第85話 朝日新聞-事実歪曲ニュ-スの謎
先週日曜日に日本の友人が朝日新聞の一面記事に載ったというニュ-スをLineで送ってきてくれました。
題名は「コロナが暴いた『奴隷制』 安い肉の裏で苦しむ移民たち」というものですが、これはドイツのTönnies の Westfälischen という会社で起こった労働者のコロナ集団感染が発覚した事件で、劣悪な環境のもとに働いていた外国人労働者達が次々とコロナに感染していたというものでした。
コロナ感染テストを受けた約6,100人の従業員のうちの1,766人が感染していたということで、その劣悪な労働者たちの生活環境が発覚し、工場は1ヶ月営業停止されましたが、その後再び営業、ということで今年の夏くらいには一旦かたが着いたように思っていた事件だったので、そんな話が半年も経って新聞の一面記事になったことに、まず驚いたのですが、本当にびっくりしたのはその件ではなく、題名にある
「苦しむ移民達」というものでした。
ドイツのニュ-スではこの外国人労働者のことを、一度ですら移民とは書いていないはずです。
どの記事も『Gastarbeiter 出稼ぎ外国人労働者』と書いてあり、『Migrant ( Einwanderer) 移民』とは書いていないのです。
日本にいる皆さんにはピンとこないかもしれませんが、ドイツ(多分欧米と諸外国全て)ではこの『移民』と『出稼ぎ外国人労働者』という2つの言葉には実は大変大きな違いがあります。
『移民』とは外国籍ながらもドイツに定住していて、最終的には永住ピザも発行され、仕事も見つけられます、というか仕事が見つかるようにドイツ側の支援があります。
(ちなみに2015年から有名になった『難民』という言葉ですが、『難民』の方達も仕事ができれば、移民に移行していきます。)
一方、『外国人季節労働者』はある一定の忙しい時期のみ、他国からドイツへ労働に来る人達です。
今年はコロナ禍で白アスパラを収穫する手伝いをしにきてくれる東欧からの季節労働者をドイツへ入国させられないため、どうやって繊細な白アスパラを収穫すればいいのだ、と夏前には問題になっていたくらい、ドイツでは色々な重労働を外国の季節労働者に頼っているわけです。
戦後、有名なのが炭鉱の仕事で多くはトルコ人、イタリア人ですが、当時は日本からの出稼ぎ労働者の方もいたと聞きます。
それで今回問題になったこの海外出稼ぎ労働者の場合、仲介下請け業者が入るために、数々の問題があり、特に今回の食肉加工会社テニエスの工場で働いていた出稼ぎ労働者の環境がそれは劣悪だったと「コロナが招いた奴隷制」と記事のタイトルになっているのは事実なのですが、この記事に
「独西部レーダウィーデンブリュックにある食肉加工会社テニエスの工場で今年6月、1400人超が次々と新型コロナウイルスに感染した。従業員約7400人のうち、3分の2がルーマニアやブルガリア、ポーランドなど中東欧を中心とした移民だ。」と書かれていて、もしかしたら確かに何割かの移民の労働者がいた可能性はありますが、でもこの劣悪な環境で働いていたのは移民ではなく、100パ-セント外国人出稼ぎ労働者だったと断言できるので、この記事は全く間違っています。
その根拠ですが、
ドイツにおいて、移民はドイツ国民と同じ条件のもと働くよう(環境、社会福祉、給与体制、休暇)法律で決まっているからです。
この法律を破る会社などあるわけがありません。なぜならこういった人権に関わる『法律違反』をドイツ労働局は厳しく見張っているので、発覚すれば自分の会社の命取りになるからです。この手の罰則はものすごく厳しいです。
なので、この件は『移民』である労働者に起こった出来事ではないということは、多分ドイツ人のみならず欧州では認識されていますし、ドイツ国内であれば、小学生くらいの子供でも知っているような常識の範囲内の話なのです。
その上、この朝日新聞の記事によると従業員7,400人のうちの3分の2、つまり4,890人くらいが移民だと言っているわけですよね?
数人ならいざ知らず、約5千人の移民従業員に起こった話であれば、もう少し発覚も早かったはずでしょう。
なぜなら、移民だったら迷わずどこかしかるべき場所へさっさと公表したに違いないからです。移民なら隠す必要もなく、自分達の待遇を公表すれば速攻で改善されるとわかっているのが常識なのです
今回なぜ発覚が遅れたかと言えば、あるいは長年に渡って知られなかったのかと言えば、これは出稼ぎ労働者の場合、仲介業者が勝手に労働条件を取り決め、国がそれを全く把握できていなかったことにあります。
助けようとする支援者がいても、本人達が公表してほしくない、と思っていた可能性もあります。
そもそも自分達がどうしてもドイツで働きたくて、そのためには劣悪な状況でも構わない、と本人達が秘密裏にして働かせてくれ、と願っているのだとしたら、政府はどうやってその実態を全て把握できるというのでしょうか。悪い仲介業者が間に入り、会社もわかってしていたことだとは言え、それをまるでドイツ社会の全体の問題のように極論付けているこの記事は何か裏があるとしか思えません。
またこの記事では「カトリック教会のペ-タ-・コッセン神父は9年前に同地に移り、移民労働者の実態を知り、低賃金で長時間、劣悪な環境での改善を訴えてきた」とありましたが、
ドイツの記事ではそのペ-タ-・コッセン神父は『出稼ぎ労働者』のために長年戦ってきた、と書いてあるものの、一言も『移民』とは書いてありませんよ。
Theologe Peter Kossen , der aus Vechta stammt und die die Arbeits- und Wohnbedingungen von Werkvertrags- und Leiharbeitern seit Jahren beklagt.
(日本語訳・ヴェクタ出身で、契約労働者と臨時労働者の労働条件と生活条件について何年も問題提起をしてきたを神学者ペーター・コッセン
https://www.ndr.de/nachrichten/niedersachsen/Fleischbranche-haelt-Werkvertragsverbot-fuer-verfassungswidrig,werkvertraege166.html より)
このように書かれているのです。
ここでの契約労働者と臨時労働者とは『移民』ではなくて『出稼ぎ労働者』のことですよ。
しかしながら、私はこの記事の単語の訳し間違いを指摘したくて、これほど長々とまるで意地悪小姑のように説明しているわけではありません。
そうではなくて、これが誤訳された記事なので、指摘しているわけです。
ドイツにおいて
『移民』とは社会的にも保障的にもドイツ人と同じ恩恵を受けられ、最終的にはドイツの国籍を取得することも可能な人達で、
『出稼ぎ労働者』とは一定の期間だけドイツで仕事をする立場的には完全に外国人であり、全く意味が違うのです。
戦後移民の人達が移民となってドイツに住みついたことにより、ドイツは現在2世、3世のトルコ人、イタリア人が多いというわけなのです。なので『出稼ぎ労働者』が『移民』になるということもあります。
例えば今回コロナのワクチンを開発したのはもともとドイツの独バイオ医薬ビオンテックという会社でしたが、その開発者のサヒン教授の父は実際トルコ人の『Gastarbeiter 出稼ぎ労働者』でしたしね、お金を貯めて頑張ればそのまま移民としてドイツに移住することは可能なわけです。
(米製薬大手ファイザーの大量受注を依頼したためビオンテックの名前はほとんど使われていませんが、実際にこの薬を開発したのはサヒン教授です)
それで本当に考えましたね。なぜ朝日新聞がこんな6月の半年も前のニュ-スで、誤訳まである記事をわざわざ一面記事に持ってきたのか。
たどり着いたのがこの4つの可能性でした。
1.ドイツ政府に対して悪意ある報道をしたかった(世界どこでも酷いことはあるよ、という印象作り)
2.何か他に隠したい記事があり、これを1面に出すことによって読者の気を逸らしたかった
3.ただの誤訳
4.日本では『移民』という定義はなくて、実際には『出稼ぎ労働者』を『移民』とまとめて呼んでいるため、日本の言い方に合わせた
4.という可能性もありそうですが、しかしこれを逆にドイツ語に直訳されて世界に出たら、日本はこの記事のせいで相当恥ずかしいですよ、『移民』も『出稼ぎ労働者』の区別もできないのか、と思われます。
在独50年という大先輩方、また通訳が専門の日本人の友人達何人もと話しましたが、「なぜこんな間違いを新聞に書く」とみんな憤りを感じていました。
これを話すと、私の周りのドイツ人はただ呆れていました。
仲良しの東欧人の友人も、そう、これまた呆れるしかない様子でした…。
…と頭の中でぐるぐる考えていたら、ふと仰天理由がふっと湧いてでてきたんです!
これはもしかして、もしかのもしかなんですが、
5.朝日新聞に他意はなく、実は本当に『移民』も『出稼ぎ労働者』の区別ができていなかった
とか???
…いや、いや、いや、そんな馬鹿なことが日本最大手の新聞社にあるわけないですよね。
ですが、もしドイツ人や世界のこの記事が知れ渡り、という可能性もあることを思えば、5番みたいな理由でもなければ、こんな誤訳記事を載せるだろうかとも思ったりし始めたわけなんです。
だいたい私自身もしドイツの友人に聞かれたら、一体何番を理由にすれば良いのでしょうか、本当に悩みます。
あと、ちなみにこの新聞が出た、3日後の12月16日ですが、ドイツでは新しい法律ができ、1月1日から執行されることが決定しました。仲介業者を通しての契約での出稼ぎ労働者の精肉会社での労働が禁止になったとか。
よって1月からは労働者達は仲介を通さずTönniesグループと直接労働契約を取り交わさなければいけなくなったそうです。これなら労働局も実態を管理できるようになりますね。
朝日新聞さんにはできればそこまで書いて記事にしてほしかったですね。
さて読んでいただいた方、1から5までで、一体どれが正解と思われるか、あるいは他に真相をご存じの方がいらっしゃれば、御連絡お待ちしています。
とっても助かります。
どうかよろしくお願い致します!
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