第48話 【Side:アリス】アリスの旅立ち
まるで西洋貴族の豪邸の如く荘厳で気品に満ちたお屋敷に広大な庭園がそこにはあった。わたしは命の恩人であるクリスティーナの好意に甘え、この館にしばらくご厄介になることにした。
クリスティーナから聞かされたこの世界『ラニューシア』のことには驚かされるばかりで、まさに不思議な国に迷い込んだようだった。
あらためて考えると分からないことだらけだった。何故この異世界に居るのか?何故、魔法少女に変身できないのか?そして……魔王を倒した後、激痛と共に自分の胸を貫く刃を目にした後の記憶が無い。いま自分の胸には貫かれた傷は無かった。あれは夢だったのか?仲間たちはどうなったのか?
ともあれ、いまはこの異世界から元の世界に早く戻らなければと思った。でも、どうやって?魔法少女の力が使えれば可能性はあると考えたが、肝心の変身ができないのだからどうしようもない。ならば、先ずは魔法少女に変身できない原因を究明し、魔法少女に変身することを当面の目標とした。
しかし、魔法少女に変身できない身で、この見知らぬファンタジーな世界でやっていけるのか?と自問自答する。目標を達するためにも、今は魔法少女ではない力を手にしなければならないと考えた。
元々、読書が趣味なわたしはこの異世界の文献を読み漁った。異なる言語だけどクリスティーナに教わりながら少しずつ理解できていった。何より大好きな書物に埋もれていた幸せなこの二週間を思い返していた。そしてこの異世界の魔法を習得するに至った。
「こんにちは、リフィー。良い天気ですね。」
わたしは振り返り一礼をする。木陰から出てきたのはエルフの女狩人『リフィー』。
「ご機嫌様、アリス。散歩かい?」
「はい。こんな綺麗な庭園は散歩しない訳にはいきません。」
「そうだな。普通なら人間が入れる所ではないからな。主の客人なので話は別だが。」
何処か刺のある言葉にも聞こえるが気にせず、側に咲く珍しい青薔薇に手をかざし香りを楽しむ。
「薔薇に触るな。」
リフィーが声を上げる。
「スミマセン。」
「いや……刺があるから、触れない方がいい。」
リフィーはその場を離れて行く。リフィーの姿が見えなくなると、一つ溜息をつく。
「わたし、彼女の機嫌を損ねることをしたかしら?」
青薔薇の刺を指で撫でながら考えるが、思い当たる節が見当たらなかった。
◇◇◇
「クリスティーナ、お願いがあります。」
わたしは自室にいたクリスティーナを訪ねると、単刀直入に用件を伝える。クリスティーナはだいたい予想はできていたようだった。
「行くのかい?」
「はい。いつまでもご厚意に甘えても居られませんし、大切な仲間のことも気になりますし。」
目を閉じたまぶたの裏には二人の魔法少女の姿が映っていた。
「しかし、変身できないのだろう?あの『魔法少女』に。このスピリットガーデン領内であれば比較的安全とは言え、この世界を知らないアリス一人で旅をするのは心配だ。私が一緒に行ってやりたいところだが、立場上残念だがそれも叶わない。」
「わたしなどのために同行いただくなんて勿体無いです……勇者様。」
後から知ったことだけど、わたしを助けてくれたクリスティーナはこの国を統治する『精霊王』に仕える『勇者』だという。
スピリットガーデンの『勇者』と言えば、最大戦力にして国を統括する重要な役職の一つであり、非常に多忙を極めた。クリスティーナがわたしを保護してからひと月経つけど、二人が顔を合わせたのは今日で3回目だった。それほど多忙なクリスティーナは館に戻ることはほぼなかった。
「ときに、魔法を習得したと聞いたが、本当かい?人間が魔法を習得できるものなのか?」
この世界でもほとんどの人間は魔力を持つことは無く、人間が魔法を習得するなんて話はクリスティーナも聞いたことが無いらしい。
「ご覧になりますか?」
返事を聞く前にわたしはクリスティーナの手を引いて庭園に降りると、わたしはいくつかの魔法を披露した。
「アリス、キミは本当に『人間』なのか?やはり『天使』では……」
クリスティーナはわたしが上級魔法まで習得しているとは思わなかったらしい。聞いた話では、普通は師匠に付いて魔法を習得し、初級〜中級〜上級と魔法ランクげ上がるのだが、優秀な者でも上級魔法までの習得に早くて2年はかかるらしい。
「『天使』だなんて。わたしは『人間』ですよ。『魔法少女』ではありましたけど。」
天使では?と言われて少し恥ずかしくなる。
「キミの力は分かった。しかし、この国や外の世界のことは疎かろう。そこでだ。案内役にリフィーを同行させようと思うがどうだい?リフィーは私の信頼する部下で護衛役としても実力は保障する。」
一瞬躊躇した。リフィーは多分自分のことを快く思っていない。でも、それには根拠は無く、ただ自分がそう感じただけのこと。それに、クリスティーナが推薦する人物であるからには信用に値することに間違いはないだろう。自分の漠然とした曖昧な感性のためにクリスティーナの好意を無碍にはできないし、推薦されたリフィーの立場を悪くすることにもなる。つまり断ることは自分のわがままでしかないと思えた。それにリフィーのことをまだ何も知らないのだから、一緒に旅をすることでリフィーとも打ち解けられるだろうと考える。
「この世界のことは何も知らない身です。是非、お願いします。でも、『魔法少女』のことはクリスティーナ、貴女だけのご内密に。」
わたしは深く頭を下げた。
◇◇◇
クリスティーナが屋敷を離れて久しい某日、元の世界に戻る方法を探すわたしとリフィーの二人旅が始まり、程なく暗黒龍ダルクシュレイヴァに襲われていたブレイブたちと運命の出会いを果たす。
その後はご承知の通り、辛うじて暗黒龍の襲撃から逃避することができ、ブレイブたちと一緒に再びスピリットガーデンに戻ることになった。
クリスティーナからはいつでもこの屋敷を使って構わないと言われていたので、あらためてその好意に甘えて屋敷に戻ったわたしは、ひとりクリスティーナとの出会いを思い出していた。
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