第9話〈何のための?〉



佐藤 一郎

その成績は輝かしいもので、当時のボクシング業界に稲妻を走らせた。

大会初出場にもかかわらず決勝まで上り詰め、決勝戦はなんと3分で決着がついた。

当時は不正を疑われたが、その次の大会ではなんと二連続の優勝を果たす。

その拳は銃弾のように速く、電車が衝突したかのように重い。

そして翌年、彼はボクシング業界から姿を消した。

自ら引退を決意したのだ。

理由はわかっていない。


そんな彼が営むボクシングジムで、そんな彼とお話をしている。

なんとも貴重な…


佐藤「えっと…どうぞ飲んでください…」


短パンでタンクップの男がお茶を運んできた。

個室ではなく、リングがすぐ目の前にある。

その横で小さなテーブル。

ミミとヤミはスペース的な事情で席を外している。


ナツメ「あ…ありがとうございます……」


佐藤「それでその……」


ユウジ「はい!」


佐藤「なんでしょうか…?」


ユウジ「あなたは俺と同胞ですか!?」


佐藤「同胞……?」


佐藤は顔をしかめる。


ナツメ「ロリコンってことです」


佐藤「ロリコン……ではないです」


ユウジ「ではなぜ、ヤミちゃんたちを?」


佐藤「だからストーカーじゃありませんって…」


ナツメ「そういう意味合いではありません。ストーカーは置いておいて、なぜあんな行為を?」


佐藤「その…大変言いづらくて…」


佐藤は言葉を詰まらせる。

ユウジは輝かしい目で佐藤を見つめる。


ナツメ「大丈夫です。訴えたりなんか絶対しませんから」


佐藤「……心配だったんです」


ナツメ「ヤミちゃんがですか?」


佐藤「はい、歩くたびにアクセサリーとかを落とすし、変な格好してるし、よく一人でうろちょろしてますから…」


ナツメ「あー……わかります……けど、それで後をつけてたんですか?根本的に何も解決しない気がしますが…」


佐藤「………」


佐藤は黙り込む。

佐藤は立ち上がり、棚に立ててあった写真を持ってくる。


佐藤「私には妻と娘がいました。もう遠い昔の話です」


ナツメ「はい…?」


佐藤「娘とヤミちゃんが……すごく似てて……」


ナツメ「……それだけですか?」


佐藤は頷く

俺は少し困りながら、何食わぬ顔をしている。


ユウジ「……娘と妻……こことは別の場所にいるのですか?佐藤さん」


佐藤「……いえ……」


ユウジ「買い出しか、お出かけ中ですか?」


佐藤「……いえ……ここに……」


佐藤は自分の胸に手を当てた。

その顔は悲しく、人を殺めてしまったかのようだ。


佐藤「妻と娘は殺されました。外部に知られてはいけないので内密にお願いしたい…」


ユウジ「やっぱり…」


ナツメ「え!?なんでユウジ知ってんの!?」


ユウジ「都市伝説で見たんだ。佐藤選手の引退の理由は家族の死。それを業界にもみ消されたから……ってな」


ナツメ「じゃ……じゃあ、いったい誰が……」


佐藤「今もなお逮捕されてない連続殺人鬼……私の家族は彼に殺されました」


ナツメ「あー…ニュースでやってた気がする…」


佐藤「さっきも言ったように、ヤミちゃんと私の娘は大変似ております。彼女を見るたびに私と娘との記憶がフラッシュバックするのです…そしてこう囁くのです。【消えてしまうぞ】と……」


ナツメ「だから……あんなことを……」


佐藤「何度も言いますが、心配だったんです…見てないうちに消えてしまわないか……もし何かあったら私が守れるように…いつも、時間があればついて行ってます……」


ナツメ「……でも…何で場所とかわかるんですか…?」


ユウジ「まさか…GPSとか……?」


佐藤「そんな…大層なもの使えませんよ」


佐藤の顔に笑顔が戻る。

何か微笑んでる。

心なしか悲しそうだが




佐藤「ピンチはいつも、風が運んでくるんです」





ミミ「ジム、実に素晴らしい場所だ…写真を撮りたいが……カメラがない……つまり」


ヤミ「取りに行くんでしょ?」


ミミ「ああ、生憎鍵はある。写真を撮って永久保管だ」


大通りの歩道、ミミとヤミは並んで歩く。

人は少ない。

なぜだろうか。

笑いながら、二人は歩く。

太陽のような笑顔だ



ドンッ



ミミ「おっと、すまない」


ミミは誰かとぶつかった。

ミミらぶつかった相手を見る。

高校生ほどの青年たちだった。


高校生A「おいおい!ちゃんと前見て歩けよ〜!」


高校生B「ははは!子供相手だろ〜、どうせろくに歩けもしないのに」


ミミは眉間にしわを寄せる。


ミミ「おい、私たちのことを子供だと気づいたことは褒めてやる。ただ、猿みたいに騒ぐのならやめてくれ。気分を悪くす……」


ミミの言葉は途切れた。

その瞬間、風が強く吹き付けた。


ヤミ「ミミちゃん!」


路地の裏に連れてこられ、ミミは何度も殴られてる。


高校生C「チッ、だまれクソガキ!」


ミミ「チッ…いつの時代の不良だクソ…」


高校生B「あ?また殴られてぇのかクソが!」


ミミ「生憎私はマゾではない。遠慮してお……」


ミミは腹部を強く殴られた。

ミミは腹を抱え、苦しそうに屈み込む。


ミミ「子供相手に容赦ぐらいしろ……そういうのを大人気ないと言うのだぞ……」


高校生A「はっ?何で容赦なんかしないといけないわけ?喧嘩売ってきたのはそっちだろ?」


ミミ「頭が悪のか…私がそういう喧嘩を好むような奴に見えるか?目ん玉腐ってんじゃないか?」


ヤミ「ミミちゃん!煽るのやめよう!」


ミミ「ヤミ!いいのだ……これで……」


高校生C「おい、誰か動画撮れよ。これ面白そうじゃね?」


高校生B「いいね〜、俺殴るからお前撮ってよ」


高校生A「なんだよ〜、俺にはやらせてくれないのかよ〜」


高校生B「あとでやらせてやるからさっ!!」


高校生はミミの背中を何度も蹴り付け、高らかに笑っている。

周りも同様に、笑い、カメラをミミに合わせる。


ヤミ「ちょ……や…やめ……」


ヤミは踏み出せずにいた。

怖かったのだろう。

自分より一段と役に立つミミがボコボコにやられているのだ。

だが、ヤミは勇気を振り絞った。

ヤミは高校生たちに向かって怒鳴った。


ヤミ「やめてよぉ!!!!」


高校生は蹴るのをやめ、ヤミを見た。

やがてニヤつき、ヤミの顔面を強く殴った。

ヤミは弱かった。

ふらつきながら、視界がぼやける。


ミミ「や…ヤミ!!」


ヤミは姿勢を崩し、倒れる。

が、誰かがそれを受け止める。


高校生B「……誰だよ、お前」


ミミはヤミを受け止めた人を見る。


ミミ「さ……佐藤……さん……!?」


そう、佐藤がヤミを抱きかかえていた。

髪の毛で目は隠れ、表情が読み取れなかった。

が、そっと顔を上げると表情が、感情がわかった。



怒っている。



佐藤はゆっくりと立ち上がった。

ヤミを建物にもたれさせ、高校生たちを睨みつける。


高校生C「は……?誰だよ…」


高校生B「おっさん!あのさ、悪いけどお説教は後にしてくんねぇ?」


高校生たちは笑い出す。

何が面白いのか。


佐藤「……君たちはその拳で、何をした?」


高校生B「は?説教はいいって言ってんじゃん!」


佐藤「黙れ!!お前らはこれを説教というか!?つまらん思想と、自分のやったことに対しての報いから逃げる。実に未熟な考えだ!」


高校生B「あ?」



佐藤「説教?違う!!これは【尋問】だ!!!」



ミミはボコボコながらも、佐藤を見つめる。


高校生B「チッ……見てわかんねぇのか!?殴ってるんだよ!」


佐藤「……そうか……」


高校生B「ああそうだ!だから何なんだよおっさん!ボコボコにされたくなかったらさっさと消えろ!」


ミミ「本当にいつの時代の不良だ……」


佐藤「そうか…そうかそうか、君たちが殴ったのなら、自分の欲のために殴ったのなら、彼女たちを守るために君たちを殴ってもいいわけだな?」


高校生B「は?調子に乗んなっ!!」


高校生は佐藤に殴りかかった。

佐藤は素早く避けて、左の頬を通過した。

高校生の手を右手で掴み、それを引っ張り壁に叩きつけた。

高校生は動かなくなり、そのまま倒れる。


佐藤「殴るなら、殴り方より殴る理由だ。腐った理由で相手を殴りかかるならそれに価値はない」


高校生C「おいおい……何だよこいつ……」


佐藤「私は私の正義のために殴る、この拳はそのためだ。お前らのような腐った根性と腐った理性で動かされる拳に、この俺の拳が負けるはずがない!ガキならガキらしく、参考書でも買って読んでおけ!!」


高校生A「う……ウルセェェ!!!」


また殴りかかる。

佐藤はその拳を左手で掴み、顔面を右手で掴む。

すると、高校生の腹部を思いっきり膝に打ち付ける。

膝蹴りだ。

高校生は倒れた。


高校生C「ひ……ヒィ!」


高校生は逃げていった。


ナツメ「あっ!逃げた!」


ユウジ「追え!」


佐藤「追うな!!!」


ユウジ「はい!」


俺ととユウジが佐藤の元へ来たようだ。


ナツメ「ミミ!!!!大丈夫か!!??」


ミミ「…大丈夫ではない……この傷は残るぞ……」


ナツメ「よかった……見た感じあざとかばかりだな……しばらく安静にしてたら治る。ところでヤミちゃんは?」


俺は辺りを見渡す。

佐藤はヤミの方へ近づいた。


佐藤「……私のせいだ……」


ナツメ「ヤミちゃんは……」


ユウジ「気を失ってるだけだな……よほど痛かったんだろう……」


佐藤はヤミを抱きかかえて、抱きしめた。

強く抱きしめ。


佐藤「…大丈夫だよ……」


背中をそっとさすった。

ユウジは少し羨ましそうに見ながらも、その姿はリングの上で人を殴って人ではなさそうだった。

まるで、傷ついた人を癒す看護師さんのようだった。


ヤミは目を覚ました。

佐藤はヤミをゆっくり立たせ、自身も立ち上がった。


佐藤「ナツメくん、遅れてすまない」


ナツメ「僕も遅れましたよ」


佐藤「もう少し早ければミミちゃんはこんなに重症にならなかっただろう……」


ナツメ「僕もっと遅れましたよ」


佐藤は深く頭を下げた。

頭をあげると、ユウジが声をかける。


ユウジ「普通に人を殴るんですね…」


佐藤「あ…ああ、言い忘れてたよ。私が引退したのは家族が殺されたからって君は言ったよね?」


ユウジ「え、はい…」


佐藤「実はね、私は人を殴るために引退したんだ」


ユウジ「…え?」


佐藤「私は少しひどい人間でしてね。この世の中には殴らないといけない人も、殴ることで救われる人だっていて、実に野蛮だけど、これが私の正義なんです」


ユウジ「は……はぁ……」


佐藤「だからね、ヤミちゃん?私のことをヒーローだとか変に勘違いしないでくれ、私はひどい人間だから」


佐藤は腰を曲げ、ヤミに言った。

ヤミはわかってないような顔をして、一言


ヤミ「でも、ありがとう」


佐藤「……ありがとう」


佐藤はヤミの頭を撫でた。


佐藤「お騒がせしました。私はこれで」


佐藤は俺たちに背を向け、ほどへ向かっていく。

その姿は実に神々しく、輝いて見える。

でも、やっぱりなんか悲しくて

何か重たいものを背負ってる感じがした。

その姿をみたら、俺は居ても立っても居られなくなって


ナツメ「あ…あの!」


佐藤は振り向いた。




ナツメ「よかったじゃないですか、守れて」




少し遠かったが見えた。

佐藤は笑っていた。

悲しさのない笑顔だ。




佐藤「また会いましょう!」




佐藤は駆け足で行っていった。

佐藤は守れたのだ。

彼は不満足かもしれないが、守りたいものに【ありがとう】と言われたのだ。

きっと、守れたのだ。


ナツメ「一件落着……かな?」


ユウジ「……だな」


佐藤、過去を背負いながら、自身の正義を守る姿に、俺も少し憧れを抱いた。


ミミ「早く!応急処置を!!」


ナツメ「あっ…忘れてた……」



第10話へ続く……

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