第13話 生活魔法

 どれだけの時間が経ったのだろうか。気づくと視界は戻り、目の前にはマルティナの姿。

 そして持っていた魔道書は開いていたページが真っ白になっていた。

 他のページを捲るも何も書かれておらず、残ったのは白紙の本のみ。


「気分はどう? 気持ち悪いとかはない?」

「あ、はい。何か夢見てたような……」

「最初はびっくりしちゃうよねー、私もそうだったし。まぁこれで魔法覚えたわよ。後は使えるかどうか試すだけね」


 え、もう?!と驚くが、マルティナの表情は冗談を言ってるような感じではなく、当たり前のことを告げてるのが見て取れた。


「でもどうやって魔法を……」

「大丈夫よ、使


 そんな馬鹿な、と言い掛けて止まる。

 分かる、魔法の使い方が確かに分かる。覚えたというかそんな感じではない。

 まるで手足を動かすように、呼吸をするように、と言う確かな感覚。

 これを言葉にするのは難しい。当たり前のことを口に出して理論を展開するようなものだ。

 人に呼吸のやり方を教えてくれと言われて詳細な説明をできる人はいないだろう。息の吸い方、肺の動かし方など説明し教えれる人が果たして何人いることか。

 まさに出来るからやれる。そのレベルでの馴染みっぷりだった。


「どう、魔法使えそう?」

「一度やってみないことには、ですね」


 しかしこの魔法の知識、使用法など確かに体の内にある。

 《生活魔法ライフ・マジック》。詠唱は無し。魔術構文は『各種生活魔法の行使・創造。術者の生活環境依存』。


「あの、マルティナさん。なんかこれの魔術構文おかしくないですか? 生活魔法の魔術構文が生活魔法が使えるとか……」

「あー、一緒に創造ってあるでしょ? 自分で創れるのよ、簡易創造魔法が組み込まれてるからね」


 つまり自分が思い描く魔法が出来る?

 いや、そんな幅広く使えるものではないだろう。そんな規格外の機能があればこの人マルティナがそもそも黙ってはいない。

 恐らく、と言うよりかすでに知識としてあった。やはりそこまで強力なものは無理のようだ。


「生活環境依存って構文あるから、人によっては創れる魔法が変わってくるはずよ」

「あー、確かに創れそうな感じがいくつかありますね」


 まるで頭の中を探るような感覚、だが違和感は感じない。

 マルティナが言うように複数の生活魔法が羅列されていた。これが自分の生活環境から抜粋された生活魔法なのだろう。


「色々あるなぁ。あれ、《電》……電!?」


 頭に浮かんだ文字には驚愕するしかない。電、つまり電気のことで間違いないだろう。

 雷ではなく電なのは日本でしこたま電気を使用していたからに他ならない。


「『でん』って何? 聞いたことないんだけど」

「あー、えーと、雷あるじゃないですか。あれのものすっごい弱いやつと思ってくれれば……」


 正確には違うのだが、何も知らないマルティナにイメージを伝えるにはこれが一番しっくりくるだろう。

 

「へぇ、そんなものまで君の世界では身近にあったのね。ますます話を聞くのが楽しみになってきたわ」


 探究心が高いなぁと思う反面、質問攻めされたらどうしようと不安がよぎる。

 学校で習ったり何となく気になってネットで調べたりした程度の知識しかないのに、技術の理論まで聞かれたらどうしようもない。


「まぁそれは追々でいいとして、まずはちゃんと使えるか何かやってみてくれない?」

「あ、そうですね。では……」


 今度は自分が木偶人形と相対する。

 とは言え今から使おうとしているのは飛ぶ魔法ではない。単に暴発したときのための保険だ。

 頭の中でまずは創造。作成したのは《生活の火ライフ・ファイア》。魔術構文は『火と熱の操作』。

 マルティナがファイアボールを使ってたので比較用としてこれを選んだ。


「《生活の火ライフ・ファイア》」


 右手を突き出し人差し指を伸ばし魔法名を告げる。

 すると指先からライター程度の火が現れた。手の形から見ればチャッカマンにそっくりである。


「おー、出来たじゃない! 不安定さとかある?」

「大丈夫ですね、違和感全く無いですし……。マルティナさんが言うように丁度良かったのかも知れません」


 いや、実は不安定さはあった。ただし別の意味で。

 魔法がついに使えた。その事実が自分の中で歓喜に変わり、感情がもうぐるんぐるん渦巻いていた。

 魔法の制御そっちのけで思わず小躍りしたくなるぐらいである。

 良くぞ自制したと自分を褒めてやりたい気分だった。


「でも火の量が小さいわね。私のときは焚き火ぐらいあったけど」

「生活環境の違いなんでしょうね。自分もなれればもう少し強火は出来るかもですが」


 まぁ生活の中で使っていた最上級の火なんてコンロ辺りが関の山だろう。指先から出てる火が複数増えたところでさほど脅威にはなりえない。

 熱操作は……まだ分からない。多分沸騰とかその辺ぐらいだろうか?


「他のも出来そう?」

「やってみますね。《生活の水ライフ・ウォーター》」


 火を消し人差し指を引っ込め、代わりに手のひらを突き出すようにして魔法を唱える。

 今度は手から水が出てきた。さながら水道の蛇口かホースといったあたりだろうか。少し制御すればホースの口を摘んだような勢いにすることや、単純に水量を増やすことは出来るかもしれない。


「おー、うまいうまい。あ、魔力はどう? 気持ち悪くなったり倦怠感は?」

「いえ、今のところ特には。と言うかギルドの人って魔力量感じ取れるんじゃ……」

「ヤマル君の魔力が少なすぎて違いが分かんないのよね。魔法を使ってる今でも減ってるどころか増えてるようにすら感じるし」

「え、それって魔力の最大値が上がってるとか……」

「あはは、無い無い。こんなので上がってたら世の中の魔術師が発狂しちゃうわよ」


 ものすごく明るい顔でばっさり否定された。しかもこんなのでって……。


「まぁ多分魔力の自然回復じゃない? 外気から魔素マナを取り込む量はきっと他の人と一緒ぐらいなのよ。元々の魔力量が少ないから、魔法を使ってもすぐに回復しちゃうんじゃないかな」


 最大値も消費も少ないから回復がすぐ終わると言う事か。

 気軽に使えるのはやっぱり生活関連の魔法と言うことで創られたからだろう。


「とりあえず使えて一安心ね。ちゃんと使いこなせればきっと役に立つはずよ……多分」

「そこはちゃんと言い切って欲しいところなんですけどねー……」


 とは言えついに魔法を手に入れたことに嬉しさを抑え切れそうにない。

 今日はどうしよう、さっそく仕事に生かすべきか。

 いやいや、焦るんじゃない。ここはちゃんと魔法の性能は把握しておくべきなんじゃないだろうか。

 何が出来て何が出来ないのか知らないと実戦で使うには不安が残る。

 だが早速使ってみたい。出来れば危なくない範囲で……。


「よっぽど嬉しいみたいね、顔に出てるわよ?」

「おっと……」


 いかんいかん、顔が緩んでいたらしい。

 ともあれ冒険者として必要そうなものがまた一つ揃った。

 武器に道具、そして魔法。

 これらをちゃんと使いこなし、しっかりと生計を立て安定させるのが当面の目標だ。


(頑張らないと……!)


 魔法を覚えたことで少し前向きになってると思いながら目標を今一度再確認するのだった。

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