ACT114 どのくらいのサイズ?


「昨日は、何も言わずに早退してごめんなさい」


 明けて、翌日――文化祭前日の午前。

 茶々様は、わたしや桐やん、接客班全員の前で、深々と頭を下げたのだった。

 普段はわりとツンツンした雰囲気の茶々様のこの素直な謝罪を受けて、班の皆は驚いて、そして戸惑ってもいたようだけど、


「もう、ホント心配したんだぞっ。ボクに早退を言ってきたときの茶々様、めっちゃ真っ青な顔してたし、何かあったんじゃないかって」


 そんな中にあって、桐やんだけは、いつもと変わらぬ豪快さで茶々様に話しかけていた。


「心配かけてごめんなさい、桐子。実は――」

「おおっと、みなまで言わなくて良いぞ茶々様っ。今こうやって茶々様は元気な姿を見せてくれたし、班の皆に向かって頭を下げるというケジメを付けてくれた。ボク達にはそれで充分だっ」


 笑って、茶々様の肩を優しく叩く桐やん。

 細かいことを気にしない桐やんの、そんな屈託のない笑顔に釣られるかのように、


「まあ、人間誰しも知られたくないことはあるし」

「八葉さんなら、本番で取り返してくれそうだし」

「いつも堂々としてるから、良い接客が出来そうだ」

「明日はよろしくね、八葉さんっ」


 班の皆も、先ほどの戸惑いと驚きの状態から融和した雰囲気で、茶々様のことを迎えてくれた。

 そんな皆の温かさに触れて、一瞬、茶々様は何かが極まったかのように泣きそうな顔になったのだけど……そこは、グッと堪えたようで。


「……ありがと、みんな」


 顔を赤くしながらも小さく笑って、小声で、でもはっきりとお礼を述べた。

 そのささやかな笑顔がこれまた凄く可愛くて、わたし、ちょっとゴトリと来ちゃったんだけど、



『茶々様……』



 それは班の皆も同様だったようで。

 男女を問わず、全員が全員、ほわほわした雰囲気になっていた。


「ちょ、ちょっと! なんで全員そんな骨抜きになってるのよっ!? しかもさっき『八葉さん』呼びだったのに、一人の例外もなく『茶々様』になってるんだけどっ!?」

「いやぁ、素直になった分、茶々様の可愛さがまた一段と増したからだと思います」

「な、何言ってんのよ朱実。そ、その……ちゃ、茶々は元より可愛いんだからっ」

「そうですね……」

「だから、仏のような顔して和まないでっ!?」

「ううむ、一瞬で複数の人を魅了するこの力、茶々様特有のものかも知れないぞ……」

「む……そ、それはそれで、将来必要なスキルかも知れないけど……」

「シロっちのやつと通ずるものがあるな」

「真白の愛情発散のアレと一緒にしないでっ!?」


 とまあ、すっかり元通りのテンションになった茶々様。

 桐やんとのこういうやり取りを見て和むクラスの面々を見ると、多分、これからもっと茶々様に魅了される人が増えていくんだと思う。シロちゃんのアレとはまた別の意味で。

 それはそれで、わたしとしては、ちょっと妬けちゃうかも。


「はいはいはい~、積もる話はこれまでにしておいて、班の仕事をしましょうね~。明日まで時間がありませんよ~」


 と、クラスの接客班の班長である黒木くろき小幸こゆきさんが、間延びした声でまとめに入った。

 茶々様の笑顔でほわほわ和んだ班の皆の中にあって、この人だけはマイペースだ。案外冷静な人なのかもしれない。


「八葉さん。明日の接客に使う制服の採寸、八葉さんだけ済んでないので、今から少し時間をくださいね~」


 班の皆がそれぞれのシフトチームで仕事(というより接客の練習)に取りかかる中、黒木さんが、わたしのチームにいる茶々様に声をかけていた。

 昨日、わたしや桐やん、他の班のメンバー全員が採寸を終えていたけど、早退した茶々様だけがまだだったっけ。


「ん、わかったわ。……その、明日に間に合いそう?」

「わたしを、誰だと思っているんですか? 昨日には、もう既にメンバーの半分以上を仕上げておりますよ~」

「……どうやら、愚問だったみたいね。大した腕前だわ」


 感心したように息を吐く茶々様。

 実際、黒木さんがそのように発案したのは昨日の午前終了間際だったため、間に合うかどうかわたしとしても疑問だったのだけど、彼女がそう断言するからには大丈夫だ。

 なにせ、黒木小幸さんは十年に一度の逸材とも言われている、被服部の一年生エースである。あとは彼女に任せておけばいい、と思えるくらいだ。


「じゃあ、お願いするわね」

「はいはい~」


 茶々様が腕を広げてそのように言うのに、黒木さんは頷いてメジャーを取り出し、手早く身幅、肩幅、袖丈、着丈と測っていく。

 一見して大雑把のように映るかもしれないが、全部正確な数値がコンマ単位で、彼女の頭の中にインプットされているようだ。お見事な手際である。


「ふむ」


 トップスからボトムスのウエストと総丈まで測り終えて、黒木さんは、茶々様の正面に移って、一通り頭から爪先まで見渡して……最後に、ある一点に視線を置く。約十秒ほど。


「な、なによ……」


 ただならぬ黒木さんの視線に、茶々様は少し全身がざわついたのか、少々困惑した様子でたじろくのだけど。

 ややあって、黒木さんはニンマリと笑って、『むふー』と満足そうに息を吐いて、



「83のDですね~」



 ポツリと、わたしと桐やんと茶々様に聞こえる範囲での呟きを発していた。

 一瞬、わたしと桐やんはその言葉の意味がわからずに首を傾げたのだけど。


「な……な、な、な……!?」


 茶々様だけは、その呟きに顔を真っ赤にして己の身を抱き……というより胸を抱き隠しながら、黒木さんのことを睨みつけた。

 ……それだけでわたしは何のことかを察して、桐やんも『おおぅ……』と息を漏らしていた。


「いやぁ、八葉さん。その背丈にしては、なかなかのモノをお持ちで~」

「な、な、なにやってくれてるのよ!? というか、そこは測っていないのに、なんでそんなにもドンピシャなのよ!?」

「わたしを、誰だと思っているんですか? 見ただけでそれがわかる特技を身につけないと、被服部のエースは名乗れませんね~」

「エースに必要な特技なの、それ……!?」

「まあまあ、昨日のほぼ無断の早退の、ちょっとした罰と思ってくだされば~。クラスの皆には内緒にしておきますので~」

「ぐ……ぐぬぬぬぬぬ……!」


 黒木さんに言いくるめられて、茶々様、顔を真っ赤にしつつもぐうの音も出ない。

 クラスの皆には内緒にすると言いつつも、わたしと桐やんにはバッチリ聞かれている辺り、突っ込んではいけないのだろうか。……突っ込んではいけないのだろう。

 なんとなく、この人には逆らってはいけないような気がしたけども。

 ……気になることが、一つ。


「黒木さん」

「ん? なんでしょうか、仁科さん?」

「その……シロちゃんの、その、サイズも、把握してたりするの?」

「……あなたも好きですね~、仁科さん。――食堂の食券一枚でどうですか?」

「乗った」

「おいおいアカっち、あんまりそういう残念なことをするのは――」

「ちなみに、緑谷さんのサイズも既に把握済みですが、黄崎さん、どうします~?」

「詳しく聞こう」

「こらこらこらこらっ! 二人とも、悪の道に引きずり込まれるんじゃないわよっ!?」

「八葉さん。紺本さんのサイズ、気になりませんか~?」

「なっ……の、乗らないわよ、乗らないんだから……っ!」


 と、茶々様だけが最後まで抵抗しつつも。


「まず、乃木さんのは――」

「ええっ!? 夏に水着姿を見たときの予測よりも、ずっと……!?」

「んで、緑谷さんは――」

「お、おおぅ……なんとも、可愛らしいというべきか……!」


 それぞれ、わたしと桐やんがその値を黒木さんに耳打ちされて、それぞれ反応を示しているのを見て。


「……茶々にも、教えてもらえるかしら。奈央だけでなく、真白と、あと朱実のも。食券三枚で」

「茶々様っ!?」

「ふっふっふ、毎度あり~」


 数分後に、茶々様も結局乗ってしまったのだった。

 ……うん、正直、イケナイことをしてしまったような気がするけど。

 こればっかりは、しょうがないよねっ。

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