6-7—思いがけない再会—

 そんな折り、珠樹の職場の交通事故に遭った救急患者として圭と思われる患者が運ばれてきた。珠樹は救急現場の看護師ではなかったので、その患者が圭だとは知らなかったのだが、患者の状態が落ち着いてきて、一般病棟に移されたその患者の回診で顔を見た途端、圭だとわかった。珠樹は咄嗟に驚愕の色を隠せなかった。ベッドの所定してある名札には時田晴彦と記されていたが、その風貌は圭にそっくりだった。回診の前に会釈すると目が合った瞬間、浮かべたその患者の微笑みに救われたように珠樹は平静をさっと取り戻したのだが。

「時田さん、体温と血圧の測定の時間です。お身体の状態はどうですか?朝の便通の具合はどうでしたか?」

珠樹はふつうの患者に接するように体温計を渡し、右腕の病院着の袖を巻くると血圧計の腕帯を巻きながら患者の様子をうかがった。

「珠樹だよね」

懐かしい圭の声がぽつりと響いた。

「やっぱり珠樹だ」

圭に似た患者は珠樹の白衣の胸についた名札を見て、再び呟いた。

「俺が誰だかわかるよね?」

珠樹は少し困ったような顔をして返した。

「時田春彦というのは芸名ですか?」

「そう、芸名だよ」


—しばらく、沈黙が漂ったが、その間、珠樹は血圧計が示した数値をカルテに記入していた。

「看護師として相変わらず、頑張ってるんだね」

「……圭は今は時田晴彦さんっていうのね」

「いろいろあったし、仕事上のこともあって、芸名をつけたんだ。君たちや実家にも迷惑かけたくなかったからね。今は小さな劇団の演出とか監督を本職にしているよ。雑誌やインターネットなどの小さな記事のライターやエッセイなどもときどき書いたり、クリエーターとして他にもいろいろなことしているけどね」

「そっか。今の今まで全然、気づかなかった……」

「まさかの事故で君とこうして会えたけど。なんだか懐かしかったよ」

「こっちはびっくりして手が震えちゃったわ」

「ごめん、ごめん。だけど元気そうでよかった。笙と一緒に暮らしているって、実は最近、人伝てに聞いたんだ」

「そうだったの?」

「ああ、つい最近ね。やっと地に足がついてきたからそろそろ連絡してもいい頃かなと思ったりもしていたんだけど、随分と時が経ったしどうしていいかわからずに時間ばかりが過ぎていったけど。笙の知り合いと偶然話す機会があってね。その時、聞いたんだ。笙も仕事が忙しいんだってね。笙は知らないと思うけど……。時田春彦として笙の知り合いからそれとなく聞いただけだからね。とにかく俺は君が笙と暮らしていることに関しては口出しできる立場じゃないから……。でもよく、頑張ってきたね。今更って感じかもしれないけど、時子のこともありがとう」

「良い娘に育っているわ。あなたに目許と鼻筋が似ているの」

「じゃ、きっと可愛い娘だな。君のところに戻ろうかと思った時もあったんだけど結局戻れなかった。俺は自由を選んだのかな」

「時子と会いたい?会いたいなら時子に聞いてみようと思うけれど……」

珠樹は一瞬、迷いながら言った。

「そうだな、やっぱり会いたいかな。会う資格がないことは重々承知しているけど、俺と珠樹の娘だからな」

「そうね。じゃあ、今日家に帰ったら聞いてみるね」

珠樹はそう言いながら、圭と付き合っていた頃のことを思い出していた—。


 


 

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