3-9―合格発表の日―

 彩菜と母に励まされ、珠樹は気持ちを落ち着け受験校に向かった。合格者の番号が張り出された掲示板の前で珠樹は自分の番号付近を目を凝らしながら見つめ自分の目を疑った。果たして珠樹の番号は見あたらなかった。何度見直しても珠樹の番号は抜け落ちている。ふっと緊張の糸が切れて珠樹は咄嗟にその場に蹲った。


「大丈夫ですか?」

側にいた人が気遣うように珠樹に声をかけた。


「大丈夫です」


 珠樹は即座に気を取り直すと慌てて立ち上がり、声をかけてきた人の顔も見ずに会釈すると合格発表の掲示板をあとにした。学校へと向かう道中、頭の中は次に受けなければならない後期試験のことしか考えていなかった。前期試験に落ちたことで悲嘆に暮れる余裕も恥じる余裕も今の珠樹にはなかった。


 学校に到着すると既に先に学校に到着して合格の喜びを分かち合っていた優理と睦に自分が落ちた旨をぽつりと告げると生徒ひとりひとりの報告を待ち構えていた担任に報告がてら相談に向かった。担任は残念だったなと一言呟き、後期試験は以前から前期試験に落ちた時のためにレベルを下げて見定めてあった高校を受けることになるので、さっそくその手続きに取り掛かるよう珠樹に伝えた。


 その後、珠樹は幾分項垂れた感じで席に着いた。その様子を笙がじっと見ているのが幾分胸に突き刺さるようだった。その時、満里菜が席を立つと珠樹の側に駆け寄ってきた。


「珠樹、元気だしてね」

「うん……大丈夫。まだこれから頑張らないと」

珠樹は自分自身に言い聞かせるように呟いた。

「頑張れ、珠樹」

満里菜は珠樹の肩にそっと手をかけると、自分の席にすごすごと戻った。


 その日の帰り、志望校変更の手続きを終えると珠樹は家路に就いた。まだこれから後期試験を終えて結果が出るまでは気が抜けない。担任はレベルを下げたし、もう、受かったようなものだからリラックスして後期試験に臨みなさいと伝えてくれたが、珠樹の気持ちは晴れる訳もなかった。珠樹と同じように後期試験を受ける生徒が他のクラスも含めてちらちら見受けられたことがせめてもの救いだった。その日の帰りはグループの皆で合格祝いをする予定だったのもキャンセルになって申し訳なかったがそんなことはもうすっかり珠樹の意識の範疇にはなく、頭の中はこれから受けなければならない後期試験のことで今はいっぱいだった。そんな胸中での帰り道、踏み切りのところでまた笙にばったり出くわした。


「試験、失敗しちゃったんだってね」

うつむき加減に上の空で歩いていた珠樹に笙の方から近寄って話しかけてきた。

「ああ、笙君。びっくりした。久しぶりだね。そう、失敗しちゃったのよ。教室でも見てたでしょ?」

「うん。心配でね。ここでなら会えるかなと思って待ってたんだ。もう、俺は進学先決まったからね」

「大丈夫。頑張るよ。頑張らなきゃ」

「その調子で、頑張れ。応援しているから」

「うん」


 珠樹は改まってまじまじと笙を見上げた。そして笙の優しい瞳に吸い込まれてしまいそうな自分の内心の揺らぎに気付き、思わずはっとした。


「早く帰って勉強しなきゃ。私はまだ受験終わってないのよ」

「そうだね。だけど、身体も休めなきゃだめだよ。君は思い詰め過ぎるようなところがあるみたいで心配だな」

「笙君に一声かけてもらっただけで充分励まされたよ。ホントだよ」

「試験はいつなの?」

「一週間後になるかな」

「合格したら……、もうすぐ卒業だね、俺たち」

「そうだね。合格してもしなくてももうすぐ卒業だよ」

「卒業したら、もう、こんな風に会えなくなるね」

「そうだね……。もう笙君ったら、これから私は後期試験を受けなければいけないのに励ましになってないよ」

「ごめん。いよいよ卒業なんだなって思ってさ」

「それに合格するまではこんな風に話しかけてきたらダメだよ」

「じゃあ、合格したら、卒業式の日、俺の制服の第二ボタンは君にあげるってことでいいかな」

「そんな約束してもいいの?」

「もっと他の約束がいい?」

「うん。じゃあ、合格したら、みんなで卒業式の日の記念写真を撮ろうよ。満里菜や優理や睦も一緒に。笙君は松田君や楡野君を連れてきていいからさ。あ、片平さんも見つけたら、一緒に」

「そうだね。一緒に記念写真が撮れたらいいね」

「……だけど、落ちたら、二次募集でそれどころじゃないけど」

「まさか、落ちるわけないでしょ」

「そうだといいけど。じゃあ、まだこれから勉強しないといけないから」

「念のため絶対合格するおまじない……」


 そう言うと笙は珠樹の髪をそっと撫でた。珠樹は時間が止まって欲しいような衝動を胸の中でぐるぐると巡らせながら思いを振り切るように言った。


「じゃあ、もう、帰るね。バイバイ。一人で大丈夫だから、送らないで」


 珠樹は笙を残して走り出した。ある程度走ったところで後ろを振り返ると笙の姿はもう、なかった。


―笙君、待っててくれたんだ―。


ひとりきりになると改めて笙の優しさが胸に沁みた。頬を撫でる風はもう春の装いであたたかかった。


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