ACT53 頼られたなら、応えたいよね?
「お、来たなっ」
「来てくれてありがとう、真白ちゃん」
時刻は、まだまだ日が高い午後四時。
中学時代からの先輩である
その試合を行っている片方のチームのベンチから、藍沙と、もう一人――もとより小柄な藍沙よりも一回り小さな背丈の、おかっぱ髪の眼鏡の少女が真白のことを出迎えた。
二人とも、ポロシャツとハーフパンツといった、学校の体操服姿だ。
「真白ちゃん、紹介するわ。こちら、私の入ってる部活の部長の
「ククク、お初にお目にかかる。姫神ナナキじゃ。よろしくのう」
「あ、はい、よろしくお願い……します。乃木、真白です」
藍沙の紹介を受けて、真白よりも二十センチは低いであろう背丈ながらも、シニカルな笑みで下から見上げてくる姫神部長。
その眼鏡の奥の琥珀色の瞳からは、言いしれぬ迫力を感じて、真白は少しピリっとしたものを感じる。
ただ者ではない、というワードがしっくりくるような、そんな少女だった。
「えっと……それで、どうしてあたしは呼ばれたんですか?」
「それは――」
「
ともあれ、真白はこの呼ばれた理由を把握したかったのだが、藍沙よりも先に、姫神部長が説明をかって出てくれた。……我、という一人称が気になったけど、スルーしておこう。
「見ての通り、現在、我が部は地域交流の草野球の試合中でのう。ただ、部員が総勢八名で、助っ人を一人呼んでどうにか九名にまでこぎ着けたんじゃが……試合中に、メンバーの一人が、ハッスルしすぎて怪我をしてしまってな」
「怪我?」
「ん、あそこ」
藍沙が示す先、試合のベンチ近くのブルーシートでは、
「……
「だ、大丈夫ッスよ、
「……ダメ、陽太くん。こんなに腫れてるんだから、冷やさないと。じっとしてて」
「う……はい」
「……藍沙ちゃんが助っ人を呼んだから、あとはその子を応援しよ?」
「す、すんません。肝心なときに、こんなことになっちゃうなんて。オレ、すげーカッコ悪いッスね……」
「……ううん、陽太くんの頑張りが、チームを救ったの。陽太くん、とっても格好良かった」
「せ、先輩……」
「……陽太くん」
靴を脱いで足に湿布と包帯をしている、女の子みたいな顔立ちの少年と、その介抱をしている眠たげな半眼のおさげ髪の少女が、甘美な雰囲気を漂わせていた。試合中であるにも拘わらず。
……あれは確か、所々で見かけるカップルさん(ACT6&ACT25参照)だ。相変わらずの初々しさである。
まさか、藍沙と同じ部だったとは。
「なんだか、フツーにイチャついているように見えるんですけど」
「あの二人、天然なの。許してあげて」
「はあ……」
「ともあれじゃ、真白嬢。お主、野球の心得はあるか?」
「ん……まあ、体育でソフトボールとかやりますから、ちょっとくらいは。この流れでいうと、あたしがあの人の代わりの、臨時の助っ人をするってことですか?」
「ククク、話が早くて助かるのう」
「こういう時、頼れるのが真白ちゃんしかいないと思って。……受けてくれる?」
「――――」
頼れるのが真白ちゃんしかいない。
憧れの先輩である藍沙からそう言われたとなっては、真白、胸の中に高揚感を感じずに居られない。
何より、彼女には、ずっとお世話になってきたのだ。
その恩を、少しでも返せるならば――
「わかりました、やりましょう! あっちゃん先輩のために!」
一も二もなく、引き受けた。
「……アイサ、あの娘、見た目に反してチョロいのではないか? 躊躇なくコロッといったぞ」
「真白ちゃんがいい子なだけよ」
「あと、あの主人に褒められたら尾を振りながらやる気を出すわんこスタイル、お主に通ずるものがあるのう」
「人のこと言えないでしょ、部長」
と、なんだか小さな声で藍沙と姫神部長と会話をしているが、別に気にすることはないだろう。
朱実に会えない日が続くことで下がっていたテンションだが、藍沙が補ってくれたためか、実にいい気持ちだ。ありがたい。
「えっと、乃木です。よろしくお願いします」
「うん、乃木さんよろしく。頼りにしてるよ」
「おおぅ、藍沙ちゃんにも、こんな可愛い後輩が」
「おー。代わりといっても、単なる親睦会みたいなものだから、気楽になー」
「ふむ、私のカワイコちゃんハーレムに、新たなメンバーが」
「
「オレの代役、すまねェな。オレが何も出来ない分、ちゃんと声出すからよ」
「……頑張って」
ひとまず、真白は部員の人達に挨拶すると、皆さん快く迎えてくれた。
……ひとり、やたら背の大きな女子の先輩が、怪しい雰囲気を醸し出しているのは気になったが、それを除けば、皆気の良い人達だ。
あっちゃん先輩、良い仲間に恵まれてるんだなぁ……流石だなぁ……。
憧れの先輩の人徳に改めて敬意を払いつつ、真白が入ったことで、中断していた草野球の試合が再開される。
といいつつも、イニングは残り一回。こちらの裏の攻撃を残すのみであるらしい。
スコアは8-10。二点差で、こちらが負けている。
「よし……皆の衆、サヨナラ勝ちで締めようぞ!」
『おーっ』
「お、おー」
姫神部長の激で、全員が揃って答えるのに、真白も遅れて声を出す。
すごい一体感だった。
「おー……っし!」
この回の先頭打者。
ツンツン頭で、長身だけど針金みたいに細くて目も細い男子の先輩、レフト前ヒット。
無死一塁。
「続くよっ」
次打者。
ふわふわ髪で、長身巨乳の眼鏡女子の先輩、ライト前ヒット。
一塁走者の先輩が、三塁まで行って、無死一、三塁。
「……ん」
次、例のカップルさんの女子、おさげ髪の先輩、ボーッとしているように見えて選球眼が良く、七球ファールで粘った末に、四球を選ぶ。
これで無死満塁。
「す、すごい、あっという間にチャンスを作っちゃった」
「前に言ったでしょ、本当にすごい子達だって」
真白が驚いてるのに、ベンチで隣に座る藍沙がにこやかに言ってくる。
そういえば、この前ちょっと会話したとき(ACT14参照)にも、そんなことを言っていたような気がする。
となると……もはや、真白の出番は、ないのではないだろうか?
「ククク、一気に決めてくれよう」
次の打者は、姫神部長。
小さな手に、小柄な背丈と同じくらいの長さのバットをレフト方向に掲げて、予告ホームラン。
あの、ただ者ではない雰囲気から、これはもう決まってしまう……かと思いきや。
「ストライク、バッターアウト!」
あっさり三球三振してしまった。
「こらナナキ、真面目にやれっ!」
「じゃが、やることはやったぞっ」
「なにもやってねーよ!?」
ベンチから、小柄で外ハネ髪の少女がどやしつけるも、姫神部長、何故かエラそうである。
全然、球に反応出来ていなかったあたり、姫神部長は運動音痴なのだろう。訊くまでもなく、真白にはわかった。
……運動音痴といえば、
「ストライク、バッターアウト!」
「あぅっ……」
次打者である藍沙も、同様であった。
優しくて可愛くて料理上手で家庭的、しかも成績優秀といった長所だらけの藍沙でも、運動神経は備わってくれなかったらしい。
それでも、真白にとって、藍沙が憧れであることに変わりはないのだが。
「ご、ごめんなさい、チャンスだったのに」
「ドンマイです、あっちゃん先輩っ。あたし、運動が出来なくても一生懸命なあっちゃん先輩をいつも尊敬してますから」
「あまり持ち上げすぎられるのも、赤面ものだけど……とにかく、次は真白ちゃんの番よ」
「あ……は、はい」
打順が巡りに巡って、助っ人の真白の番である。
二死満塁、安打を打てば一点差もしくは同点、打てなければ試合終了。
緊張するシチュエーションだ。
長打やホームランが出れば逆転サヨナラ勝ちだが、流石にそこまでは行かないと思う。
「乃木ちゃん、リラックスリラックスー」
「思いっきり振っていけっ!」
応援を受けながら、あまり頭に入ってこないまま、真白は打席に入り、バットを構えるも、
「ストライク!」
相手投手が、かなり本格的な球を投げるためか、まったくバットが当たらない。
真白自身、運動神経はそこそこいいと思うので、ボールはかろうじて見えているのだが……素人の技術しか持たないとなると、この投球に対しては、当てることすらままならない。
「ストライク・ツー!」
あっという間に追い込まれた。まずい。
なんとか、藍沙の期待に応えたいものだが……気持ちに、身体が追いつかない。
焦燥感も手伝って、このままだと、いい結果を出せるとは思えない。
「朱実……」
ふと、今、遠くにいるであろう朱実のことを考える。
バスケで桐子に勝った時(ACT12参照)のように、彼女の応援と協力があれば、あたしは――
「タイム! 真白ちゃん、ちょっとこっち来て」
と、藍沙が審判に断りを入れて、こちらに向かって手招きをする。
何故か、手招きをするもう片方の手には、スマホが握られている。
「どうしたんですか、あっちゃん先輩」
「どうにか受信が間に合ったわ。真白ちゃん、これを」
そのスマホの画面を、藍沙がこちらに見せてくる。
その画面には――
『シロちゃん、藍沙先輩に野球の助っ人を頼まれたんだって? 急かも知れないけど、頑張ってね! いい連絡を待ってる!』
車の中で座っているらしい、朱実の十数秒の自撮り動画が、収まっていたのに。
真白は、クワッと目を見張った。
「あっちゃん先輩、これは……!」
「朱実ちゃんに連絡して、応援動画を頼んだの。……これで、どうにかやれそう?」
「もちろん……!」
本当に、この人は察しがいい。
今の自分のテンションの上げ方を、どこまでも心得ている。タイミングもばっちりだ。
「プレイ」
試合再開。
ノーボールツーストライク。
あと一球で、試合終了の大ピンチ。
――それがどうした?
録画であるとは言え。
彼女の応援を受けた、今の自分に、怖いものなど何もない。
心身に活が入ると同時に、真白は、あの時と同じく、何かの扉を開く感覚を得る。
「――――」
相手投手の投球モーションが、やけにスローに視える。
もちろん、投じられる球も。
だからこそ。
「あたしの、勝ちよ」
呟くと同時に、フルスイング。
スイングした時には、既に――弾き返され、高く舞ったた白球が、センター方向の彼方、河川敷の川に水柱をたてながら着弾するビジョンが、真白には視えて。
「ホームラン!」
三秒後には、その通りのことが起こっていた。
「おおおおおおっ!」
「す、すごい……!」
「やったぜ乃木ちゃんっ!」
歓声が上がる。
既に何かの扉を開いたときの感覚は閉じられているが、それでも、真白は十分な手応えと高揚感で拳を握りながら、ダイヤモンドを一周し。
ホームインすると同時に、
「真白ちゃんっ!」
藍沙が、真白に抱きついてきた。
「わ、あ、あっちゃん先輩!?」
「真白ちゃん。やっぱりあなたはすごい子よ! 私の目に、狂いはなかった!」
「せ、先輩にそう言っていただけると、嬉しいです」
「本当に強くなったわね。惚れ惚れしちゃうわっ!」
「え……っ!?」
憧れだった先輩にそう言われ、真白、胸の高鳴りを隠せない。自然と顔に熱を持ってしまい、呼吸が浅くなる。
そんな自分の動揺を見てか、藍沙は、ちょっと慌てた様子で、
「ああ、ごめんごめん。朱実ちゃんとの仲を裂こうだなんて思ってないから。ついつい興奮しちゃって」
「そ、そうなんですか?」
「でも、真白ちゃんがここまで成長していて、とっても嬉しいのは本当よ。……ちょっと、妬けちゃうけどね」
「あ……はい」
そう言われると、少し肩透かしな気分ではあるが、未だに真白の胸の中は熱い。
……こ、これって、もしかして、浮気ってことになるのかしら?
そんな風に、モヤモヤと熱さが混ざった胸中ではあるが、間もなくして、真白は部員の皆からもみくちゃにされて、何も考えられなくなる。
そんな、歓喜の輪から外れて、
「……ふむ。逸材、じゃのう」
姫神部長が、眼鏡の奥の琥珀色の瞳を煌めかせているのに、誰も気づいていない。
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