暗黒編

第102話 【Side:ブレイブ】一糸纏わぬ姿で

 夜が明けて間もない冷たく澄んだ空気は心地良く、そして気持ちが引き締まる。往来に人通りはほとんどない早朝。俺たちはいま精霊王の国スピリットガーデンの王都ピセを旅立とうとしていた。


「出発しようか。」


 振り返った俺は真っ直ぐに見つめるファナとパチャム。そして……


「行ってきます。」


 黒髪の少女は王宮に向かい深く頭を下げた。


「行こう、アリス。」


「はい。」


 俺が差し出した掌を彼女は優しく掴んでくれた。


 4人を乗せた荷馬車が揺れながらゆっくりと進む……白亜の王都を少しずつ小さくしながら。


◇◇◇


 遡ること数日前。


 夜空を埋める星々の中、一際眩い輝きを纏う魔法少女ステラが羽ばたいて行く様を俺たちはただ眺めていた。


「さて……」


 ゴールドが俺に視線を移す。そうか、まだ死線の上ということか。


「あぁ、決着を付けようか!」


「ん?いや、取り逃したし……戻ろうか。」


 さっきまで死闘を繰り広げていた相手とは思えない台詞にこっちが驚く!


「え!?何で?」


「その氷剣はしばらくは目覚めまい。私も魔力を持っていかれたしな、魔法少女に。」


 言われれば……スノーホワイトの寝息が聞こえてくるようだ。


 ゴールドに敵意が無いことを確認した途端、俺はその場に座り込んでしまった。酷く疲れた……。それは肉体的もさることながら精神的にも衝撃が大き過ぎる。


 その原因は勿論『魔法少女ステラ』の出現。


 前世の魔法少女は一人目のアリスに続いて二人目。たまたま酒場で出会った……幼馴染みの牛子(うしこ)によく似たエルフのステラ。


 あれ?エルフ?


 僕が知っている前世の魔法少女たちは3人とも人間だったハズ。当時魔法少女に萌えた僕はネット上にある魔法少女の画像や動画を片っ端から収集して愛でていたものだ。エルフのような長い耳なら気付かない訳がない!


「ブレイブ、キミはステラのことを、いや……魔法少女のことを知っていたのか?」


 物思いに耽っていた俺はゴールドの言葉で我に帰る。


「まぁ……。でも俺の知っている魔法少女は人間。何でエルフのステラが魔法少女なんだ?」


「ステラは人間だ。アレは付け耳だろう。」


 ゴールドの言葉に全て合点がいった!そうか、そうだよね。魔法少女ステラは人間だよな。


「もしかして、やっぱりステラは『牛子(うしこ)』なのでは!?」


 変身前のステラは幼馴染みの『牛子(うしこ)』に瓜二つだった。いま考えると変身した後も『牛子(うしこ)』に似ていると思った。


「ウシコ?」


「何だいソレは?」


 ファナとゴールドは聞き慣れない単語に頭がクエスチョンマークなのだろう。そりゃそーだ。


「あ、いや……何でもない。それよりゴールド、アンタもステラのことを知っているようだけど、どうなんだ?」


「夜にこんな場所で立ち話もなんだ。街に戻ろう。話はそれからだ。構わないかな?」


 確かに、王都の外とはいえ外周は衛兵が巡回しているので怪しまれる。


「じゃあ酒場でっ!!もうお腹空いたし喉も渇いた。」


 確かに!今すぐに喉を潤したい、エール酒でっ!!


「そうしようそうしよう!いいよなゴールド?」


「急に雰囲気が明るくなったな。私の行きつけの店でどうだ?奢ろう。」


 俺とファナは心の底から喜んだ!早速王都ピセに向けて歩き出す。


 20分程して道端に座っているパチャムを発見した。俺たちの場所が分からず途方に暮れていたらしい。忘れててゴメン、パチャム。


◇◇◇


「え?ここって?」


 俺たちはだらしなく口を開け放つ。


 目の前には格調高く豪華絢爛な建物があった。それはまるで迎賓館のようだった。


 ここに着く前には高い鉄の柵で囲われ入口にはガードマンが数名いて入る時に厳重なチェックをされた。


 そう、ここは貴族など上流階級が御用達の、夜の社交場として名高い『ヘブンズパレス』。噂でしか聞いたことがない。


 片田舎から王都に来たばかりの俺たちはこの場の空気に飲まれ、キョロキョロと落ち着きなく見回しながら、ただゴールドに着いていくだけで精一杯だった。


 後になって考えると、俺たちの貧相な格好は上流階級の方々にはさぞ場違い極まりなかったことだろう。


「ようこそおいで下さいました、ゴールド様。いつものお部屋をご用意しております。」


「ありがとう。今宵は客をもてなしたいので頼むぞ。」


 ゴールドは黒服を来た店員に金貨数枚を手渡す。


「いつもありがとうございます。どうぞお部屋でおくつろぎ下さい。」


 通されたのは『ヘブンズパレス』の最上階にある円盤状の展望フロアまるまるワンフロアで、見事な調度品や遊具に溢れ、そこだけで高級クラブまるまる入りそうな、まさにVIPルームであった。


「このソファが一番心地良いのだ。かけたまえ。いや、その前に汚れた身体を綺麗にしてくるといい。」


 ゴールドが手を叩くと黒服が来て、俺たちを浴場の入口に案内してくれた。


「男性はこちらで、女性はこちらです。」


 ゴールドとファナの女性陣と別れ、俺とパチャムは男性の脱衣所へ。パチャムはトイレに行くと言うので、俺は先に浴場に入る。


 てっきりシャワー室程度だと思っていたら、所々に彫刻など施されたこれまた絢爛豪華な大浴場であった。神話の時代を思わせる神々の彫像も多くあり、その大半は裸像で、男女が絡み合うような裸像も少なくない。何だかドキドキしてくる。


 浴場に充満する湯気で視界が限られた中、裸像に目を奪われた俺は何かにぶつかってしまう!


「うわぁ!」


 濡れた床に足を取られ俺は尻餅を突く。


「スミマセン。大丈夫ですか?」


 どうやら人とぶつかったようだ!俺たちは向き合うように尻餅をついた形で座り込む……互いに一糸纏わぬ姿で。


「ブレイブ?」


「ア……アリス!?」

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