ACT111 そこまで毒されているのかな?


「シロちゃんは……やっぱり、居ないか」


 文化祭二日前の朝の登校時刻。

 いつもなら、わたしはこの道でシロちゃんを見つけて、そしてその腕に抱きついて、朝恒例の元気の補給を行うんだけど。

 ……生憎、今日明日に限っては、文化祭の準備期間でシロちゃんの班が朝活をしているとシロちゃんからスマホに連絡が入ったことから、少なくとも今日明日は朝の補給が出来なくなっていた。

 それこそ、シロちゃんと面を合わせるのは朝と帰りのHRだけになりそうなので……なんだか、寂しいな。

 こうやって、朝、一人で校門に入るのも久しぶりのことで、明日もそうなることを考えると、仕方がないとはいえ、ついつい溜め息が――


「なぁに朝から辛気くさいオーラを出してるのよ」


 漏れかけたところで。

 横から、少し呆れたような声が、わたしにかかってきた。とても馴染みの深い声。


「あ……茶々様、おはようございます」

「ん、おはよう」


 わたしの親戚かつ幼なじみの、八葉茶々様が、声の通りに眉をひそめながらこちらのことを見ていた。

 付き人の紺本奈央さんが傍らに居ないあたり、茶々様も一人であるらしい。奈央さんはシロちゃんと同じ班だから、やはり別行動になっているのだろう。


「どうしたのよ、朱実。やけに元気がないようだけど」

「えっと、今日はシロちゃんと朝の登校が一緒じゃないから、朝の元気を補給出来なくて」

「む……そういえば朱実は、真白と毎朝一緒に登校してるんだってね。二学期の始業式の朝もそうだったし。……本当に、茶々も家が逆方向でなければ」

「え? 茶々様、どうかしたんですか? 微妙に悔しそうな雰囲気が……」

「……なんでもないわよ」


 コホン、と茶々様は微妙な顔で咳払い。

 その仕草をする彼女の心理がわからなかったけど、深く突っ込んでも教えてもらえなさそうなので、その辺りは流しておいた方がいいのだろうか。


「それよりも、朝の補給って言ったわね。いったい何をしているのよ」

「え? えっと、それは……」


 と、いろいろ考えているうちに茶々様にそのように訊かれ、わたしは言葉に詰まる。

 シロちゃんの腕に抱きつくという行為は、わりと躊躇な今日の今日までやっていたけど、改めて説明するのは……その、少し恥ずかしい気が……。


「なんで、そこまで言いにくそうなのよ」

「いやー、その、うーん」

「……も、もしかして、周囲に見えない程度に、いろんなところを、さ、さ、さ、触り合うとか……そういう、破廉恥なことを……!」

「ち、違いますっ! そんなハードなことはしてませんっ! 断じてっ!」


 茶々様が顔を赤くしながら想像を巡らすのに、わたしは慌てて制止しておく。

 どうして茶々様がそう言う想像をしたのかとか、思いっきり抱き締められたり(ACT01参照)、シロちゃんのシロちゃんを首筋に押し当てられたり(ACT94参照)とかはギリギリセーフだよねとか、そう言う思いが頭を掠めたのだけど。

 ひとまず、目の前の説明に集中しないと。


「スキンシップみたいなものですよ。ほら、女の子にはよくあるじゃないですかっ。お友達同士で抱きついたりとか、そういうやつですっ」

「つまり、日常の真白みたいなことをすることで、朱実は元気を補給していると?」

「……なんだか、微妙に否定出来ない」


 思い返すと、アレはアレで大胆なことなのかも知れない。

 わたしも、シロちゃんのことどうこう言えないね……。


「……………………」


 と、わたしが悶々としているところ、茶々様も茶々様で、その説明を受けてから何やら迷っているような仕草が現れていたのだけど。

 すぐに、何かを決断したようで、


「……ん」


 緊張の面持ちで、茶々様はその小さな手を、わたしへと差し出してきた。

 一瞬、わたしにはその行動の意図がわからなかったのだけど、


「今日は……特別に茶々が補給してあげるわ」

「茶々様?」

「真白の代わり、っていうのも茶々としてはアレだけど……その、茶々も朱実の友達でしょ」

「――――」


 なんだろう。

 茶々様の言葉が、とても有り難くて。

 そう感じると。

 自然と、反射的に、わたしは茶々様のその手を取っていて、


「あ……」

「……っ」


 それが、柔らかくて、温かくて、茶々様の言葉に隠れた優しさが全身に沁み渡ってきた。

 それこそ、シロちゃんの居ない朝の寂しさが埋まるどころの話ではなく、シロちゃんの補給とはまた別の意味で元気をもらえているような、そんなふわふわとした気分だ。


「……なんだか、すごいわね、これ」


 茶々様も茶々様で、同様なのかも知れない。

 顔を赤くしつつも、何かを噛みしめたかのように、わたしの手を握る力をほんのわずかに強くしている。

 そんな茶々様のことを、わたしはとても可愛いと思ったし、ちょっとドキドキしたりもした。

 そのせいか、


「茶々様って……なんだか、ちょっとだけ変わりましたね」


 これもまた自然と、言葉が口を突いて出ていた。


「変わった? 茶々が?」

「はい。その、本当にとても親しみ深くなったというか」

「……茶々、そこまでツンツンしていたかしら」

「少なくとも、子供の頃はとっても」

「ぬぅ……まあ、ずっと周りにツンツンしぱなっしだと、上手くいかないとわかったからかしらね。それこそ、茶々は将来社長になるんだし、人間関係も上手くやらないと」

「ん、そういうビジネスライクとかじゃなくて、もっと親愛的な意味で親しみ深くなったと思います」

「それは……」

「それくらい、茶々様はわたしのことを大切に思ってくれてるんだなって感じられて、わたし、とても嬉しくなっちゃいますっ」

「――――っ!」


 ボッと、茶々様がさらに顔を赤くしている。ものすごく照れているらしい。少なくとも、子供の頃の茶々様からは考えられないほどの表情の変化で、これもまた可愛い。

 なんだか、もっと見たくなっちゃう。

 

「も、もうっ、真白みたいなこと言ってるんじゃないわよっ。朱実、あんたかなりアイツに毒されているんじゃない?」

「え、えええっ? そ、そうですかね?」

「そうよっ。あれだけ恥ずかしがりで従順な子猫のような朱実が、まさかここまでドSな女王猫になるだなんてね……!」

「女王猫!? しかもドS!? いや、流石にそこまでは……」

「……じゃあ、今こうやって茶々と手を繋いで元気を補給してることについて、あんたが今思ってることを言ってみなさいよ」

「え? えっと……この補給については茶々様はシロちゃんの代わりって言ってたけど、代わりでは止まらないほどに、茶々様には茶々様の癒しがあって、それでいてとても茶々様の優しさを近くに感じられたり、なにより茶々様が今とても可愛いなって……って、茶々様?」


 言われたとおりに今思っていることを口に出してみると、茶々様が俯きながらぷるぷると震えており、なおかつ頭から湯気がでているかのように全身が真っ赤だった。

 心なしか、繋いでいる茶々様の手も、温かいというか熱い気がする。


「……そういうところよ」

「え?」

「そういうところが……その、アイツに毒されているって、言ってんのっ!」

「えええっ? でも、思うことを言えって言ったの、茶々様じゃ」

「そこまで赤裸々にしろとは言ってないわよっ!」

「そうは言われても……それじゃあ、茶々様はどう思ってるんですか? 今こうやって、わたしと補給してることについて」

「ぬぐっ……!」


 返しの質問に、茶々様は『~~~~~』とまた頭から湯気を出しそうになりながら、言葉に詰まる。これまた可愛い。

 ただ、親しみ深くなったとはいえ、そこはツンデレ気質が強い茶々様。『まあ、悪くない気分なのは確かね』とか、そういう物言いになるんだろうなぁ……と、思っていたところ、



「……幸せよ」



「――――」


 ポツリと、その呟きが漏れてきたのに。

 わたしは、茶々様のことを抱き締めたい衝動に駆られたけど……そこは何とか堪えることが出来た。

 おそらく、シロちゃんなら間違いなくこの場で茶々様を抱き締めてたんだろうなぁ。なるほど、これがシロちゃんの気持ちか。それくらい、最近茶々様がとても可愛いからなぁ……。


「はっ……い、今のは、本当にいい友達を持てたとか、そういう意味での幸せだからねっ!? 深い意味なんてないんだからねっ!? 本当よ!?」

「はい……」

「って、朱実、なんでそんなに顔がツヤツヤしてながら仏のような顔してるのよっ!?」

「いえ、その、茶々様が可愛すぎて……」

「なっ……! だ、だ、だ、だから、朱実が毒されているの、本当にそういうところよっ!?」


 とまあ、茶々様と手を繋ぎながら、わいのわいのとやり取りしているうちに、あっという間に教室に着いていた。

 それこそ、シロちゃんの居ない朝の寂しさを感じる隙がないくらいに、茶々様との時間が有り難くて、愛おしく感じたよ。

 だから、その手を離す際も、


「茶々様」

「な、なによ」

「ありがとう」

「……ま、まあ、朱実さえよければ、明日も補給させてあげてもいいわよ」

「是非っ。茶々様の癒しを、明日もくださいっ」

「あんた、本当に躊躇わずに来るわね……っ!」


 こういう風に、茶々様との時間も欲しくなっていたあたり。

 わたしも、いろいろ欲張りになったなぁと、ちょっと思ってしまったり。


 あと、


「アカっち」

「ん? あ、おはよう、桐やん、どうしたの?」

「いろいろ程々に、だぞっ」

「え? ど、どういうこと?」


 席に着く道中、教室にいた桐やんにやんわりと注意を受けたのだけど。

 その意味については推し量れなかった、そんな朝。

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