第44話 体温を感じるよ

 優香さんが僕を抱きしめたから。

 もやがかかったようだった僕の頭は起き出してきた。


「ああ、ごめん。ウトウトしてた。リルは?」

「リルはおばあちゃんと散歩に行っちゃった」

「そっかあ。すっかり懐いているんだね」

 僕はそっと優香さんの顔にかかる長い髪をそっと持ち上げた。

 そのまま優香さんの頬を触ると優香さんが瞳を閉じた。

 ゆっくりと僕は顔を優香さんに近づけた。優香さんの唇に口づけたかった。

 けれど親指で僕は優香さんの唇に触れただけにした。


 優香さんとキスを交わしたかった。

 

 決意を持った僕はしっかりと返事を求めた。

「慶太をすぐに忘れろとは言わないよ。だけど僕とちゃんと付き合ってほしいんだ」

「…私」

「ちゃんと付き合えないなら、やっぱり僕は優香さんとこれから先はキスしたり出来ないと思う。勢いだけでしちゃ駄目だと思う」

 優香さんの瞳は潤んでいた。

 でも迷いはないように僕には見えた。


「智史くんが好きだよ。だけど慶太を忘れられるかな? 私」

「忘れられるさ。僕と一緒に思い出に変えていこう」

 僕は気持ちを込めて優香さんを見つめた。

 真剣に気持ちを訴えた。

「うん」

「恋人ごっこじゃないよ?」

「うん」

 僕は嬉しくなって強く優香さんを抱きしめた。

「良いの? 僕と付き合ってくれるのかな?」

「うん。よろしくね」

 僕は優香さんとやっと気持ちが一つになれた気がした。

 嬉しかった。とっても。


 胸の奥から心の底から温かいものが流れ出して喜びが僕のすべてを包んでいる。

 優香さんの体温をはっきりと感じていた。


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