ACT74 何もすることがない時の過ごし方って?
「夏休みが、終わってしまう……」
夏休み最後の日。
まだまだ暑い日は続くが、それでも気温の上昇については緩やか傾向にも感じてきた、いい天気の日の昼下がり。
今日も今日とて真白は、友達であり恋人である朱実と会って、昼下がりの商店街を散歩していたのだが……その朱実は、今日はどうにも覇気がないように思えた。
「そうね、終わっちゃうわね。あたし的には、結構堪能し尽くしたような気がするけど、朱実はまだ足りないの?」
「いや、わたしもこの夏は充実してたんだけど、こうやって終わりの日になると、もっと何か出来たんじゃないかなって、思っちゃうんだよ……」
「何か……っていったって、それなりに遊んだから、月末でお小遣いも少ないから買い物とか出来ないし、かといって映画とかプールとか、そういうお金を使う遊びなんかも出来ないわよ?」
「うっ。で、でも、何もしないと言うのも……」
もやもやとした顔で、朱実はボヤく。何かをしたいけど、何も出来ないジレンマ、といったところか。
真白、この夏休みを思い返してみると、確かに、朱実と会う度に何かをしていたような気がする。
宿題だったり、デートだったり、お喋りだったり、そして……まあ、会う度に一度は抱き合ったり、キスもしたりで。
そのためか、今日のように何も予定がないけど二人で会ってる、というのは結構珍しいといってもいい。
でも、
「宿題とかも、わりと前に済んじゃったわよ」
「ただ勉強するって言うのも、なんだかイマイチだしね……」
「ちなみに、今日はお母さん仕事からの帰りが早いから、あたし、家事当番ってわけじゃないのよね」
「わたしも、特に家でやる用事がないから……うー」
ふーむ、と二人して考えるも、何も思いつかない。
こうしている間にも時間は刻一刻とすぎていく……と急かされるほどでないくらいには、時間はたっぷりとある。
だが、思いつかない。
となると、もう帰っちゃう? と言うのも、せっかく朱実に会ってるのにもったいないなとも……――
「ねえ、朱実」
と、一つ、思い立ったことがあって。
真白は、自然と彼女の名を呼んでいた。
「? どうしたの、シロちゃん。何かやること、見つかった?」
「うん。――あたしの家、行きましょ」
「……え」
「今、お母さんまだ帰ってこないから、あたしの家で、あたし達で夏休み最後にすること、しよ?」
「……………………えっ!」
その提案を受けて、何故か、朱実は顔を真っ赤にして硬直するも。
真白はそれに構うことなく、彼女の手を取って、ズンズンズンと前へ行く。
「ちょ、し、し、し、シロちゃん!?」
「善は急げ……と言うわけでもないけど、結構、素敵なことではあると思うから、ね」
「で、でも、わ、わたし、心の準備が……!」
「特に準備は要らないわ」
「え、ええっ!?」
「あ、でも、敷物を敷いた方がいいかもね」
「――――っ!?」
「と、いうわけで、早く行くわよ。これは長ければ長いほどいいと思うから」
「え、あ、ちょ、し、シロちゃん、ま、ま、まって……!?」
妙に狼狽えまくっている朱実が、少し真白には解らないのだが……まあ、家につけば落ち着くだろう。
それくらい、真白が思いついたのは、イイことだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「………………ええと」
シロちゃんの家にいって、この夏最後に出来ることをしよう、と言われたとき、わたしの心臓は、これまでの人生の中では五指に入るほどの早鐘を打っていて。
なおかつ、お家にあがらせてもらってから、シロちゃんがリビングで茣蓙とタオルケットを敷き始めるのを見たとき、『部屋ではなく、リビングでっ!?』などと仰天したものだけど。
「……なんで、寝転がるだけ? 何かをするんじゃ?」
「何もしない、をするのよ」
ぽんぽんと敷物で寝転がるように促されて、超ドギマギしながら寝転がって、シロちゃんもそのすぐ傍らで同じく横になって……それ以上は、特に何も起こらなかったので。
今や、わたしはドギマギよりも、『?』と疑問符を浮かべる感情の方が強くなっていた。
「何もしないって……」
「朱実、目を閉じて」
「え……!」
「ちなみに、何もしないから、本当に目を閉じるだけよ」
「……アッハイ」
一瞬、そっちの想像をドキッとしてしまったが、本当に目を閉じるだけのようなので、わたしはまたも疑問ながら目を閉じる。
シロちゃんの一言一言に、わたしってば、いちいち感情の触れ幅が大きいな……などと思いつつも、ここまで来たら、ちょっと身体をリラックスさせよっかな。
そこまで疲れてないから、眠くなるってことはないんだろうけど。
「…………ん」
目を閉じてるから、視界はない。
この時期はセミもいないので、とても静かで、時折、とても遠くから子供達の遊ぶ声が聞こえてくるけど。
その他は、本当に、何もない。
でも。
不思議と、寂しくない。
だって。
近くに、シロちゃんを感じるから。
「なんだろ……とっても、落ち着く」
「でしょ?」
呟くと、返ってくるシロちゃんの小さな声。
「小学生の頃かな。宿題が終わった夏休み最後の日、こうやって寝転んで、お母さんの帰りを待ってたことがあったの」
「……寂しくなかった?」
「ちょっぴりね。でも、なんだか、家の空気と、ちょっとだけお母さんの匂いを感じることが出来て……なんだか、とってもリラックスできた気がするよね」
「匂い」
「今は、家の空気に加えて朱実の匂いも近くにあるから、とっても落ち着くわね」
「…………」
そっか。
視界がなくても、とても静かでも。
身体をくっつけていなくても、キスしていなくても。
こうやってこの空間、この空気に、シロちゃんの匂いが微かにあるから、存在を感じ取ることができるし。
ただ、そこに彼女が居るだけで、安心できる。
ああ。
大切な人を近くに感じられるなら、何もしないことにも、意味はあるんだなって。
なるほど、シロちゃんの言ってたとおり、これはとても素敵なことだった。
「シロちゃん」
「ん?」
「今日は、こうやって、ゴロゴロしてよっか」
「そうねー」
眠るでもなく、何をするでもなく。
ただ、ひたすら寝転んで、ゆっくりする。
毎回はダメだけど、偶にだったらとてもイイ、まさに極上のひととき。
……こういう空気って、もしかして。
ふと、思ったことがあるけど、口には出さないでおこうかな。
「ねえ、朱実」
「ん? なに、シロちゃん」
「こうやって二人で何もしないでゆっくりするのって……三年目くらいの夫婦がよくやることだって、聞いたことがあるんだけど」
「――――!」
言っちゃった――っ!?
さ、流石はシロちゃん、わたしの出来ないことを軽々やってのける……!
「……自分で言ってて、ちょっと恥ずかしかったわ」
軽々じゃなかった!?
この前の予行演習と同じく、そういう想像は、まだ早かった……!
「シロちゃん、あまり深く考えないようにしよう。リラックス、リラックス……!」
「う、うん……!」
とまあ、口で言うのは裏腹に、リラックスという空気には程遠かったかもしれないけど、
――こういうドキドキも、それはそれで、と思えちゃうくらい。
シロちゃんと何もしない時間というのも、とても大切に感じた、夏休み最後の日だったよ。
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