ACT74.75 彼女と接して考える可能性とは?


「先輩とデート先輩とデート先輩とデート先輩とデート先輩とデート先輩とデート先輩とデート先輩とデート先輩とデート先輩とデート先輩とデート先輩とデート……」


 学校を出てからの、拝島先輩と肩を並べての移動中。

 紫亜は、そんな小さな呟きを延々かつぶつぶつと繰り返していた。

 デートに行こう、と先ほどに先輩にそのように提案されてから、ほとんど頭が回っておらず、ずっとこんな調子なのはいけないことだと、自覚するところではあるけども。

 それでも、胸中の緊張を抑えることは出来ない。


「紫亜ちゃん」

「は、ひゃいっ!?」


 名前を呼ばれた時なんかは、それこそ、裏返った返事をしてしまう。


「そこまで肩肘を張らなくてもいいわよ。というか、落ち着いてもらわなきゃ、私まで困っちゃうわ」

「で……ですが、そのう、先輩と何処かお出かけするからには、先輩には楽しんでもらわなきゃって……!」

「逆よ。私が誘ったんだから、私が紫亜ちゃんに楽しんで欲しいの。この夏はいっぱい手伝ってくれたんだから、そのお礼にね」

「あ……は、はい」


 そこまで聞くと、紫亜は少し落ち着くと共に、


 そっか……お礼、か……。


 ちょっとだけ、しゅんとなった。

 拝島先輩は、優しい人である。

 別に紫亜と一緒に特別に何かをしたいとかそんなのじゃなくて、言わば感謝の気持ちで何かをしてくれている、ただそれだけのこと。

 まだ、自分は、彼女の特別になれてない。

 ……でも。


「それなら……その、はい、お言葉に甘えて」

「うん。いっぱい、楽しんでねっ」


 彼女との時間をもう少し長く、過ごせるならば。

 どんな形であっても、幸せ、かな……。

 そう感じると、少し、気が楽になったと思う。


「着いたわ。まずは、ここに入るわよ」


 とまあ、アレコレ考えながら拝島先輩に付いていっているうちに、目的地に到着したらしい。

 見ると、そこは、


「……映画館?」


 そう。

 この町の最寄り駅と隣の駅の中間くらいにある、映画館であった。

 知らないうちに、結構な距離を歩いていたらしい。


「お、おお……まさに、デートの定番……!」

「今日、ここはレディースデイらしいから、行っておこうかなって」

「そうなんですか?」

「私自身、そこそこ観たいのはあるんだけど。紫亜ちゃんが何か観たいのがあるっていうなら、それを優先するわよ。どう?」

「ん……」


 実は、ある。

 しかも、この映画館の上映スケジュールを見ると、次の上映の二十分前。空席あり。

 まさに、最高のシチュエーションだが……。


「あの、先輩」

「ん? 決まった?」

「これ、なんですけど……」


 おそるおそる指さす先には――思春期の女の子同士の友情が描かれている内容で評判の、青春ドラマがあった。


「いいんじゃない? これについては、私はあまり調べてないからわからないけど、有名なんでしょ?」

「は、はい。ですが」

「? ですが?」

「これ、R15で……」

「…………ほほう」


 つまるところ。

 友情を通り越した、を匂わせる描写も、直接的でないにしろ仄かにあるということで、


「あ、その、だ、ダメなら良いんでしゅっ。やはり、先輩の観たいのにしましょうっ!」


 さすがにこれは、拝島先輩をドン引きさせるかと危惧して、紫亜は他の作品を探そうとするのだが。


「いいえ、これにしましょう」


 紫亜の思いとは裏腹に、拝島先輩、わりと乗り気であった。何故か、かけている真鍮眼鏡のレンズがキラーンと光っていたりする。

 いつも悠然、それでいて知的な印象の彼女が、今はそこそこ興奮しているようにも見えた。


「い、いいんですか?」

「もちろん。それに、紫亜ちゃん、私のアシスタントをしていながら、私の作品の内容を見てなかったのかしら?」

「……そういえば」


 そうだった。

 この人、男の子と男の子が友達以上に仲良くしている作品を好んで描いてるんだった。紫亜自身、あまり気にはしてなかったけど。

 それに思い出してみると、中にはそこそこ際どいシーンもあったような気がする。

 ということは、今回のこの性別が逆バージョンでも、拝島先輩は気にならないと言うことか……。


「というわけで、早く受付に行きましょう。すいませーん、高校生二枚で」

「え、そんな、奢ってもらうなんて悪いですよ」

「私が誘ったんだから、私に奢らせて頂戴」

「で、ですが」

「いいからっ」


 言い募ろうとするも、もはや是非もない。

 受付からチケット二枚を受け取って、まもなくして開演十分前と言うことで、拝島先輩は紫亜の手を引いてズンズンと前に進んで、劇場の席に腰を落ち着ける。


「な、なんだか、緊張します……」

「そう? 映画で緊張するというのも、珍しいわね」

「いえ、そのう……先輩とR15の映画を観るという、このシチュエーションが……」

「……言葉にしてみると、確かに微妙な気分にならないでもないけど。まあ、それはさておき、映画を楽しみましょう」

「はい……」


 上映前にそのように会話をしつつ。

 いざ、上映になって。


 ――その、二時間後。


「案外、濃厚だったわね」

「~~~~~」


 拝島先輩はちょっと意外そうな調子で呟く傍ら、一方の紫亜は……全身を真っ赤にしながら、言葉を出せないでいた。

 謳い文句の爽やか青春要素は、キービジュアルや予告編のダイジェスト部分なだけで、中身はとっても濃厚であった。良い意味で。

 確かに、局部描写がないのでR15の範疇ではあったが、それにしても、あそこまで、こう、ねっとりしたものであったのは、予想外というか、何というか。

 特に、保健室の、あのシーン。

 陸上部だった主人公の女の子が転んで足を怪我して、もう一人、相手役の女の子がその手当をしていくうちに、距離が縮まって、手指を絡め合っちゃったりして、そのまま初めての……という流れ。

 アレはもう、ムードたっぷりで、興奮を通り越して、こっちまで恥ずかしくなってしまった。役者さん、すごい。


「紫亜ちゃん、大丈夫?」

「いえ、その……平気です。拝島先輩は?」

「んー、面白かったのもあるけど、レーティングのギリギリを攻める際にも、結構参考になったってところかしらね」

「はあ……」


 そこまで気分を害しているわけでもなく、平然としている拝島先輩。こっちもすごい。

 今まで、学校の女子からのいくつもの告白を袖にしてきた彼女であるし、知り合いの女子の後輩の悩みには様々なアドバイスをしているのを見たことがあることから、やはり経験も豊富だったりするのだろうか。

 ……それはそれで、羨ましいような悔しいような。


「紫亜ちゃん、これから行きたいところある? それとも何処かで休んでく?」

「いえ、その辺は……先輩に、お任せします」

「んー、じゃあ、本屋に寄ってから、自然公園をお散歩しよっか」

「はい……」


 ともあれ、紫亜がおぼつかない足取りながらも、拝島先輩がきちんと合わせてくれつつ、彼女の言うとおりに本屋に移動。

 紫亜自身、本屋では特に欲しいものはなかったのだが、拝島先輩は少しあるとのことで、購入は十分も経たずに済んだ。

 で、その肝心の買い物内容はというと、


「せ、せんぱい、それ、さっきの映画の原作小説……!」

「うん。あれだけ濃厚だと、小説の方はどうなのかって、気になったからね」


 どうやら、気に入ったらしい。

 一緒にあの映画を観ようといって、よかったのやらどうなのやら。

 いろいろ翻弄される思いながら、紫亜、拝島先輩に連れられて、町の自然公園に入る。

 ひとまず、緑を観ながら歩きつつ、少ししたらベンチでリラックスさせてもらおう……と、心に決めていたのだが、


「んー、今日は、やけにカップルが多いわね」

「…………………………」


 公園に入って数分も経たないうちに、二人は気付いた。

 ウォーキングコース、ジョギングコース、ちょっとした名物の並木道、どこを歩いても、やたらとくっつきながら歩くカップルが多い。

 手繋ぎで歩いている者、肩を組んでイチャコラしている者と、様々である。キスに及んでいる者、もしくはそれ以上になっているのは居ないが……やはり、全体的に雰囲気が甘ったるくて、リラックスどころではない。


「どうする? 散歩はやめとく?」

「そうですね……いたっ……」


 と、回れ右しようとしたところで、紫亜の右足に違和感。


「紫亜ちゃん?」

「ご、ごめんなさい、平気ですので」

「平気そうに見えないわよ。ベンチあるから、座りましょう」

「うう……」


 違和感は、徐々にささやかな痛みに切り替わっていく。

 あまり心配させたくないが、確かに、彼女の言うとおりにしたほうがよさそうだ。


「右足みたいね。見せて」

「でも」

「いいから」


 ベンチに座ってからは、有無を言わさず、拝島先輩は紫亜の革靴と靴下を脱がしていく。

 紫亜の、ささやかな痛みを発する部分――右の素足の横あたりが、少し赤くなっていた。


「軽い靴擦れね。……この革靴、歩きにくくなかった?」

「え、えっと、入学当初から、ちょっとだけ合わないかもって。でも、買い直すのも、少し勿体ないと思って」

「駄目よ。そういうのは、ちょっとだけでも致命傷になることもあるの。長年付き合っていくんだから、そういうのはちゃんと選ばないと」

「は、はい……」

「んーと、鞄に確か、絆創膏が……」


 テキパキと処置を施していく拝島先輩。

 足の赤くなった部分に、絆創膏を貼るだけでなく、


「足がむくんでるかも知れないから、マッサージもしておくわね」

「えっ……あ、んんっ……」

「どう?」

「なんだか、イタ気持ちいいといいますか……!」

「靴が合わないと、足の筋肉だけでなく体幹にも関わってくるから。近いうちに、お母さんに頼んで買い換えてもらいなさい。わかった?」

「は、はいぃぃ……あたっ……」


 とまあ、アフターケアからアドバイスまで、いろいろお世話になってしまった。

 本当に申し訳ない、という気持ちもあったけど、それ以上に、拝島先輩いろんなこと知ってるなー、などと、紫亜は少し惚れ直してしまった気分。

 このマッサージに関しても、なんだかもう、何もかもを彼女に身を委ねたくなってしまうような……。


「……ごめんね」

「え?」


 と、ポーッとしていたところで、紫亜は彼女のその言葉を聞く。

 見ると、いつも悠然としている拝島先輩が、殊勝気味になっている。大きかった存在感、とても儚さを感じるまでに、ちょっと悲しげな顔。


「紫亜ちゃんがこんなになるまで、無神経に、連れ回しちゃって」

「い、いえっ……そ、そのう、ちょっと合わなかった靴で歩いてた、私が悪いんでしゅしっ。それに、拝島先輩は、私のことを楽しませようとしてくれたのですから」

「いいえ、それは建前よ」

「えっ」

「私が、いろいろと見ていて飽きない紫亜ちゃんと、もう少し一緒に居たかった。ただそれだけのワガママで、紫亜ちゃんのことを疲れさせちゃうなんて」

「――――」


 ――もう少し一緒に居たかった。

 その言葉を、聞いて。



「――嬉しい」



 紫亜、胸の中で、何かが灯るのを感じた。


「え……紫亜ちゃん?」

「先輩が、私のことを手当してくれるのも、気遣ってくれるのも、そして一緒に居たいって言ってくれたことも、全部、嬉しい、です」

「あ。そ、それは、その……言葉のアヤというか、でも、嘘じゃないというか……」


 拝島先輩、慌てた様子で頬を染めるも。

 紫亜は、止まっていた彼女の手を取って、ゆっくりと指を絡ませる。


「……!」

「やっぱり、先輩は、優しいんですね」


 ほっそりとしていて、ちょっと体温が低めだけど。

 握った手指は柔らかくて、心地良くて、その繋がった部分からも鼓動が聞こえてくるようで。


「紫亜、ちゃん」

「そんな先輩だから、私……」

 

 手を握られている拝島先輩、固まって動けない。

 顔を赤くして、真鍮眼鏡の奥の瞳を見開きながらも、こちらから目を逸らさない。

 わずかに震えているところが、ちょっと可愛い。

 だから、紫亜は、自然と彼女の手を引いて、その綺麗で、震えていて、ちょっと可愛いその顔を近くに感じながら。


「あなたの、ことが――」


 ――思い出されるは、先ほどにみた映画の、保健室のあのシーン。

 主人公の女の子が、相手の女の子の手を握って、初めてのアレコレの、取っかかり。

 その、一言と共に、彼女の唇を――



「だいしゅ……でゃいすk……で、す」



 一言のところで、盛大に台詞を噛んだ。


「だい、すき、です」

「……………………紫亜ちゃん」


 言い直しても、もう遅い。

 拝島先輩、真っ赤だった顔の血色が、徐々に平静に戻っていく。彼女の微かな震えも、今やない。

 それどころか、握っていた手も、あちらから離されて、


「ホント……あなた、天才ね?」

「……あううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 爽やかな笑顔でそう言われたのに、今度は、紫亜が真っ赤になって羞恥に震える番だった。

 もちろん。

 この後、拝島先輩が人目もはばからず盛大に爆笑して、紫亜はさらに恥ずかしさの追い打ちをかけられたのは言うまでもない。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


「アレはもう、高校最後の夏休みの締めには、もってこいの爆笑劇ね」

「い、言わないでください……!」


 ともあれ、紫亜ちゃんの足の処置も完了して、今もベンチで並んで座ってるわけだけど。

 いやー、笑った笑った。

 ここまでツボにハマるの、新記録更新なのでは? それっくらい、最高のタイミングだったわね。


「あー、もう、紫亜ちゃんを楽しませるつもりが、私が思う存分楽しんじゃったわ。なんか、ごめんね?」

「もう、知りません……!」

「紫亜ちゃんには、いくら感謝しても足りないくらいに、感謝してるから」

「……それは、どうも」


 ちょっと怒りながらも、しっかり感謝については受け入れてくれるところが、やはり可愛い。

 本当に、いつ見ても飽きない子だ。


「…………」


 それにしても。

 あの映画のシーンを、紫亜ちゃんがそのまま再現してくるのは驚きだった。

 公園内が甘ったるい雰囲気だったのも手伝っていたけど、あの囁き具合といい、手の握り方といい、どれも胸の高鳴りを抑えきれなかった。


 ――もし、彼女が、あのまま台詞を噛まずにいられたなら。


「……さすがに、ねぇ」

「え……な、なんですか、拝島先輩?」

「なんでもないわ」

「ま、まさか、まだ、私の噛み芸に、尾を引いていりゅ……いるところが、ある、とか?」

「紫亜ちゃん、そう言うところよ」


 うん。

 それ以上、考えるのはやめとこう。

 こういうのは、もっと私の気持ちをはっきりさせてからってところかしら。


 一応、私にとっては……その、であるし、ね。


 ……過去に好恵このえ平坂ひらさかくん、今で言えば朱実ちゃんや真白ちゃんの仲をいろいろ後押ししてきた手前。

 私自身にキスとかそういう経験がないって知られたら、紫亜ちゃん、どういう反応するかな、などと思ったのは、ここだけの秘密である。


 そして。

 もし、その時を迎えたらどうなるかは……私自身も、想像できないなぁ、とも。

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