三人目の犠牲者

 俺は浴場で髪を洗ってもらっている。新しい侍女の名はジェニファーという。しきりに俺の流れるような金髪を羨ましがっている。


「ねえジェニファー」

「何ですか姫様」

「あなたは知ってるの?この王国がもともと一つだったっていうこと」

「スワニー王国の事でしょう。この国の者だったら皆知っていますわ」

「そうなの……」


 俺はそれ以上聞けなかった。秘密を自ら暴露する気がしたからだ。


 コーエンがボヘミア征服を考えても無理はない。こちらを煽るように国境を越えるのは常にボヘミア軍の方だというのだ。イライラして、極論に走るのは当然だと思う。


「もしボヘミアと全面戦争になったら、このお城はどうなるんでしょう」

「捨てられると思います。このお城の地下深くに秘密の通路があるそうです。私はまだ行った事は無いのですけど。そこを通ってお城の城壁外に出られるそうですわ」

「地下通路!守りもしっかりしているのね」

「そのようですね」


 俺は俄然その地下通路に興味が湧いてきた。ゲームで秘密の地下通路と言えば奥まった所に必ず宝箱が眠っている。最強の装備 などももしかして……


「その他にはなにか秘密は無いの?」

「私は新米だからそれくらいです。…あっそう、リューホ様と妻のセーヌ姫、ああ見えて案外仲がよろしくってよ」

 あまりいらない情報だ。俺は風呂桶で髪の毛をすすぐ。次は体だ。寝っ転がって任せっきりにしていると、最高に気持ちいい。


 体を洗うと次は垢擦りだ。これも任せっきり。やはり王女となると最高の待遇だ。


「ありがとう」

 と垢擦り女に礼をいい、バスローブ姿でコーエンが待っている寝室に向かう。


 二日に一度はあのおっぱいオナニーをねだってくるのだが、今日はワインをしこたま飲んでいるようで、窓から真っ暗な、外の景色を眺めている。


「あがりましたわ。お風呂」

「ああ?あぁ…」


 ワインを三本も空けている。俺はバスローブで長い髪を拭いている。


「何か考え事でも?」

 俺もワインなるものをグラスに注いで飲んでみると最高に旨い。そして胃が燃えるように熱くなる。これが飛びきり気持ちがいい。こりゃみんな飲むわな、と思い二杯目を注ぐと、コーエンがため息をつく。


「ボヘミアの首都カンパラは城塞都市だ。何か落とす為のいい方法は無いもんかと思ってさ。あまりお前を危険にさらしたくないんでな。別の手を考えているんだ」


 俺はコーエンの話を聞きながらワインをカパカパ飲んでいく。大分酔いが回ったのか多幸感に包まれ、何もないのにケラケラ笑い始める。


「ほら、飲み過ぎだって」

 コーエンは俺の手からワインボトルを取り上げる。このままこの幸せに包まれていたい……


 すると俺は自分でも思ってもみなかった事を口走る。


「コーエン様、今なら抱かれてもいいですわ!」

「ほ、ほんとか!」

「本当ですとも」


 コーエンはガウンを脱ぐと長い口づけをし、俺に迫ってきた。愛撫をしてくると俺は夢心地になる。そしていざ本番になると……


「た、立たねぇ……」

 軽いデジャブを覚える俺。やっと受け入れる気分になったのにコーエンの方が酒を飲み過ぎギブアップをしてしまった。それすらなんだか可笑しくてまた「うふふ」と笑う俺。コーエンは横に寝っ転がる。


「なかなかタイミングがあわねーな」

 広いベッドの上にはランプの炎が揺らめいている。


「今日侍女から聞きましたわ。リューホ様とセーヌ姫、仲がよろしいんですってね」

「そのようだな。男っていうのは、愛情をかたむける女と、性欲の対象は別っていう人間も結構いるからな。兄さん夫婦もその類いだと思うよ。姉さんはボヘミアの王女でな。親の同意だけで嫁入りにきた、いわゆる政略結婚さ。もう十年になるかな、話しているうちに情が移ったんだろう。」

「俺…い、いや私は同じ人を愛して同じ人と結ばれとうございますわ」

「お前はまだネンネだからな。男と女の仲はそう単純なものじゃない。いろんな愛の形があるんだよ。ふぁー、眠くなってきた。もう寝るぞ」


 俺がランプに手を伸ばしたその時、ドアをノックする音がする。

「構わん、入れ」

 コーエンが返す。


 一人の騎士ナイトと思われる者が衝立ついたての裏から話しかける。

「ただいま重大な知らせが入りました。ネイゼル王国の第一王子ラディソン様も『気病』にかかったやにございます!」

「なんと、同盟国のネイゼルも!これで気病にかかった者はゴライアス帝国、クワイラに続き三人目ではないか!しかも王子ばかり……詳しい顛末は分かってないのか?」

「今現在はここまでにございます。」

「これは闇が深そうだな。明らかに病魔にとみてよさそうだ」

「しからば!」

 騎士は部屋から出て行った。

「これ以上犠牲者が出なけれはいいんだが……」


 コーエンはランプに手を伸ばし、小さな灯火をふっと消した。



 それから一週間後――


 朝食堂へ降りていくと、コーエンのよく通る声が。

「……兄者よ、千人でいいんだ。黒い騎士団を貸してくれ。頼む!」

「本当にボヘミアを征服するつもりか!ならんならん。それはならんぞ!」

「兄者は悔しくないのか。いつも煽るように国境線をやぶられて。それを無くすには根本を絶つしかないんだよ!」


「しかし…セーヌが」

「姉さんの心配はしなくていいよ。ボヘミア王を処刑すると公言しても、あくまでそう触れ回るだけだし、兄さんが、そっと伝えてくれればいい話だし」


 コーエンが話を先に進める。

「今ボヘミアの首都カンパラに残っている兵士の数はおそらく五百人程度。斥候せっこうからの情報だから確かだ。千人で押し込めば十分に勝機がある。三百年前の遺恨を晴らす意味でも、今が絶好の機会なんだ」

 リューホは難しい顔をしている。

「………分かった。千人だけだぞ。しかしお前も無茶をするなぁ。もし戦況が危うくなったら、ただちに使者を送れ。黒い騎士団を即座に全軍助太刀に回す。気張ってこい」

「は!」


 リューホからの許可も降りた。コーエンは奮い立つ。


 ぞろぞろと、皆が席につく。今日の朝ご飯はパンと目玉焼きとパスタのサラダ。「いただきまーす!」と元気に言い、サラダから食べていく。


「父上、白い騎士団百騎と、黒い騎士団千騎、こぞってボヘミアの城塞都市、カンパラに押し入る手はずになりした。この上は王室に歩を進め、ダライ王を捕らえて見せてご覧にいれまする。なーに心配はございません、処刑したと触れ回るだけで地下牢に幽閉するだけでございます」

「そうか。三百年の遺恨をお前が晴らすか。わしは連邦制度の道を模索してきたがいつものらりくらりとかわされてきた。ここに至って怒り心頭に達しておる。白い騎士団は攻めの軍団。それに黒い騎士団千騎も加われば鬼に金棒というものよ。気張ってカンパラを攻め落としてまいれ!」

「は!父上が賛成をしてくれるとは思いもよらず、百人力の助太刀を得た心地でございまする」

「励め!」

「は!」


「気をつけて行くんですよ」

 クエル王妃が心配そうな目をして言葉を投げ掛ける。

 俺はでしゃばりだと思ったが質問をしてみる。

「カンパラにいる兵士の数は五百人と申しましたが、残りの九千人はどこにおりますの?」

「ボヘミアには、カンパラ以外にも大きな都市が、十八もある。普段は皆そこで役人仕事をしているのさ。そして戦争になったらそれぞれ集まり一万人の大部隊となる。統治機構が根本から違うんだよ。分かったかい。だから戦は時間との戦いになる。時間が下るに従って敵が多くなるんだ。そこでお前の出番だ。お前は正門前に陣取って例のスキルを敵にお見舞いしてほしい。できるな」

「分かりました。一生懸命に務めとうございます」


 俺も俄然ファイトが湧いてきた。

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