろう。そしてその金で今日は良いモンでも食おう。

 女将さんに『今日は賄いじゃなく普通の頼みますよ(ドヤァ)』ってぐらい金を使ってやる。


 元々居た場所は王都までさほど遠くは無い。

 怒りをパワーに変え気合で戦狼を運ぶも、街門に到着したのは日がどっぷりと暮れてからのことだった。



 ◇



 今日の冒険者ギルドはいつもと違う盛況を見せていた。

 昨日戦狼を討伐したパーティーの四人全員がめでたくCランクへと昇級。ホールの一角で様々な冒険者相手に話しに花を咲かせている。

 だがそれだけではない。一部の冒険者は野丸が帰ってくるのを待っていた。

 心配しているとかそういうわけではない。ただ今日の賭けの対象が野丸になっただけのことである。

 刺激が好きな人が多いこの職種、ギルド内で賭博が行われるのも見慣れた光景だった。

 そして今日は『今日一日で野丸が稼ぐ金は?』が賭けの内容。

 選ばれた理由として野丸が受けるのは通常依頼ではなく常設依頼のため、支払われる金額が常に可変すること。

 さらに野丸はサラリーマン時代のサイクルが抜けきってないため、毎朝毎夕決まって同じ時間に姿を現すからだ。


 だがそんな野丸が今日は時間通りに帰ってこない。

 遅くとも日が落ちる前には帰ってくるだけに何人かは不思議がっていた。


「おっちんだか?」

「あー、ありえるな。その場合賭けどうなるんだ?」

「確か何も無しで賭けてるやつがいたろ。そいつの総取りじゃねぇの?」


 薄情に聞こえるかもしれないが、冒険者ではこれが普通である。

 人が死ぬこともままあるこの職種。何が起ころうとも基本は自己責任であるのは冒険者としての常識だった。

 例え変な依頼をつかまされたとしても『見る目が無かった』と思う人も多い。それらも含めて冒険者なのだ。

 だが少数ではあるが気にしてる人間もいた。いつも野丸の担当をしている強面のギルド職員、それにラムダンだ。


「ラムダン、愛弟子心配なのは分かるがそんな顔するな。板見てきたが死んじゃいねーよ」

「弟子ではないんだが……まぁ命があるってのが分かっただけでもよしとするか」

「しかし気になるな」


 二人の野丸のイメージは小心者、ヘタレ、とにかく安全に固執する。

 特に危険なことは避けるタイプだ。薬草探しに森に入ったなどは到底考えられない。


「何かに巻き込まれたとかか?」

「ありえそうだなぁ……あいつ妙に魔物に狙われてる節あるし」


 しかしこの近辺で出てくる魔物もたかが知れている。

 となると攫われたとかだろうか。ソロで採取していたはずだしチャンスはいくらでもある。

 だがその線も薄いだろう。お金を持ってる様子もなければ貴族に連なる人間でもない。

 ラムダンの今までの経験や知識からありえそうな可能性が浮かんでは消えまた浮かぶ。

 どれもしっくりこないな、と思っていた矢先、ギルドのドアがゆっくりと開かれた。


「ッ?!」


 現れたのは人間のように二足歩行で立っている戦狼。

 その姿にある者は飲んでいた酒を盛大に噴き出し、ある者は慌てて剣を抜く。

 一触即発。

 何かの拍子でこの場が戦場へと化すだろう。誰もがそう思っていたそのとき、戦狼が前のめりに倒れこんだ。

 何かやったか?と冒険者が目配せするが、誰も何もやっていないと否定が返ってくる。 

 そして……。


「も、ダメ……助けて……」


 うつ伏せで床に倒れている戦狼の下から、聞き覚えのある情け無い声が助けを求めていた。



 ◇



「マジで死ぬとこだったんですよ……」


 机に頭を乗せグロッキー状態で答える。精根尽き果てたとはまさにこの事。

 運んできた戦狼はギルドに渡し、ついでに血抜きやらその辺諸々の処理も任せた。もはや何もする気が起きない。


「いや、むしろ良く生きてたな……」

「同感ですよ。何で俺生きてるんですかね……?」


 ラムダンが感心半分、呆れ半分で話しかけてくるが顔を向ける元気もない。

 十中八九、九死に一生どころではない。思い返すだけでも今ここにいること自体が不思議でならないとさえ思う。


「それを俺達ギルドにも教えて欲しいところなんだがなぁ」


 よっこいせ、と男性職員が隣の席に腰掛ける。

 知らなかったことだが、このような一定以上の危険度がある魔物を討伐したときは報告義務があるそうだ。

 その情報を元に今後の対策、魔物の生息域情報など色々なことに役立てるらしい。


「とりあえずあいつとどこで遭遇したかだが……」


 問いかけられる質問にはしっかりと返すため、何とか体を起こし回答する。

 出会った場所、その時何をしていたか、どうやって倒したか等々。

 特に今回はEランクの冒険者が単独討伐と言う前代未聞なだけに、他の冒険者も近くで聞き耳を立てていた。


「なるほど、つまり戦狼が動けなくなったのが川だったからそのまま溺死した、と」

「そうですね。実際たまたまと偶然が折り重なったようなもんですから、あまり参考にならないかと」

「はっ、んじゃ結局実力じゃねーってことじゃねぇか」

「こら!」


 後ろの方から他の冒険者からの茶々が飛ぶが、実際自分でもそうだと思っているので怒る気にはなれない。

 

「まぁ実際その通りですよ。もし溺死狙いで倒したなら実力って言えたかもですけど、実際結果的にそうなっただけで一貫して逃げるために行動してましたからね」

「む……」


 振り向き苦笑しながらその冒険者に言うと、あちらも何も言えなくなってしまったようだ。


「ともかく問題の方は出現場所だな。こんな近くで出たなんて話聞いたこと無いぞ」

「なんででしょうね? 生息域は森って聞いてますけど……」

「森に餌が無くなったか? いや、それなら他の魔物が先に見えるはずか……」


 う~ん、と皆が一様に唸るが答えは出てこない。


「とりあえずギルド側から国には報告を出しておこう。調査のための公的依頼ミッションが出るかもしれんからな」

 

 よし、解散だ。とパンパンと職員が手を叩くと皆がその場から散っていく。

 しかし戦狼が近くにいた理由か。……まさか異世界人だからってオチはないよな。


(うーん、もしそうならこの国に十人もいるってことだし、もっとでかいのが来る? いや、皆なら来ても対処できそうだけど……ん?)


 考え込んでいたら肩を突かれた。

 振り向くと先ほど離れたはずの男性職員が何か物凄く難しい顔をして立っている。

 彼は何も言わずこっちにこいと言うように指で行き先を示した。

 指された先は先ほど戦狼が運ばれて行った部屋だ。多分解体作業中のはずだが……。


(あんまし見たくないなぁ……)


 グロいのにあまり耐性がないが、慣れなきゃと思い直し職員と共にその部屋に足を踏み入れた。


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