第15話 戦狼

 戦狼バトルウルフ

 体長は成体で大よそ二メートル前後。体毛が上側がダークブルー、下側が白のツートンカラーが特徴。

 主に森林や木々の多い山間部に生息する狼系の魔物だ。

 全体的にシャープな印象を思わせる体格は、印象通り鋭い動きで獲物に襲い掛かる。

 爪と牙、そしてその足を使った速さを武器に戦うその姿は、獣系魔物を正しく体現したと取れるだろう。

 特筆するような特殊能力はない。しかし純粋にただただ強い。

 群れることは無く、己の身体能力だけで戦う孤高の戦士。それが戦狼だ。

 

 そして冒険者にとってこの魔物は切っても切れぬ関係である。

 少々冒険者ギルドのランクについて説明しよう。

 ギルドでは強さ、功績、依頼の達成度など様々な面を考慮し、それらを踏まえた上でギルド規定に則りランクが決定される。

 ランクは最下層がF、そして徐々に上がっていき最上位はAの上にあるSランクとなっている。

 主に目安として、Fランクは加入したてのお試し期間、Eランクは新米冒険者、Dランクが半人前でCランクが一人前、B以上から数が一気に減りベテラン、天才などと言われる人間が集まっている。

 そしてこの戦狼討伐はDランクからCランクへと上がるための条件の一つであり、同時に昇級のストッパーともなっているのだ。

 その為半人前から一人前の祝いとして、Cランク以上の先人が祝い、Dランク以下の者は彼らを称える。

 冒険者同士の慣わしとして皆で祝うという風習がいつしか出来るようになっていた。


「……と言うわけだ」

「いつの間にか出てきて説明ありがとうございますラムダンさん。でもギルド規定の条件って表に出してもいいんですか?」

「正確には公然の秘密ってやつだな。ギルド側が開示したことはない。けどDのやつらがCに上がるときは決まって戦狼を倒した後だからな。ちなみに他のだとFからEへは登録してから数日顔を出して、なんらかのアクションを起こす。だったか」

「あー、だから自分でも上がったんですね」


 ようやく自分がランクアップしたことに納得がいった。

 確かにその条件ならば俺に限らずともよっぽどのことが無い限りEランクになれるだろう。

 つまり今度こそ、冒険者としてのスタートラインに立ったということか。


「俺らんときも苦労したんだよなぁ、懐かしい」

「むしろあんなの倒せること自体、こっちにとっては驚きなんですが……」


 ボロボロの格好をした冒険者パーティだが、それ以上にボロボロなのが運ばれてきた戦狼だ。

 死してなおその威圧感は拭えない。

 体中のあちこちに斬り傷、打撃痕があり、更には矢が背に何本も突き刺さっている。

 また魔法で焼かれたのか顔の半分は焼け爛れており、右足にいたってはばっさりと切断されていた。

 これほどまでにならないと勝てない相手と思うと恐怖でぞっとするしかない。


「まぁ冒険者続けるならどっかで戦う相手だぞ?」

「冒険者続けても戦いたくないですよ、あれ」


 まぁどちらにしてもあんなのと戦ったところで喰われるのがオチだろう。

 一方的に蹂躙される未来しか見えない。


「そう言えば最近はどうだ?」

「あ~……まぁ薬草メインで程々にしてますよ」

「ふむ、でもホーンラビットぐらいは仕留めたんだろ?」


 その問いかけに思わず顔を背ける。

 まさかあれから数日も経ってるのに一匹も仕留めてないなんて言い辛い。


「え、マジか? 一匹も?」

「あ~……その、なんと言いますか……。ちょっとやり方工夫して戦わないようにしてまして……」

「あれだけ追われてたのになぁ。まぁやり方は人それぞれか。戦わないでいいならそれに越したことは無いが、戦えるようにしておいた方が良いとは思うぞ」

「そうですね、善処はしたいんですが……正直あれ見ちゃうとやっぱり戦わない方が良いと思っちゃいますね」


 そう言い視線の先には仕留められ横たわる戦狼。

 その回りには先ほどのパーティーを中心としたお祭り騒ぎの人だかりが出来ていた。

 あんな風に人に認められたいなぁとは思うが、そのためにあんな化け物と戦うのなら絶対にお断りである。


「まぁそうそう会う事もないだろ。採取もこの辺でやってるんだろ?」

「そうですね、遠出はしてないですし……まぁあんなのが街の近くいたら大騒ぎですよね」

「だな。流通にも間違いなく支障出てくるだろうし、早急に退治されるだろうな」

「なら安心ですね」



 ◇



 ……なんて甘い考えしてた昨日の自分を張り倒したい。

 現状大ピンチです。えぇもう大きなピンチでDieピンチですよ。

 

「ガゥアッ!! グルルル……!!」


 現在昨日話題に上がった戦狼に下から抱きついている。それはもう必死に、離したら喰われるのが本能で分かるから。

 別に遊んでるわけじゃない。たまたまこの手段を選んだら最良だっただけ。


(マジで、うわ、どうすんだ、これ……!?)


 ほんの二分前のことだった。

 朝いつも通りギルドに出向き今日は通常依頼を探した。だが安全そうなのが無かったためいつも通り薬草などを探しに来た。

 そしていつも通り《生活の風ライフ・ウィンド》と《生活の電ライフ・ボルト》で周囲を見張りながら、これまたいつも通りホーンラビットを追い払いつつも何とかそれをこなしていった。

 そして日もそこそこ傾きかけてたので帰ろうとした矢先のことだった。


 周囲を循環させていた《生活の風》に何かが物凄い勢いで突き抜けてきた。

 もちろんそれに気づいたため、スリングショットを反応があったほうに向けて急ぎ構える。

 だが振り向くと同時に視界一杯に広がる『何か』がそこにいた。咄嗟に身をかがめたのは本当に偶然だったと言えよう。

 『何か』はこちらの右側を飛び抜けると同時に右肩に衝撃が走る。視線をそちらに向けると鎧の肩当てとバッグの肩紐がバッサリと切り裂かれていた。

 その衝撃は凄まじく攻撃の反動で地面を無様に転げ回る。そのままバッグもどこかに飛んでいってしまった。

 一瞬の出来事でパニックになる思考。ようやく体が止まり視界には夕暮れに近い空……と同時に覆いかぶさってきた『何か』。

 それは昨日ギルドで見かけた戦狼だった。

 餌を見るような目で今にも食いちぎらんと半開きに開いた口からは鋭い牙と隙間から滴り落ちる涎。

 まるで逃がさないと言わんばかりに戦狼の四肢がこちらの体を包囲するような位置取りをしている。


「ぐるあああっっっ!!」

「うわあっ!?」


 大きく口が開かれ食われると思った刹那に首元に抱きついた。もう無我夢中だった。

 何かのマンガか小説でそんなシーンを見たのを覚えていたかもしれないが、そのときは本当に何も考えられなかった。

 行動を起こさなきゃ喰われる、と恐怖に駆り立てられただけかもしれない。

 ガチン!!と戦狼の牙が合わさる音が耳元数センチで鳴り、それがより一層恐怖を肥大させる。

 そのまま両足を上げ戦狼をホールド。

 はたから見たら狼に下から抱きついているシュールな光景だが、本当にそれどころではなかった。


「はっ、はっ……ぐ、ぁ……!」


 こちらを振りほどこうと戦狼は暴れるが、尚も必死にしがみつく。

 抱きついてるためか牙はギリギリ耳元を掠め、また爪も脚がこちらに曲げれないのか今のところ届いていない。

 だが完全に手詰まりだった。運良く初撃と噛みつきが避けれたが、三度目はないらしい。

 少しでも手を緩めれば振りほどかれ喰われるが、だがこの状態でこちらからできることが無い。

 短剣を抜くには手を離さねばならないし、スリングショットは論外。

 魔法も攻撃用ではないためこの状態で使える物など……。


「あった! 《生命の電ライフ・ボルト》!!」


 戦狼を掴んだ両手からそのまま電気を叩きつける。

 バチッ!!と音がして一瞬戦狼が硬直したが、それだけだった。

 いや、むしろ今ので驚いたのか更に状況が悪化。

 暴れるのが止まったかと思えば急にどこかに向けて駆け出す。尚もしがみ付き振り落とされないよう力を込めていると、ふわりとした浮遊感。そして……


「がぼっ!?」


 バシャン!!と言う音と共に体が水の中に押し込まれる。


(川!? 近くにあったやつ……!)


 川幅も深さもそこまでない小さな川だったが効果は絶大だった。

 思い切り水を飲みこみ息が出来ない。そして何より絶望させることが一つ。


(指が……) 

 

 水に濡れたせいで指が滑る。戦狼の体毛を毟り取る勢いで掴むが、尚も川の中で暴れ回られては限界だった。

 右手がズルンと滑り落ちる。しまったと思い再び手を伸ばすが、それを待っていたかのように戦狼が右手に噛み付いた。


「ごぶっ! が、あああああぁぁああ!!!」


 水の中で声にならない声を上げる。少なくなった酸素を更に吐き出しながら右手を引き抜こうとするも、がっちりと牙が食い込みビクともしない。

 小手の上からだったのがせめてもの救いか。金属板で補強した部分が変形しながらも上あごの牙を防いでいた。

 だが下あごからの牙は小手を突き破り肉をえぐる。視界には溢れた血が川に広がる光景は絶望しか感じ取れなかった。

 遠のきかける意識。

 だが急に戦狼が顔を持ち上げたため右腕ごと体が上に引っ張られた。


「ぶはっ!! げほっ、が!?」


 水面から顔が出ると同時に息を吸い込むが、見計らったかのように戦狼が顔を下げ再び水中に押し戻される。

 まるで獲物を弱らせ確実に仕留めるような動きだった。

 水面から出ては沈められ、また上げられては落とされる。

 その度に右手が悲鳴を上げ、小手の金属板も文字通り軋みをあげていた。


(こ、の……!)


 そして再三水上に持ち上げられた瞬間、噛まれた右手の掌を開く。

 狙いは喉、戦狼自身ががっちり咥えているため外しはしない。


「《生活の水ライフ・ウォーター》--ごばっ?!」


 魔法を唱えると同時に再び川に押し込まれる。

 こちらの魔法によっていきなり胃と肺に水を押し込まれた戦狼は驚き、そのまま沈めようと体ごと押さえつけるようにのしかかってきた。

 川底と戦狼に挟まれ全く身動きが取れない。このままじゃ今度こそ死ぬ。


(死……)


 背中にぞわりと冷たい感覚が走る。

 まるで死神の鎌を喉元に突きつけられたような、そんな錯覚が頭を駆け巡っていく。


「ッ!! 《生活の電ライフ・ボルト》----!!」 


 もはや一か八かですらなかった。ただ何か抵抗しなければ、もがかなければと本能に突き動かされただけだった。

 大量の気泡と共にまともじゃない発音で告げられる魔法名。だがそれは確かに発動された。

 バチィッ!!と先ほどよりも大きな音と共に再びビクンと戦狼の体が揺れる。

 そして戦狼が軽くなったかと思えばそのまま巨体が水の中へと倒れこんだ。


「ぶはぁっ!!」


 顔を上げ大きく息を吸う。肺が酸素を取り込み死の感覚が遠のいていく。


(逃げなきゃ……)


 感電死なんて希望は抱かない。この魔法にそんな威力が無いのは使い手の自分が一番分かっている。

 立ち上がり見ると川に横たわる戦狼の姿。水面に辛うじて出ている目は怒りに燃えており、痺れた体は俺を襲おうとピクリピクリと小さく動いていた。

 口からは唸り声でも上げているのか、気泡がポツポツと浮かんでは消えている。

 そう、戦狼こいつはまだ生きている。一時的に痺れているだけで怪我すらしてないだろう。

 水を体内に押し込んだことと川だった偶然が重なり、内外に水が溢れてたため効いてくれたと思われる。


「くそ……」


 やられた分蹴飛ばしたい衝動に駆られるも、ともかく今は逃げの一手だ。

 痛む右手を押さえ、ふらつく体で何とか岸に上がり、土手を登って後ろを確認。

 戦狼がまだ動いていないのを見てはその場を離れるべく王都に向けて駆け出した。

 気持ちでは走っているつもりでもその速度は普段の早歩き程度しかなかった。それでも生き残りたい一心でとにかく前に前にと進む。

 いつ後ろから追ってくるか分からない恐怖に耐えながら、ようやく冷静になりつつある頭が索敵のことを思い出した。


「《生活の風ライフ・ウィンド》」


 いつも通りの周囲を循環ではなく、先ほどの地点に伸ばすように風を送る。

 《生活の電ライフ・ボルト》の電波索敵レーダーでは土手の角度が邪魔になると思ってのことだった。

 風が触れる。地面を、草を、土手を、そして川を。

 水の流れと、そして先ほどと同じ位置で水面から出ている戦狼の顔の一部を感じ取れた。

 どうやら思った以上に痺れてくれているようだった。その場にいまだにいたことに少し安堵しつつも、油断せず歩を進めようとしたところでふと気づく。

 

(気泡が無い……?)


 先ほどは確かにあったはずの戦狼の口から出てた気泡が水面上で感じ取れない。

 それはつまりあの戦狼が息をしていないという事になる。


(どうする……?)


 もしそうなら出来ることなら戻りたい。

 戦狼に飛ばされたバッグには怪我を治すポーションがある。何よりお金がそのまま入ってるため、このまま帰ったら無一文だ。

 だが生きている場合は再び死地に赴くことになる。こんな状態で、いや、万全だったとしても今度こそ食われるだろう。

 それに生きてる場合、戻らなくてもこっちに向かってくるのは想像に難くない。

 行くか、引くか。


「……あー、くそっ!」


 数瞬の逡巡、再び芽生える恐怖を虚勢と悪態で拭い去り戦狼の元へ戻ることにした。

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