6-5—従兄との食卓—

 時子と悠紀人が二人で門の前に立っている姿に珠樹は一瞬、驚きの表情を浮かべたがすぐに悠紀人に気を遣うように言った。


「悠紀人さん、お帰りなさい。まだお疲れのところを娘が振り回したのかしら?」

「いいえ、図書館の帰り道、ジョンを散歩中の時子さんに偶然会っただけですよ。家に到着したときに挨拶済みだったし、一緒に帰って来たんです」

「そうだったんですか。さあ、早く家に入ってくださいな。私達が入り込んじゃったから少し狭苦しく感じたかもしれないけれど」

「そんなことないですよ。賑やかになって嬉しいし、こんな可愛い妹もできたし」

「そんな風に言ってもらえると私達も気楽になります。ありがとうね。悠紀人さんも大きくなったわね。最後に顔を合わせたのが確かまだ、小学生だったわよね。その頃から利発そうなお顔をしていたけれど、御両親に似て優秀みたいね」

「いや、優秀かどうかはまだこれから大学受験を控えているので。あと半年しかないし、受験勉強、間に合うかなぁ……。イギリスにいた頃は卒業試験やなんやかんやこなしていくだけで必死で。日本の受験体制についていけるかどうか自信ないですよ」

「悠紀人さんなら大丈夫ですよ、きっと。頑張って下さいね。時子は悠紀人さんの邪魔をしちゃだめよ」

「はい、もちろん」


 時子はどこか上の空といった調子で母の話に相槌を打った。頭の中ではさっきまでの悠紀人との会話が頭の中をぐるぐるとしていた。その一方で悠紀人の冷静な対応が頼もしくもあり、どぎまぎしている自分自身が歯痒くもあった。


「今日は笙君も早く帰って来ることになっているのよ」

珠樹はふたりに言った。


 珠樹も笙から連絡を受けていつもより早めに仕事を切り上げて時子がジョンの散歩に出かけるのと入れ違いくらいに家に帰り着き、悠紀人の帰国を祝した上での夕飯の準備に取りかかっていたのだった。時子も母の慌てた様子が気になり、夕飯の支度を手伝った。その間、悠紀人は居間でテレビを見ながら寛いでいた。居間には時子が子供の頃から見なれていたあのイエス=キリストの絵が飾られていた。その居間で悠紀人が寛いでいる姿がどこか懐かしい原風景のように時子には感じられた。突然の従兄の出現にそわそわしながらも時子は不意に物心ついた時にはいなくなっていた父のことを考えていた。なぜ不意に思い出したのかはよくわからなかったが、悠紀人が幼い頃の時子を知っているという事実に直面し、もしかしたら、父もどこかで今の時子のことを知っていることもあり得るかもしれないと不意に思ったのだった。まだどこかで生きているかもしれない父とは今後も会うことはないのだろうか?時子自身は父を探そうと思う気持ちはなかったのだが、それでも今日のような突然の出来事に遭遇するといつか父も自分と母の前に現れるような気がしてしまう。その時自分はどう父と接するのだろうか?


 そんな風に時子がとりとめもなく考え込んでいる様子を案じたのか、珠樹が時子の耳元でそっと囁くように言った。

「時子、悠紀人さんと何か話したの?」

「ええ、今通っている塾のことなど話したわ。悠紀人さん、素敵な人なんで驚いたわ。優しいお兄さんができて嬉しい」

珠樹の問いかけに時子は冷静に答えた。


「そうね。でも受験の邪魔はしちゃだめよ」

「そんなことわかってるわ」

「それに時子はまだ中学生なんだから……」

幾分嗜めるような母の口ぶりに時子は内心ドキッとした。


 丁度その時、門のチャイムが鳴って笙も早々に帰って来た。珠樹が急いで玄関の方へと向かったあと時子は不意に悠紀人の方へと目を向けた。悠紀人はちょうど立ち上がったところで大丈夫だよとでも言いたげな様子で時子に目配せを送ると珠樹の後に続いた。時子も慌てて悠紀人の後に続いて仕事から帰って来た笙を迎えた。

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