ACT93 あともう少し、距離を近づけてみない?
「では、よろしくお願いします、乃木様、仁科様」
「うん、奈央さん、こちらこそよろしく」
「シロちゃん、紺本さん、一緒に頑張ろうっ」
体育の時間。
女子は体育館でバスケットボールということで、実技の後にミニゲームを行うため、ランダムのチーム分けがされたのだが、A〜Dの四つのチームのうち、Cチームにて、真白は朱実と奈央とで同じチームになった。
友達である奈央もだけど、恋人の朱実と一緒のチームはやはり嬉しい。
「ご機嫌ですね、乃木様」
初戦はAチームとBチームでの対戦なので、真白の所属するCチームはコート外で座って待機しながら観戦なのだが、そこで。
真白の右隣に座りつつ、奈央がこちらに話しかけてきた。
「うん、朱実と一緒だもの。それだけであたしの力は倍増しよ」
「シロちゃんが、また堂々と恥ずかしいこと言ってるけど……わたしも、やっぱり嬉しいかな。いつもよりもすごく頑張れそう」
と、真白の左隣に座る朱実は、ちょっと照れ笑いしながらも、ふんす、と張り切ったように両拳を握りながら鼻息を漏らしている。可愛い。
「お二人とも、士気は充分のようですね。私も、乃木様と仁科様がお力を存分に発揮できるよう、可能な限りのサポートをさせていただきます」
「そこまで畏まらないで、紺本さん。いざとなったら、紺本さんも活躍しちゃっていいんだから」
「ありがとうございます。仁科様がそう仰るならば……そうですね、チームのために成すべきことをしましょう」
「その意気だよ、紺本さんっ」
これまた最高に可愛く笑いかける朱実に、奈央もその明るさに充てられたのか、目を伏せたままながらも柔らかな笑みを見せる。
二人の笑顔に挟まれて、真白は雰囲気良さを存分に感じ取ったのだが……そこで、二人の会話に、ふと思うことがあった。
「そういえば、朱実と奈央さんも、結構付き合い長いんだよね」
「え? ああ、そうだね。茶々様と初めて会ったのが小学一年生の頃で、紺本さんもその時だね」
「私と茶々様が英国に滞在していた頃の五年の空白もありますが、それらを含めてもう九年ですか。思えば、結構長くはありますね。それが、どうかいたしましたか?」
「うん。言ってみれば、朱実も奈央さんも幼なじみなのに、なんで今も名字呼びなのかなって」
『…………』
真白にそう言われると、朱実と奈央、二人とも少々驚きながら、顔を見合わせていた。
それから、それぞれ思いを巡らせたようで、
「んー……わたしの場合、紺本さん、昔からしっかりしてた人だったから。最初は年上だとばかり思って名字で呼んでるうちに、呼び方が定着したんだよね……」
「私の場合は、幼少から万堂家に仕えるように教育され、万堂および分家の皆様に囲まれながら育ちましたし、その頃から皆様を様付けで呼んでおりましたので……外の方々も名字に様付けで呼ぶのが、慣習になったようです」
「でも、奈央さん、もう万堂家の人じゃなくて、茶々様だけに仕えてるんでしょ? じゃあさ、そう言う慣習も必要ないんじゃない?」
「それは……」
「朱実も、今はもう奈央さんと同級生なんだし、そこまで距離を開けなくてもいいと思うの」
「うーん」
少々困ったように、朱実と奈央は言葉を詰まらせる。
ただ、困っていると言っても、決して嫌がっている様子でもなく、『確かにそうかも知れないけどどうすればわからなくて戸惑っている』とか、そういう類のものだ。
「……逆に訊くけど、シロちゃんはどうしてそう思ったの?」
「あたし、奈央さんと友達としてもっと仲良くなりたいの。家事とか生活のこととかで、もっと高め合えたらいいなって」
「乃木様……」
「……本当、シロちゃん、天然で落としにかかるよね」
仲良くなりたい、と真白に言われて、奈央は少々照れたようだ。目を伏せたままの端正な顔の頬に、ほんのり赤みが差している。ちょっと可愛い。
そして、朱実は少し『むー』とちょっと機嫌を損ねていたのだが、
「もちろん、朱実のこともずっと大切で、大好きよ」
「シロちゃん……!」
「そんな、あたしにとって仲良くしたい二人だから、二人にももう少し距離を近くしてもらいたいなって」
思ったことを真白がそのまま言うことで、朱実と奈央、そろって目を見開いたのだが……やがて同じタイミングで、一つ大きく息を吐いて、
「そうかもしれないね。昔、紺本さんには何度も助けてもらったから、とっても感謝してるし」
「私とて、茶々様とはまた違って、仁科様の明るさと可愛らしさに心癒されたものです」
「それじゃ、さ。――改めて友達になろうよ、奈央さん」
「……はい、朱実様。私でよろしければ」
お互いに笑い合って、改めて、自分の望むように呼び合う二人。
場の雰囲気が、また良くなった気がする。
……そうだ。
「それじゃ、奈央さん。あたしもついでに名前で呼んでみない? 友達の証に」
「あ……は、はい。では、真白様、と」
「朱実の時も思ったけど、やっぱり『様』になっちゃうのね」
「……これが、私なりのスタイルですので」
「んー、わたしも、奈央さんのことは『ちゃん』で呼べないから、これでいいんじゃない?」
「そうかもね」
と、そんな風に笑顔で友情を確かめ合ったところで、
ピピーッ!
笛が鳴って交代の時間になった。
次は真白達の出番だ。
「じゃ、行こっか、シロちゃん、奈央さん」
「はい。朱実様、真白様、サポートはお任せを」
「よし……頑張ってこうっ!」
元より不安はなかったけど、このように友達との距離が近くなった今、もっともっと頑張れる。
仲良きことはやはりいいことだと、上機嫌になりながら、真白は軽快な足取りでコートを踏んだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「奈央さんっ」
「はい。……真白様、今ですっ」
「よしきたっ」
ハーフコートに入ったわたしのパスから、紺本さん……もとい、奈央さんが敵陣にドリブルで切り込んで。
相手ディフェンスを引きつけてたタイミングで、シロちゃんにパス。
そしてシロちゃんがレイアップでシュートを決める。
驚くように連携がハマりにハマり、
ピピーッ
「試合終了。Cチームの勝ちっ!」
わたし達Cチームは、いい雰囲気のままで相手チームに快勝することが出来た。
「やったわ朱実。ナイスゲームメイク!」
「奈央さんが、しっかり相手ディフェンスを引っかき回してくれたからだよ」
「それを仰るなら、真白様の決定力による活躍も欠かせないかと」
輪になってハイタッチしながら、和気藹々と賞賛し合うわたし達。
シロちゃんとは、前にバスケで息が合ったこともあって心地よかったんだけど、そこに奈央さんのサポートも加わって、爽快感が半端ない。今なら何でも出来そうな気がする。
そんな意気揚々とした気持ちでいると、今度は勝ったチーム同士の試合になったようで。
つまりはわたし達のCチームと……第一試合で勝ったAチームとの対戦だったんだけど。
「…………なんだか、茶々だけ除け者で、三人ともやけに楽しそうね」
「この三人が相手となると、ボクも気が抜けないなっ」
「ふぃー……お手柔らかに、お願いします」
そのAチームの中に、『むー』とむくれた茶々様と、現役女子バスケ部員の桐やん、わりと体力切れ気味のおなつさんの姿があった。
おなつさんはともかく、桐やんと茶々様が居るとなると、これまた強敵だけど、三人の連携を持ってすれば、なんとか――
「ちゃ、茶々様。私達は決して、茶々様を除け者にしたわけでは……」
「どうだか。いつの間にかお互いに呼び方まで変わっちゃってさ。……ずるいわよ」
「あ、いえ、これはですね」
「いいもん別に。茶々は桐子と奈津と仲良くするから。頼りにしてるわよ、桐子、奈津」
「なんだか複雑そうだけど、勝負事は全力でいかなきゃかだらなっ。そこのところよろしくっ」
「あはは……では、お三方、これにて」
「ああっ、茶々様……!」
ぷいっと、いじけモードの茶々様が、やる気満々の桐やんと苦笑気味のおなつさんを伴って、向こうの敵陣の方へいってしまう。
置いていかれた奈央さんはというと、
「…………」
「な、奈央さん? 大丈夫?」
「…………」
「奈央さん、しゅ、集中しよう、集中」
「…………そう、ですね。朱実様、真白様」
目を伏せたいつもの無表情で返事をしながらも、めちゃくちゃ打ちひしがれていたっ。
うわー、奈央さんってば、主人に怒られてしゅんとなってるわんこみたいになってるよ。初めて見るかも知れない。
……そのためか。
Aチームとの対戦は、突然陥った奈央さんの不調が響いて、一試合目の快勝が嘘のようにボロ負けした。
うーん……茶々様が気難しいのは昔からだから、奈央さん、そのあたりも苦労するなぁ、と思ったけど。
「朱実、あとで茶々様にフォロー入れておきましょう」
「そうだね」
「……お二方とも、申し訳ありません」
「こう言うときは助け合いよ、奈央さん」
「今度はわたしが奈央さんを助ける番だもん。それこそ、わたし、昔はいっぱい助けてもらったし」
「……ありがとうございます」
こうやって自然と、奈央さんのことを支えたいなと思える当たり。
奈央さんと距離を近くするきっかけをくれたシロちゃんが、本当にすごいなぁ、とわたしは改めて思ったよ。
……さすがは、わたしの大切な彼女だね。
改めてそう思うのも、ちょっと赤面ものだけど。
ちなみに。
「茶々様。機嫌直して、奈央さんと仲直りしてあげて」
「……朱実が、そう言うなら」
わたしが頼み込んだら、ツンツンだった茶々様、あっさり折れた。
なんだかチョロかった。
「……茶々様は、私の言うことは耳を傾けられなかったのに、朱実様の言うことは素直に聞かれるのですね」
「え……あ、ご、ごめん、奈央。別に本当に怒ってたわけじゃなくて」
「知りません」
「な、奈央ぉ」
そして、今度は奈央さんが茶々様を相手に拗ね始めた。こういう奈央さんも初めて見た。
というか、仲良しか、この二人。
……でも、まあ。
昔から知っているところも知らないところも含めて、わたしにとっては大切に思える二人だ。
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