第47話 【Side:アリス】舞い降りた天使

 頬を撫でる優しい風を受けて目覚めたのは、白を基調とした洋風な部屋のアンティークなベッドの上。


「ここは……?」


 見回すと……少し離れた椅子に座る人の気配を感じた。


「まだ起きない方が良いだろう。」


 その声の主は美しい金髪の長い髪に透き通るような肌。その容姿は目を奪われる程に絵画や彫刻から抜け出したような神々しいまでの美しさを讃えた女性であった。でも、女性というにはどこか幼さも残している少女のようにも見える。


 目を疑ったのは、彼女の耳がとても長かったこと。そう、それはおとぎ話やファンタジーの登場人物を連想させた。彼女は立ち上がりゆっくりとベッドに歩み寄る。


「だが、名は聞きたいものだな。ここは私の屋敷で、私は『クリスティーナ』。」


 間近で見る彼女、クリスティーナの美しい姿に目を奪われたわたしは問いに答えるのに少し時間を要した。


「わたしは……『月島 華那(つきしま かな)』と言います。」

 名を問われ当たり前のように告げた名乗りにクリスティーナはオウム返す。


「『ツキシマカナ』?それは名前なのか?初めて聞く名前、いや言葉だ。ん?『ツキマカ…ナカ』?」

 華那の名を繰り返すが、クリスティーナはうまく復唱できなかった。


「ごめんなさい。その……わたしにはもう一つ名前があります。コレなら……どうですか?」


 華那が口にしたもう一つの名はクリスティーナの口に良く馴染んだ。


◇◇◇


 数時間前のこと。


 暁を迎えようとする夜空を眺めていたクリスティーナは大空の異変に気付く。彼女が見上げる先、遥か空高くに青く光るものがあった。目を凝らすとその光は極めてゆっくりとではあるが降りてきているように見えた。


 クリスティーナは馬を繰り出す。


「何と…綺麗なんだ。」


 クリスティーナの頭上には遠くから見た青い光が、いまは月を覆うほど大きく見えた。その青い光はこれまでに見たこともないとても美しく優しい輝きだと感じた。クリスティーナの手に届くまでにはまだ時間がかかりそうなほど少しずつ降りていたが、しばらくすると光の中に人影が見えた。


 ようやく間近まで降りてきた青い光に手をかざしてみる。これといった抵抗もなく、クリスティーナはその少女を両手で支える。


「子供?いや、天使……か?美しい。」


 天から舞い降りてきたのは青き衣をまとい金色の髪の、まさに天使のごとき少女であった。


 しかし……その神々しいまでの青き光は急速に輝きを失い、クリスティーナはその光景に驚きを隠せなかった。何ということだろうか、腕の中で眠るその少女は一瞬にして姿を変えたのだから。


 輝きを失った少女の髪は漆黒に染まり、青き天使の衣も輝きを失ったように紺色の質素な服になっていた。


「夢を見ているのか、私は!?」


 昇る朝日に照らされその少女の姿がはっきりとうかがえた。姿かたちは変わっても、その黒髪の少女に嫌な印象は感じなかった。


◇◇◇


「これが顛末だよ、アリス。」


 開いた窓の外、あの時眺めていた夜空の方向を見上げながらクリスティーナはベッドで横になっているわたしにゆっくりと語ってくれた。


 問われて名乗った『月島 華那(つきしま かな)』の名は西洋人に近いクリスティーナには覚えにくいようで、あらためて『アリス』と名乗った。それはわたしの『魔法少女』の名前。


「そんなことが……。助けていただいてありがとうございます。ところで……クリスティーナさんは、その……人間ではないのですよね?その長い耳。」


 一瞬、クリスティーナの表情が強張り、向けられた視線はいままでと異なった。


「スミマセン、お気に障ったのなら謝ります。ここはどこなんですか?日本ではないです……よね?」


「ニホン?」


 クリスティーナには日本は馴染みがないようだった。


「ここはスピリットガーデンにある私の館だ。」


「スピリット……ガーデン?」


 初めて聞く地名にわたしもキョトンとしてしまう。わたしの反応にクリスティーナも気付いたようだ。お互いに擦り合わない情報に戸惑っていた。あらためてクリスティーナから問われた。


「見ての通り私はエルフだ。それよりもキミは人間なのか?見た目は確かに人間なのだが……あの時の……青い衣に黄金の髪、そう、あの天使のような姿は一体?」


「『魔法少女』の姿を見たのですね。あれは変身した時の姿でして……」


 そこまで口にして思い出す。魔法少女のことは他人には秘密だったと。しかし、魔法少女の姿と、変身が解除された今の姿の両方を見られたのだ、もはや誤魔化しようは無い。ここはわたしの居た世界ではなさそうだし、人間ではないエルフのクリスティーナになら話しても大丈夫かと考え……わたしは自分のことを話し始めた。


 クリスティーナにとってはまるで現実味の無い話だったが、あの天使のような姿を見たクリスティーナだったからこそ、わたしの話を真剣に聞いていた。


 二人は互いの夢物語のような話に衝撃を受けつつ、少しずつ溝を埋めていった。


「私のことはクリスティーナでいい。いいね、アリス。」


 これはこの異世界で目覚め、クリスティーナと初めて出会った時のお話。

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