第103話 【Side:アリス】惨状からの脱出
血に塗れた全身から酷い臭いに包まれながら、血の池と化した床に散乱する肉片や臓器を眺めていた。
どうしてこうなったのだろう?その記憶が無い。
裏路地で見知らぬ男たちと出会い、酷い頭痛と胸の痛みで動けなくなり、男に何かを飲まされた。そこまでは覚えている。
床に転がる遺体の服装品からその男たちと、別に4人くらいの遺体らしきものが。計7人が惨殺されていた。
この状況からわたしが殺したのだろう。無意識に?危険回避の本能なんだろうか?いままでこんなことはなかったから混乱する。
ただ、まだ頭が酷くグラつき身体も震える。そうか、飲まされたのは麻薬の類だったのだろう。
魔法は使える位には意識は戻っているので、解毒魔法を自分に施す。毒素が抜けて落ち着いてきた。
「とにかくここを出よう。」
窓のないこの部屋のドアは開いている。ここは地下室のようだ。
廊下の先に水場があったので冷たい水だったが、頭から水を被ると赤黒い流れが床に落ちてゆく。
口を濯ぐと、喉から食道までへばり付いた血と胃酸の気持ち悪さを流すように水を飲み続ける。湧き上がる悪寒に胃の中の物を吐き出す!まだ肉片がいくつも出てきた。
「ハァ……ハァ。吐いて楽になった。」
ここまでに誰かと遭遇することはなかった。人の気配も無い。
血に染まった下着を脱ぎ、全身を水で洗い流す。一通り血糊を流し、下着も手洗いする。
「どれくらいの時間が経ったのかしら。ゴールドは……ステラに会えたのかなぁ。外に出よう。」
とはいえ、血染めの下着姿で往来を歩くなんて……。さっきの惨劇の場にあるものは全て血塗られていたし、わたしが着ていた衣服らしき布片もあったので、別の身体を隠す物を探すしかない。
地下室から階段を上がり、窓から外を眺める。そこは繁華街から近い再開発地区で立ち入り禁止エリアだった。
「どこにでもこういう場所はあるのね。この国に来てからというもの、勇者様のお屋敷や表通りの華やかなところしか見ていなかった。」
この建物内をくまなく探してみるが衣服はもちろん布切れすら無かった。
日が暮れかけているがまだ明るい。周囲に人影や気配はなさそうなのを確認し、わたしは再開発地区を下着姿で走り出す。もう気にしている場合ではなかったから。
「二人かな?」
見られていた。別々の場所に一人ずつ、建物の高いところからわたしを見ている気配を感じた。
「こんな姿で恐縮ですが、出てきたらどうですか?お二人とも。」
わたしは立ち止まり振り返ると大きな声で語り掛ける。
一人が建物の影から姿を現す。
「やはりアリスだったか。そんな格好なので様子を見ていた。」
「リフィー?良かった。」
わたしはリフィーの顔を見て安心した。
「黒髪のお嬢ちゃん、そのエルフをあまり信用しない方がいいぞ。」
男の声だった。しかし姿は見せない。
「姿を見せろ。」
「生憎だが遠慮しておく。逃げる勇気も必要だってことさ、お嬢ちゃん。」
声のしたところで破裂音が何度かすると砂埃が上がった。
「逃げたか。胡散臭いヤツだ。」
「えぇ。」
リフィーはいつものように澄ました顔だった。
「お前がどう考えようと構わない。私はクリスティーナ様の従者。主がお前を客と扱うならそうするまでだ。」
「別に聞いてませんけど?饒舌なのはやましいことがあるからですか?リフィー。」
一瞥しただけで返答は無かった。リフィーらしい。
あの男性の声、聴き覚えは無い。自分を怪しい者と思わせないためにリフィーを疑わせるような事を言っただけ……だと思ったけど、最後の言葉が引っかかる。
『逃げる勇気も必要』
勇気……ブレイブのこと?そういえば、暗黒龍との戦いでブレイブのパーティの一人が逃走したって。その人だとしたら信用に値するのかもしれない。
わたし自身、リフィーを心から信用はしていない。明らかに人間を軽んじ、クリスティーナがわたしに良くするのをリフィーは快く思ってはいないのが分かる。憎悪と呼べるものだと。でも……
「リフィー、そのマントを貸してもらえないかしら。この姿では街中に行けないので。」
「断る。このマントは我が誇り。悪いな。」
こういうところもリフィーだなと。いつもと変わらないリフィー。
「では、この姿で往来を歩くしかありませんね。」
「お前の腹の中はどす黒いモノが詰まっているらしいな。主の客人をそのような姿で衆目に晒せないのを知りつつ。すぐに戻る。」
リフィーは涼やかに走っていく。
さっきの男性は……いないか。よっぽど慎重な方のようだ。
10分弱で戻ったリフィーはわたしに大きめなローブを渡してくれた。お礼を言いローブを纏う。
「リフィー、わたし……殺人を犯したかもしれない。」
「殺人?」
経緯を話すとリフィーは現場を確認するというので案内した。
「うっ!」
流石のリフィーのポーカーフェイスも歪む。
「これはオーガが食い散らかしたようではないか!?これをお前がやった……と言ったのか?」
「さっきも言ったように、気を失い、気が付いたらこの惨状だったの。記憶が無いけど、わたしの全身が血に染まっていて……生きているのはわたしだけだった。だから……」
リフィーはわたしが話している間も死骸を確認していた。
「コイツらは薬物の密売で手配書が出ているお尋ね者だ。首から上はさほど傷んではいないからギルドで報奨金も出よう。お手柄じゃあないか。」
「そんな……それで良いんですか?」
それ以上、リフィーは何も言わなかった。
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