第11話 魔法を覚えよう


「んふふ……!」


 ラムダンの教育を無事終えた翌日。俺は上機嫌にある場所へとやってきていた。

 そう、"魔術師ギルド"である。

 昨日ラムダンが最後にこうアドバイスしてくれたのだ。


『もし金がまだあるなら魔法覚えるのも手だぞ。魔術師ギルドに行けば簡単なのなら魔法買えるからな』


 魔術師ギルドで魔法が買える。

 つまりそれは誰でも――もちろん俺でも魔法が使えるようになるということだ。

 魔法……一度は使ってみたかった。指先から炎が出たり癒しの光が使えたらと何度思ったことか。

 もちろんどんな魔法があってどれぐらいの値段なのかは知らない。

 だが日本では絶対に使うことができなかった憧れの魔法だ。多少値が張ってでも購入するつもりである。

 

「よし、行こう!」


 期待に胸を膨らませ、魔術師ギルドの中へと入っていった。



 ◇



「あ~、あなたに魔法は無理っぽいですね」


 そして開始三分で夢が砕かれた。

 魔術師ギルドの受付の女性に用件を伝えたところ、何故かまじまじと見られた。

 そして出てきた言葉がこれである。


「え、でも、まほう……」

「何かあなたから魔力そんなに感じないんですよ。珍しいですよ、ここまで魔力感知に引っかからない人なんて」


 魔力が自分には無い。つまり魔法に必要なエネルギーが根本的に備わっていない。

 いや、少し落ち着いて考えればその可能性が十二分にあることぐらい分かりそうなものだった。

 だが目の前に"魔法が使えるかもしれない"なんて希望ぶら下げられたら期待の一つや二つ持ってしまうものだ。

 そう、だから……ものすごい凹んだ。こっちの世界に来て久方ぶりの朗報だった分、精神的ダメージは大きかった。


「あ、そんな落ち込まなくても……! ほら、魔法使えなくても他に手段だって」

「いえ……あなたが謝ることじゃないですよ。自分でも魔法が使えるんじゃないかって舞い上がっちゃっただけですし……」


 でもやっぱりそうすぐに割り切れるものではない。

 ため息ひとつ、魔法、使いたかったなぁと小声でごちっていると、いきなり後ろからがっしりと両肩を掴まれた。

 驚き顔だけ振り返ってみると別の女性が肩を掴んだままこちらをじっと見つめていた。

 歳は自分と同じか少し上ぐらいだろうか。

 首元まで伸ばした茶髪のシャギーカットが印象的な女性。

 彼女も受付の女性と同じような制服を身に着けていた。ただし細部が若干異なっており、胸元に何か徽章きしょうのようなものがある。

 そしてその身に纏う雰囲気は覚えがあった。日本の会社で居たある女性、所謂仕事が出来るキャリアウーマンの様な雰囲気を出している。

 そんな彼女だが、何故かその顔はなんと言うか、こう、ものすごく興味を示したような……そう、まるでおもちゃでも見つけたような顔をしていた。


「君、時間ある? あるならちょっとこっちに」

「え、あのちょっと……!」

「ごめーん、ちょっとこの子借りてくわねー」


 肩を掴まれたままそのままぐいぐいと押され、会議室とプレートが張ってある一室に連れ込まれた。

 そのまま備え付けの椅子に座らされると、女性は後ろから耳元でこう囁く。


「君、もしかして異世界の人?」

「ッ!?」


 慌てて振り向くと彼女はにんまりとした表情をしていた。

 しまった、と思うが時すでに遅し。今の行動を彼女は肯定と受け取ったようでうんうんと頷いている。


「やっぱりねー。異世界の人なら魔力無くてもおかしくないよねー、異世界だし」


 何やら勝手に納得したようだが、彼女が何をしたいのか分からない。

 こちらが困惑してのを見てか、彼女が明るく笑いかけてくる。


「っと、ごめんごめん。自己紹介が遅れたわね。私はマルティナ、この魔術師ギルドのギルドマスターよ」

「うぇ、ギルドマスターさん?!」


 まさかの一番偉い人だった。と言うかこの若さでここを任されてるとか、本当に優秀な人のようだ。


「うぇって何よー、ちょっと傷つくなぁ。それより君の名前教えて欲しいんだけどなー?」

「いえ、びっくりしちゃって……。あ、古門 野丸です」

「ヤマル君ね、りょーかい」


 そもそもギルドマスターが自分に何の用だろう。

 少なくとも目をつけられるようなことはしていないはずだし……いや、それより異世界人ってバレても大丈夫なのだろうか。


「そんな顔しなくても大丈夫よ。確かに異世界の人を見るの初めてだけど、地方領主の中には前に召喚された異世界の人の子孫いるし」

「え、そうなんですか?」

「割と有名よ。国が前から異世界人召喚してるってのは結構知られてるし。まぁさすがに誰が異世界人かまでは出回ってないけどね」


 だからさっきの領主様は例外、と付け加える。


「ちょっと前に王城のほうで大きな魔力の変動あったからね。何かやってるとは思ったけど、さっき君を見てピンと来たのよ。一週間前に国葬もやったばかりってのも理由の一つね」


 ピッと人差し指を立てて告げる姿はまるで推理ドラマのワンシーンのようだ。

 彼女が言う魔力変動は多分俺たちが召喚されたときのことだろう。もしかしたらここのギルドの人の大部分が感づいているのかもしれない。


「そ・こ・で! 君から是非異世界のお話を聞かせて欲しいのよ」

「え、あっちの話ですか?」


 と言うか日本の話しても大丈夫なんだろうか。

 ……多分大丈夫なんだろうな。何せそもそも国が異世界人(自分除く)の技術や知識を欲してこっちに呼んだわけだし。

 しかも自分は不必要と判断された人間だ。話したところで多分問題ないだろう。


「でもそもそも魔法が存在しない世界ですよ。そんなの聞いても魔術師ギルドの人にとって面白いかは……」

「あら、良いじゃない。魔法無しで成り立ってる世界なんてそれだけで面白そうね」


 こちらの言葉に更に興味を持った様子である。

 どうしようか。話してもいいけど自分にメリットあんましないし、う~ん……。


「もちろんタダとは言わないわ。代わりにこっちの魔法の知識を教えてあげる、使えなくても知って損はないはずよ。それに……」

「それに?」


 ふふ、と魔性を感じさせるような笑みを浮べると、彼女は自分に対しての最強の手札を切ってきた。


「もしかしたら君でも使えるかもしれない特別な魔道書があるのよ。それ、格安で売って上げてもいいわよ」



 ◇



 まだ仕事中と言うことで、日本の話は後日改めてと言うことになった。

 とりあえず魔法の知識を教えるのはギルドの仕事の一つと言うこともあり、そのまま会議室で教育が始まる。


「何も知らないみたいだし、まずは基本的なところから行くわね」


 そもそも魔術師ギルドをはじめとするギルドと名のつく機関は国営なのだそうだ。またギルド同士は相互で協力関係にあるらしい。

 その中でも魔法に関することを一手に引き受けているのがこの魔術師ギルドだ。

 内容は魔法や魔道具の開発、魔法の売買、魔法を使った犯罪捜査の協力や魔石への魔力充填など多岐に渡る。

 魔石というのは魔道具を動かす、いわば電池みたいなものらしい。魔力を溜める性質を持ち、主に魔物の体内から採取できるそうだ。


「で、ギルドで魔法を覚えることができるんだけど、そもそも魔法を覚えるのは二通りあるのよ」


 それが魔法の開発と魔道書。

 魔法の開発は文字通り魔術師ギルドのメンバーが自ら編み出すこと。

 そして魔道書は魔術師が自らの魔法を封印することで出来上がる本。この魔道書を介する事で他の人にその魔法を伝授することができるらしい。


「まぁそもそも魔道書への封印魔術が高度だから量産にはあんまり向いてないのよね。媒介になる本もそれなりに高いし。ともあれ魔道書があれば君も魔法を覚えることはできるのよ。使えるかはともかくね」

「自分の場合使えないのは魔力が原因ですか」

「そうね。魔力と魔法は切っても切れない関係だからね」


 自身の魔力を用いて魔法を使う。魔道書で高度な魔法を覚えたところで魔力が追いついてなかったら不発に終わるし、最悪どんな反動が来るか分からない。

 ともあれ自分が魔法を使えないのは、魔法への適正ではなく魔力量によるものと言うことがはっきりと分かった。


「あれ、でもそれじゃそもそも自分に使える魔法無いんじゃないですか? 出来ないってさっき受付の人に言われたってことは、魔力消費少ない魔法ですら無理だったってことですよね」

「そうね。『普通の』魔法なら、ね」


 そう言って意味ありげな笑みを浮べると、彼女は一つの魔道書を机に置いた。

 教育前にどこからか持ってきた古びた……いや、違う。埃かぶってて汚れた魔道書だ。こちらの視線に気づいたのか慌ててそれを払い落としている。


「コホン。これが君が使えるかもしれない魔道書よ」

「えーと……《生活魔法ライフ・マジック》? 生活?」


 本の表紙に描かれているのが魔法名だろうか。

 生活魔法……う~ん、いまいちピンと来るようなイメージが無い。


「さっき君には魔法は無理って言ったけど、これだけが例外中の例外……多分」

「何かあまり自信無さげですね……」

「しょうがないじゃない。多分いけると思うけどぶっつけ本番になるんだし。まぁそれはさておき……」


 コホン、と仕切りなおすようにマルティナが咳払いを一つする。

 

「そうね、結構ざっくりした例になるんだけど。例えば大きな水瓶みずかめに水が入ってて、近くに桶があるってイメージしてみて」

「はい?」

「いいから。はい、イメージイメージ」


 良く分からないが頭の中で言われたとおりイメージする。

 なみなみと水が注がれてる水瓶とそれを掬うための木桶、でもこれがなんだろう。


「水は魔力、水瓶と桶は一般人が持つ魔力の貯蔵量と魔力消費量って考えてね」

「はい」

「で、目の前に焚き火があってそれを消そうとしたらどうやる?」

「まぁ、桶で水ぶっかけますね」


 頭の中で水瓶から桶で水を掬い、焚き火にかけて消化するイメージをする。


「その水を使って"火を消す"って行為が魔法に当たるわけよ。水瓶たいないからまりょくを取り出して消火する魔法を使う。ところが君の場合、水瓶が桶サイズ、桶がカップサイズだから、もし同じようにやろうとしたら」

「消せないし、消そうとして桶ごとやったら一発で枯渇しちゃうわけですね」

「そういうこと。魔法は発動するかもしれないけど、その後多分魔力切れで倒れるわよ。それじゃ使えてるとは言えないわよね?」


 確かに身を守るための魔法で身を晒すような結果になっては本末転倒だ。


「そこでこの魔法の出番ってわけ。この魔法はね、消費する魔力がものすごーーく少ないの。それこそ君でも使えるんじゃないかってぐらいに」

「なるほど……でもそれならなんでこんなに本が痛んでるんです? 消費魔力少ないなら別に俺じゃなくても他の人でも普通に使えるんでしょ?」


 人目につかなくなって随分と経ってる様な年季の入った魔道書。

 生活魔法と言うものが人気が無いのか、はたまた欠陥品なのか。


「あ~……これね、なんて言うか……私たちじゃ逆に使いづらいのよね」

「?」

「消費魔力が少ないって言うか、少なすぎて……ね。少なめに魔力注いでもそれでも多すぎるみたいで暴発しちゃうのよ」

「それ完全に欠陥品じゃ……」

「さっきの例で言うならこの魔法は"水を飲む"ってレベルなのよ。桶で水飲むぐらいの量汲むのも、飲むのも難しいでしょ。その点、君の魔力量ぐらいなら」

「火を消すには向かないカップサイズも、水を飲むなら丁度いいってことですか」


 ようやく合点がいった。

 なるほど、確かにこの魔法は根本的に魔力が無い自分向きのようだ。

 ただ気になる点はまだある。


「でも字面そのまま受け取るなら生活の魔法なんですよね、それ。戦闘とかに向かないんじゃ……」

「そうね。そもそも魔法の威力は”消費魔力の多さ”、”詠唱の長さ"、"内容の詳細さ"で決まってくるし。この魔法は、消費は極小、詠唱無し、内容も"生活に密接な魔法の行使"とかかなり大雑把だし……」


 まぁその分色々応用は効くと思うわよ、と一応はフォローを入れてくる。


「と言うか随分この魔法に詳しいですね?」

「そりゃ一回覚えてから再封印したもの。結構しんどかったわよ、この魔法。さっきの桶で水の例なら零さないように細心の注意払ってるようなもんだし。効果に対して必要な集中力がものすごくいるのよ」


 頭の中で両手をぷるぷるさせながら桶で慎重に水を飲むマルティナが思い浮かぶ。

 あー、確かにこんな感じなら再封印もやむなしか。


「個人的な見立てだと、『あると便利な魔法』ってあたりかしらね。戦闘向きではないと思うけど、これ以外に君に使えそうな魔法はないと思うわよ。どうする?」


 普通の魔法では魔力不足で使えない。

 だが目の前の魔法はこちらが欲する戦闘向きではないものの使える可能性がある。

 そして何より、俺自身魔法に憧れを抱いている。


 迷う必要など何も無かった。

 

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