第5話 水瓶座η流星群②
「はあ……。今日こそ言おうと、思ってたのになあ」
後悔を口にする
<別に、言わなくてもいいだろ。聞かれてないし>
「言いたいのに言えないから問題なんだよ」
<あっそ。弱虫、その悩みもあとどれほど持つかな>
楽しそうな光源に、思わずため息をついてしまう。だまされた気しかしないし、先程あらわれた枯草さんだって、俺への抑止かもしれない。そう思うと、余計に憂鬱だった。
「何度かチャレンジしてるけど、タイミングがなあ……次こそ、俺も恒星になったって、言えるといいんだけど」
四月二十二日、
あの日、月草が三日月と合流できたであろう頃、俺は日陰が銀河のボスだと分かり、記憶を消されそうになった。
こんな時きっと、三日月なら、月草なら、抗うのだろう。
近づいてくるスピカを見て、少しさみしく思う。記憶を無くしたら、どこまで俺は今日のことを覚えていられるのだろう。もしかすると、三日月は、いつもこんな気持ちなのかもしれない。だから三日月はいつも明るいのかな。
俺は抵抗できないし、明るくなれる気もしないよ。
「二人みたいに、なれたらなあ」
俺も、三日月や月草のように。自我をしっかりと持った、強い人になりたい。そう思ってしまった。願ってしまった。
「ま、待宵さんは一体なぜ、こんなタイミングで……何を、願ったというのですか!?」
日陰ちゃんが驚いたように何か言っているけれど、気にならなかった。
目の前の光景に、自分の光源に釘付けになる。
<何、無表情? つまんないの>
第一印象は黒い、だった。真っ黒。
黒色の服を着てフードまで被っているせいもあるけれど、不機嫌そうにしている態度が悪印象を助長させる。黒に執着しているのだろうか。
<俺は
自分勝手にそう言って、ポラリスは契約を提示した。お情けのようにフードにちょこんとついた真っ黒な熊の耳がちぐはぐだ。そんな、申し訳程度の熊要素。
<俺はお前の『周りへの配慮』がほしい。お前はこれを俺に与えることで、自己中心的な人間になれるぜ? そして、力を手に出来る!>
ぐははっ、と笑って。ポラリスは畳み掛ける。
<人間なんてみんな、自分勝手だ。安心しろ、お前は“普通”になるだけだ。他の光源と違って俺は気付かないほど少しづつ、少しづつお前から奪い取るから、急激な変化もないしな>
軽く言って、どうする、と問いかける。
「お、俺は……」
「どうするんですか」
割り込んできたのは、少女だった。彼女の隣にはスピカがいる。光源が何をできるのかいまいち把握してはいないけれど、漠然とした不安があった。
「待宵さんがポラリスと契約を結ぶのであれば、わたしは退きましょう。その代わり、恒星になるならば」
ポラリスを見る少女。ポラリスは面倒臭そうに会話を聞いていた。
「銀河に、入ってもらえませんか? 拒否すれば、殺します」
有無を言わせぬ、言い方だ。取引と言いながら、全然取引になっていない。
少女が笑っている。楽しそうに。
俺もいつか、そんな風に笑える日が来るのだろうか。
「俺は―――」
安定したころにまた会いに来ると言って、俺に猶予を与えた少女は歩いて帰っていった。だから俺は、二人に嘘をついたのだ。あんな、ばかみたいな嘘。
「そもそも、日陰ちゃんが俺を見張っているわけでもないし、あの時、嘘なんてつかなくたって、良かったんだよな」
あっさり信じてくれた二人に、信用されているんだと気づいた。それが嬉しくて、二人にいいとはいえないことをしているのに、嬉しくて。
いつ日陰ちゃんが俺を銀河の一員として迎えに来るのか分からないし、ポラリスによって配慮なんてできなくなってしまうかも分からない。
だからせめて、真実を言って、二人の前からいなくなろう、と思ったのに。
「これじゃあ、今も昔も自己中じゃんか……」
<なんだ、普通はそうだろ。人間なんて自己中じゃなきゃ何なんだ。誰だって自分が一番かわいくて、大好きだろ>
別に、好きじゃないけど。うっとうしくて手で払うと、けらけら笑ってポラリスは避ける。
そもそも配慮なんて、俺はできているつもりで、できていないのかもしれない。表情だって上手く作れないんだ、配慮なんて難しいもの、できた気になってるだけかも。
「月草は、三日月は、俺がいなくなったらどう思うのかな」
三日月がいなくなったらさみしい。それは星を見ながら言ったこと。きっと月草だってそうだろうと思ったら、月草も同じようなことを言ってくれた。
でも、三日月ではなく、付き合いの浅い俺だったら、どうなのだろう。
あの時、願ったのは自分にない強さだけど、それは俺を信頼してくれた、大事な二人を守りたいからだ。そうは思っていても確かに、自分の命が一番大事なことに変わりは無いのかもしれないけど。
自分の光源だけど、ポラリスはちょっと、苦手だ。
「こんばんは」
「……こんばんは」
もう少しで自宅に到達するというのに、無表情で、不意に前方から現れたのは、少女だった。日陰ちゃん。
今日だったのかと、なんだかやけに冷静に思うのは、現実味がないからか。
「俺は、君の事をなんと呼べば良い? ボス、とか?」
「別に、何でもいいですよ。そういえば、みんな下の名前で呼びますので。……出来れば、下の名前で呼んでもらいたいですが」
「じゃあ、そうする。日陰」
ボスを呼び捨てにするってのも変な気もするけど、それでいいなら。
「未練はあるでしょうが、あなたには銀河に入ってもらいます。発信器をつけているので大丈夫だとは思いますが、先日お渡したお守り、ちゃんと今も持っていますよね?」
「ああ、これか」
ピンク色のかわいらしいお守りをポケットから取り出す。四月、別れる間際に手渡されたお守り。いわく、裏切らないよう見守る装置だとか何とか。ろくでもないものだ。
発信器までついていたのかと内心、嫌になる。
「わたしのことを裏切るつもりならあなたもろとも爆発させちゃおうと思っていたんです。それなのに何度も裏切ろうとするから、ひやひやしちゃいました。これ、枯草さんがくれたんです。光源の力を利用して作ったらしいんですけど、とっても高性能な爆弾なんですよ」
「………………」
ちゃんと持っていてくださいね、と念押しされる。これからも俺は脅されるのか。
盗聴もされていたのか。なかなか言い出せないと思っていたけど、それはそれで助けられていたのか。神社にあるような普通のお守りにしか見えないから、見掛け倒しだとばかり思っていた。
さあ、と言って手を差し伸べられる。
「一緒に、来て、もらえますか?」
「もちろん。もう、月草と三日月には手を出さないで」
手を握り返すと、少女はとても驚いたようだった。
「交換条件のつもりですか? …………役に立ってくれるなら、考えますよ」
家に背を向けて歩き出す。
空に目を向けると、三日月が言っていたとおり、すうっとひとすじの光が流れるように消えていく。あの輝く星のように、俺の光もすぐに消えてしまうのだろうか。
元に戻れるなら、それだけでいいのに。
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