第18話 長男 ドルトムントの入団テストに招待される 3

そして最後サッカ-場から出る際、プレスに呼び止められて、インタビュ-をされていた3人と前日に特別インタビュ-されていた1人の計4人は


・L君 ドイツ人のひょろっとした色白の男の子 

・N君 キュ-バ人ハーフの既に2部リ-グの下部組織にいる精悍な感じの男の子

・A君 どこかの1部リ-グにすぐにでもスカウトされるらしいというドイツ人にしては髪の黒い男の子 

 

そしてうちの長男だった。


私は実は断然、2番目のN君と思っていた。というのもそもそも彼は家も近郊で、ドルトムントのサッカ-場から15kmほどしか離れていない近所に住んでいたから。

A君はヴェルダー・ブレーメンで試合でメンバ-が足りないときには、ヴェルダー・ブレーメンの車がお迎えにきて試合に借り出されるようなすごい子で、でもブレ-メンからもドルトムントからも150kmは離れた場所に住んでいたのだ。


そもそもみんなまだ12歳から14歳くらいで義務教育中であり、最近のブンデスリ-ガでは子供達にアビトゥアという大学入学資格試験を絶対取らせるというような約束もあるようで、練習場から100kmも離れた場所に住んでいる子供が入団許可をもらったからといって、

「はいそうですか、では入団」というような訳にはいかないのである。


なので、私もうちの長男やその天才A君が選ばれるということはあり得ないだろうとは思っていた。

でも私ももちろん母親なので、その一方で

「いやいや、でもうちの長男が天才で本当に選ばれたらどうしたらいいかしら、なんて言って主人を説得しようか、ああ、悩むわぁ」くらいのことは一瞬頭をよぎったのは本当だ。

この悩みは全くの杞憂に終わったけれど、そこに来ていた親達は一瞬くらいはほぼ全員こんなことを考えていただろうと思う。

親とはみんな馬鹿なものなのである。


それで前置きが長くなったけれど、選ばれたのはそのまさかのひょろっとした色白L君だったのだ。

私は実はサッカ-の上手い下手は全くわからないので、雰囲気だけで判断する傾向があるにはあるのだけれど、でもそれでも4人の中で一番、体も細い色白君の男の子が選ばれるとは思ってもいなかったのだ。


でも確かに私の一番押しのN君、そのL君、うちの長男はこの3日間とても仲良くなり、いつも一緒に行動していた。

類は友を呼ぶ、というけれど、お互い認め合い、同じレベルと思ってのことだったのではないか。

こう書くと、まるでうちの長男も才能溢れ、と書いているようだが、でもL君、N君と始終一緒につるんでいたということは、その上手なL君、N君も長男を認めてくれていたということだったのだろうと推測するのは、そうそう突拍子もないことでもないだろう。


しかし、人間見かけでは全くわからないというのは本当だ。

その最終選考に選ばれていた15人の中には、メガネをかけて小さくて、体も弱そうな子達も2人くらいいた。

「この子サッカ-するの?」っていうような印象の子供達だったが、サッカ-を始めるとそれこそ人がかわったような、まるで違う子にでもなったような動きをしていた。サッカ-は本当に見た目だけでわからない。


また子供達がテストトレ-ニングしていたこの練習場の向こうの方では、香川選手始め、トップ選手たちも練習中で、私達父兄は全くそちらには近づけなかったけれど、子供達は遠目にでも少しは見えたようなので、もうそれだけでも有難い3日間だったと思う。長男は自分の子供や孫に誇れる経験をしたから、充分幸せだったろう。


それで長男のサッカ-人生はこの頃がピ-クで、残念ながら現在はうちの村の10部リ-グ(ドイツは11部まである)のエースで活躍している。

10部リーグチ-ムで活躍もなにもないのだが、化学専攻の大学3年生なんでそれはそれで良かったと思っている。


その当事やはり結構上手だった次男に

「3年後はあなたの番よ!、楽しみ~」と言ったら

「僕はディフェンスだよ、そもそもベストプレ-ヤ-に選ばれないから無理」と言われ、そして三男はサッカ-音痴で、3歳から6歳くらいまでサッカ-をして辞めてしまった。

子育てとは、親の思惑通りにはいかないものなのである。


ところでこの3日間のドルトムントのプレスが作った動画が今でもYoutubeで見られるのだが、うちの子やN君のインタビュ-は省かれてしまっている。

うちの息子は、インタビュ-を受けているL君の隣で微笑んでいる様子だけが流れている。でもこの動画を見ると、私も長男も楽しかった夢みたいな3日間を思い出すのである。


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