2-2―図書室通い―

 図書室通いがはじまってからの一週間は特に何事もなく、穏やかに過ぎた。静かな環境の中で勉強も捗り、通いはじめてからよく見かける他クラスの片平真希かたひらまきと時折話すようになった。片平真希の第一印象はいわゆるタイプで、いかにも堅くとっつきにくいイメージがあったが、話してみるとおっとりとした物腰で安心させられた。よけいなお喋りはあまりしなかったが、勉強のことで質問するとさっと明解な答えが帰ってくる。少し心強い味方ができたようで珠樹は内心嬉しかった。


 その日の帰り道もふたりで英語の単語を暗記しながら歩いていると、ソフト部の練習風景が目に入り込んできた。珠樹の目線は笙の姿をさっと捉え、その笑顔につられるように思わず微笑んでいた。


「どうしたの、根津さん?突然、笑いだしたりして」

「いえ、思い出し笑いなの。気にしないで」

「あら?ソフト部ね。笙もいるじゃないの。相変わらずね」


 そう言った途端、真希は笙の方へと走り出した。笙の方も駆け寄ってきた真希にすぐに気付くと同時に珠樹がいることにも気付いた様子だった。ふたりで少しの間、なにやら話していたが、そのうち真希が珠樹の方に向って手招きしてきた。珠樹は一瞬、慌ててたじろいだが、すぐに平静を取り直すとふたりの方に近づいていった。笙の笑顔が眩しく、うつむき加減に目を伏せて歩いた。


「私、二年までソフト部のマネージャーをしていたのよ。笙と根津さんはそういえば、同じクラスだったわね」

「君、元気にしてた?」

笙はくったくのない笑顔を珠樹に向けた。

「えっ、まあ……」


その時、一瞬の沈黙を遮るように真希が叫んだ。

「あ、今日は歯医者さんに行かないと!またそのうちね。笙も受験勉強も少しはするのよ!」

そしてさっさとその場を走り去っていった。笙と珠樹は呆気にとられてその後ろ姿をしばらく見つめていたが、ふっとお互いの目がかち合った。


「本当に、久しぶりだね」

「えっ……」

「だから、あの日から話してないでしょ。だるまさん」

「……」

珠樹は一瞬耳から熱い火が出るような思いで言葉を失った。


「だるまさんというより……雪だるまだな。熱い夏には溶けちゃいそう……」

そういたずらっぽく呟くと、笙は周囲を見渡した。ソフト部の部員たちがなんとなくこちらを注目している。


「やばっ、みんなの憧れの的の珠樹ちゃんと話しているの、注目されてるよ。ちょっと待っててくれる?」

笙はその場を立ち去ると部員のひとりになにやら話すとすぐに戻ってきた。その間、珠樹はさっき笙が言った言葉がぐるぐると頭の中を反芻して戸惑うばかりだった。


「お待たせ。一緒に帰ろうよ。今、着替えてくるから」

「うん」

珠樹は頷きながら、精一杯の笑みを浮かべた。


「その笑顔、いい感じ。笑っても可愛いね」

そう言うと笙は更衣室に走っていった。


 笙が走り去った後、珠樹は照りつけるような陽射しが降り注ぐ夏の空を仰いだ。そして自分が今こうしてここにいることに不思議な戸惑いの気分がよぎり、空に心が吸い込まれていきそうな眩暈めまいを感じはじめていた。


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