第42話 6ヶ国語を話すベルギー育ちの主人のこと

それでベルギーで育ったうちの主人に関して言えば、彼はなんと6ヶ国語を話す。

ドイツ人の両親のもとにドイツで生まれ、3歳からベルギーへ引っ越したそうで、

そういうわけで、3歳の時には家でドイツ語、幼稚園ではフラマン語(オランダ語の方言のような感じでほぼオランダ語)とフランス語の計3ヶ国語を話していたらしい。


小学校からはEU職員(両親がEU勤務だった)の子息の通うEUインタ-ナショナルだったそうで、同じクラスには当時のEU加盟国の、ベルギー人、ドイツ人、フランス人、オランダ人、イタリア人がいて、歴史と地理ははフランス語、体育は英語、音楽はオランダ語で、などという風に、自分の母国語ではない言葉でいくつかの教科を勉強することが義務付けられていたらしい。


クラスにはそのように様々な国籍の子が混じっていたので、では何語で話していたのか聞けば、

「その時のその場にいる子によっていつも違う、ドイツ人が多いとドイツ語、フランス人が多いとフランス語という感じで実に様々。でも学校の外ではみんなフラマン語」と、私達日本人には想像もできないほどの柔軟さで対応していたとのこと。


ということで、その学校時代にイタリア語、英語も取得して、その上イタリア人がいたと言うのに、うちの主人はラテン語はイタリア人よりも点数が良くて、最優秀の表彰までされたことがうちの主人の最大の自慢ごとでもある。


ドイツ語よりはもちろんイタリア語のほうがラテン語には断然近いはずだから、主人が鼻を高くするのも最もなことだろう。


それで大学生になる頃には、ドイツ語、フラマン語、フランス語、イタリア語、英語と5ヶ国語を話すようになっていて、私が知り合った頃は仏文出身の私は主人とフランス語で話していたのだが、その半年後どういうわけか日本語までペラペラになっていたのだから、なんとも驚いた。


後で聞けば、私のフランス語がいまひとつだったそうで、コミュニケーションを取るには自分が日本語を勉強する必要有り、と思ったのだそうで、つくづくと

「あなたは大学時代、何を勉強していたんですか?」と言われた。


実はこの語学の天才と言っても良いであろううちの主人の専門は、化学と材料工学であり、一方私の専門はフランス文学であることを考えれば、主人の疑問は最もなのだが、幼稚園時代からフランス語を日常的に使っていた彼と、中学からとはいえフランス語を学校だけで勉強してきた私とはレベルが違っても仕方ないではないか。


そんなわけで西ヨーロッパなら旅行をしても主人がいれば自動翻訳機も必要ではなく、どこでも問題なく旅行を楽しめる、まあ、スペインやポルトガル以外だが。

この夏のスペイン旅行では、さすがの主人も全く言葉がわからなくて、困っていたが、それでもこんな主人がいるせいで、ますます私は勉強する気もなくなってしまっている。


今からどんなに勉強しても、それが例え主人のわからないスペイン語でさえも、きっと主人がその気になれば私が彼に語学で勝てることはないだろう。

それに生きている自動翻訳機のような主人が近くにいると、主人が頼みもしなくても大抵日本語に訳してくれる。

時々はうるさくて迷惑なことこの上なし、という感じなのだが便利は便利である。

語学が一向に上達しないのは、もしかしたらこんな主人のおせっかいのおかげかもしれないので、そうそう喜んでもいられないのではあるが、この便利さはなかなか捨てがたい。


このように考えると、ベルギー人が語学に才能があるのはもちろんだが、ベルギー人のような環境で育てば、ドイツ人でもベルギー人のように語学の才能に満ち溢れて簡単に多言語を習得することも可能と言うことなのである。

日本人でもこんな環境で育てばそうなるだろう。

なので主人も私のフランス語力に首を傾げるよりも、自分の育った環境が語学の才能を開花させるのに最適であったと感謝することだけで充分なのではないだろうか。


日本育ちの私にフランス語力を期待されてもねぇ……と、言いたい。

…情けない、仏文出身の私のフランス語力なのであった。








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