第27話 宗教論争-イスラム教徒の友人と その2
私の20年来のインドネシア人の友人は敬虔なイスラム教徒である。
先日、彼女がうちに遊びに来た時の話を今回は書こうと思う。
最近の彼女は私に是非コーランを読んでほしいようで、この数ヶ月会うたびにお薦めされていた。コーランとは旧約聖書と共にイスラム教では非常に重要な聖典のことでだ。ちなみにユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教で共通の聖典が旧約聖書である。
彼女は日本語に翻訳されたコーランを印刷して私にプレゼントすると言ってくれたが、正直読む時間も読む気もあまりない私が彼女にそんな手間をかけるのは申し訳なく、お断りしていた。
それにだいたい以前、
「マザーテレサも天国へは行けるかどうかわからない、コーランに書いてあることを実践していなければ天国へは行けないのだから」と言われて以来、なるべく彼女と宗教の話はしないことにしてきたのだ。
マザーテレサのように善行を施しても天国へ行けないという宗教を私が信じることは未来永劫ないだろうと思っていたからだ。
でも今回の彼女はラマダン直前ということもあり、イスラム教お薦めへ意欲満々という状態で、どうもこの話を避けることは不可能であり、私も腹をすえて話すことにした。
彼女の説は、とにかく「イスラム教徒以外は天国へ行けない」ということで、その天国へ行くためにはとにかく「コーランに書かれている通りのことを実践すること」だという。
これはユダヤ教もそうで、以前一度シナコ-グ(ユダヤ教の教会)へ勉強会へ行った際、ユダヤ教のラビ(神父様)が全ての行いは「タルムード」というユダヤ教で使用している聖典にそって、と言っていたし、本来キリスト教もそうなんだろう。
「ではイスラム教はイスラム教、ユダヤ教はユダヤ教、キリスト教はキリスト教、仏教は仏教の天国へ行けば良いのでは」と言うと、彼女曰く天国はひとつしかないとのこと。
それで私が大好きな私のシスタ-校長先生の
「頂上は1つ、でも道はたくさん」の話をすれば
「その道の中には間違っていたり、遠回りだったり、頂上にたどり着けない道もあるでしょう」と確かにそういう考えもある、という回答をされ、
「だいたい見たことも会ったこともない神様をなぜそのように信じることができるのですか?」と聞けば
「〇〇さん(私の名前)は私の魂や息は見たことがありますか? ないでしょう?
見たことがなくてもあるものはあるんです」というこちらは煙に巻かれたような回答であった。
本当に私が言いたかったのは
「なぜそんなにも自分達だけが、自分達が信じている宗教だけが正しいと思えるのかそれが不思議」と言いたかったのだが、ここはぐっと我慢して
「イスラム教徒しか天国へ行けないのなら、世界の大多数の人が天国へ行けないということではないですか、それはどうなんでしょう?」と聞けば
「だから皆イスラム教を勉強しなければならないのです」と、そもそも会話にすら成り立っていない論争になり、もう何を言うのも諦め、彼女と友人でいるのはもう無理なんじゃないか、とまで思い始めた。
そもそもこのインドネシア人の彼女が勉強もしたこともない、家にだけで過ごして来た世界を知らない人というのであれば私も少しは理解できるかもしれないのだが、彼女はインドネシアの大学で特別な成績を修め、国費留学生として日本のエリート大学三校で学び続け、理系最高峰の〇〇大学にて物理の博士号を取得している大変優秀な女性なのである。
彼女の長女も超優秀であり、大変美しく、ドイツのこれまたエリート大学にて現在優秀な成績で物理の勉強中である。
そしてそんな才色兼備の長女のNちゃんとは最近ついに音信普通になったらしい。
というのも彼女にドイツ人の彼ができたからという理由で、友人の方からお嬢さんとの縁を切ったというのだから驚いた。
自分のご主人もドイツ人では、とつっこみたくなるが、結婚もしていないのに一緒に旅行へ行ったり、あるいは彼がイスラム教徒に改宗しないのがおおごとなんだとか。
うちの近所では14歳で赤ちゃんが生まれ両親になった若いカップルというのがいたが、インドネシアでは例え死刑にならなくても石打ちの刑くらいにはなるだろう。
恐ろしいことである。
本当にあるかどうかもわからない天国へ行くために、現世が地獄みたいであるならー申し訳ないが私にはそうとしか感じられない、最近インドネシアの社会の厳格さなのだが、これこそ本末転倒なんではないかと思う。
一番可哀想なのは、カトリックの村だからという理由で村の行事には一切参加することを許されなかった彼女の三人の子供達である。
うちの美しい村の楽しいお祭りに参加した経験がない三人の子供達、子供の自由を奪うのがイスラムの教えならば、私にはそもそもはなから無理な宗教であり、また彼女の行いが、私からイスラム教をますます遠ざけているのは本当に残念なことなのだと思っているが、彼女にはそれが何故なのか一生わからないだろう。
20年来の友人の悪口を書きたかったわけではない、私自身彼女をこのように思うことは非常につらいことなのだ。
宗教と言うのはかくも難しい問題なのである。
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