第6章 光陰矢の如し

6-1―新生活と懐古―

 転入先の中学での新しいクラスで時子はすぐに高橋奈津子たかはしなつこをリーダー格としたグループの中に取り込まれた。新しく転入したクラスでは女子の間でそういった派閥がすでにできていたのだ。


 奈津子は学級委員も努めていたので時子はすぐにそのお眼鏡に止まり、転入初日、はじめの休み時間には奈津子の取り巻きグループにあっという間に囲まれて質問攻めに合ってどぎまぎさせられたが、一週間過ごすうちには打ち解けてしまい、こんなに早くクラスに馴染めるとは予想もしていなかったので内心、ほっとする面もあった。特に時子の側によく訪れたのはリーダー格の奈津子だった。奈津子はあらゆることに気を遣うタイプで活発で誰からも好かれていた。時には他のグループの中にもすっぽりと入り込んで雑談などで笑いを運んだりもしていた。時子が早くクラスに慣れるようにと人一倍気にかけていたせいもあって何かと世話を焼いてくれたようだ。そうしているうちに転校したばかりで大人しく人に合わせるのが上手な時子の側にいることに安心感を覚えるようなところもあったようだった。


 奈津子を中心にして一緒によく行動するグループのメンバーは時子を含めると六人だった。なのでちょうど二人ずつ三組での行動パターンが自然にできていった。おそらく、時子が転入してくるまでは三人と二人というパターンだったのだろう。奈津子の次によく時子に話しかけてきたのは町田恭子まちだきょうこで落ち着いたたおやかな雰囲気が印象的だった。自慢のロングヘアーはいつもさらさらで少し影のある端正な表情など男子生徒などからも密かな人気があるようだった。そして彼女とよく一緒にいる高畑怜子たかはたれいこはどこか気分屋で奔放な面があるようだった。怜子には小学校六年のときから仲の良い噂の彼が他のクラスにいるらしいが、一緒にいるところをまだ見たことはない。怜子の話だともう、別れてしまったのかもしれないということだがそんな話を聞きながら、時子は田坂のことを思い出したりもしていた。奈津子と恭子と怜子の三人は英語部に所属していて時子を盛んに勧誘してきた。あとのふたり、ボーイッシュな魅力の寺内加奈てらうちかなと温和で穏やかな印象の鈴木麻美すずきあさみは吹奏楽部に所属していて何かと忙しそうだったので時子は奈津子たちに進められるまま英語部への入部を決めた。


 結局、家政婦の岩下和枝には暇を出すことになった。珠樹も時子も二人暮らしに慣れていたし、笙も仕事が忙しかったせいか家にいる時間も限られていたし、家が多少広くなったとしても家事は分担できた。それに家政婦の和枝に対してどこか家の中を覗かれているような緊張感と気恥ずかしさをしばらく一緒に過ごしただけで感じるようなところが珠樹にはあったからだ。


 三人で暮らすようになってから静かに過ぎていく日々の中でいつからか時子は内心、お母さんと笙叔父さんは忙しさを補い合うように一緒に暮らすことになったのかなとそんな風にも考えはじめた。そして珠樹と笙の仲睦まじい姿を折に触れて垣間見るうちに、これからも皆で仲良く暮らしていければそれでいいと思うようになっていった。そう思うようになったのは学校生活にもすぐに慣れて充実していたせいもあったかもしれない。時子自身、こんなに早く、新しい家での生活に慣れるとは思っていなかったのに慣れてしまうと以前の暮らしより良く思えてきた。こういう生活が母とふたりきりだったときには味わったことがなかった普通の人々の生活なのかもしれない。


 穏やかな雰囲気に包まれながら忙しく日々が過ぎて、時子はもうすぐ夏休みを迎えようとしていた。


 転校前にはあんなに仲良くしていた日高由実からは結局、手紙一通来なかったが、時子はそのことであまり動じなかった。それは自分から由実に手紙を書いていないこともあったが、由実が泣いたときにふたりの友情のすべてが終わったような予感があったからだった。甘えん坊の由実は時子が転校するとともにすぐに甘えられる存在を他に見つけたのだろう。そして今は時子と過ごしていたときのようにその新しい友人の側に寄り添って私のことなどすっかり忘れてしまっているにちがいない。そうであったとしても時子は由実があの時自分のことを思って泣いてくれただけで由実を思い出すとき優しい気持ちになれる。そしてまたどこかで偶然、出会ったときには笑顔を交わし合えるふたりでいたいと願った。そのためにも時子は懐古の思いに囚われるよりは今の充実した日々を大事にしたかった。田坂光司への淡い初恋の思いも同じく自然な時間の流れに流してしまえた。


 離れてしまった友人たちにこれっぽっちの未練もなかったのは転校先での新しい友との出会いがあったこともあったが、一方でそれは時子にとっては思春期の流れとともによくありがちな他愛無い心の変遷にすぎず、また、笙と暮らしはじめたことによって少しずつ芽生えつつあった家族の絆という情の方に心が傾きはじめていたことにも起因していたかもしれない。そんな風に時子は新しい家での生活に慣れるとともに時の流れの残酷さと優しさという両極端な気分を味わったのだった。

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