2-7―突然のキス―

 ―その時突然、笙は珠樹の方を真剣な表情でじっと見つめてきた。


そして、きょとんとしている珠樹の額に笙はそっとキスした。


「ごめん。俺、やっぱり、帰るわ。悪いね」

そう言うとぼんやりと突っ立っている珠樹をひとり残して笙はあっという間に走っていってしまった。


 珠樹は突然のことに気が動転して目眩めまいを覚え、力が一気に抜けていくような感覚でその場にうずくまった。人通りのあまりない歩道の端で車が時折びゅんびゅんと通り過ぎていく音が、意図せず起こりはじめた偏頭痛と混じり合ってぐるぐると交差しながら、珠樹の気持ちを急かすように脳裏に響き渡っていく―。咄嗟のことで自立神経失調症の発作に見まわれた珠樹の脳裏は渦巻くような混濁した思考で入り混じり、視界は白く覆われるように小さくなっていく―。そんなぼんやりとした思考の中で早く立ち上がらなきゃと躊躇しながらしばらく疼くまっていると、どこからともなく無邪気にはしゃぐこどもたちの声が近づいてきて、はっとしたように珠樹は身体を起こした。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「……大丈夫よ」

くちぐちに声をかけてくるこどもたちに笑顔を向けながら、珠樹は彩菜を迎えに行かなければならないことを思い出し、咄嗟に慌てた。


「早く行かなくちゃ、またね」

珠樹は頭痛を抱えながらもゆっくりと歩きはじめた。少しずつ平静を取り戻しながら、笙の言動に対して一種の怒りに似た感情が珠樹の胸に芽生えはじめていた。


―なんていいかげんな人なんだろう……人の気持ちを惑わすだけ惑わして、おいてきぼりにするなんて。だけど……しかたないのかもしれない。亡くなったお母さんへの思いがどこか極端に屈折しているのかもしれない―。私は彼のお母さんのかわりなのかも―。


 珠樹はそう自分に言い聞かせながら急いで気持ちを切り換えると、彩菜を迎えに行くいつもの道へと歩を速めた。


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