ACT36 見たままを伝えてもいいでしょ?


「お邪魔します」


 仁科家は、真白のマンションより徒歩十五分くらいの距離の、町外れの小山近くにある閑静な住宅街にあった。

 この町では、わりと上流な家庭が集まる地区である。

 ということは、『朱実はいい家のお嬢様?』と思ったりもしたのだが、建物の規模でいえば豪邸というわけでもなく、常識的な範囲の大きさであった。

 ただ、建物の内部は所々で高級感が漂っていたり、何より、


「真白さん。お話はかねがね、朱実よりお聞きしております」


 朱実の母、仁科にしな朱莉あかりさんの言葉遣いや立ち居振る舞いから、特有の気品が感じられたりした。

 朱実と同じくらいの小さな背丈。焦げ茶色のセミロングくせっ毛。可愛いともいえる色白な顔立ち。色素の薄い色の、柔和に細められた瞳。一切合切。

 自分の母の若々しさとは違って、幼さすらも感じられるので、小母さんとはとても呼べない。


「は、はい。朱実さんには、いつもお世話になってます」

「ふふ、こちらこそ。お聞きしていたより、とてもお綺麗な方ですのね。わたくし、びっくりしました」

「綺麗……って、そ、それはその、朱実さんにいろいろ教わりまして」

「まあ。そう言っていただけると、わたくしも鼻が高い気持ちですわ」


 手を合わせて、花開くように微笑む朱莉さん。

 可愛い。しかも、眩しい。

 気品と特有のゆるふわオーラに当てられて、真白、ちょっとくらっときた。

 ……早く、朱実のところに案内してもらおう。


「ええと、朱実さんは、今どうされているのでしょうか」

「ええ、先ほど様子を見たのですが、今は少し眠っているようですの」

「そうなんですか?」


 直接会って、話をしたかったのだが。

 眠っているとなると、それも叶わないようだ。真白、残念な気持ちである。


「お預かりものがあるなら、わたくしが承りますわ」

「……いえ、あの、眠っててもいいですので、少しだけでも会わせていただけませんか?」


 でも。

 それでも。

 やはり、一目だけでも、真白は朱実の顔を見ていきたい。

 そんな気持ちでそのように告げると、朱莉さんは『あらまあ』と細い目をちょっと見開いたようだったが、


「そう仰るのであれば、ご案内いたします。こちらへどうぞ」

「あ……ありがとうございます」


 またも、パッと花開くように微笑んで、朱莉さんは手招きしてくれた。

 仕草がいちいち可愛らしい。何歳なんだ、この人。


「真白さんにとって、朱実は大切なんですね」


 と、二階への案内の傍ら、朱莉さんがゆるゆると言ってきた。


「はい、とっても大切な友達です」

「ふふ、そうですか。この春に引っ越してきたばかりで、ここまで仲の深いお友達が出来て、朱実もさぞ幸せなことでしょう」

「あたしも幸せですよ。朱実さんと知り合うことが出来て」

「そこまではっきりと言われちゃいますと、ちょっと妬けちゃいますね。わたくしにとっても、朱実は可愛い可愛い娘ですから」

「……朱莉さんも、きちんと朱実さんを愛してるんですね」

「はいっ」


 弾むように返事する朱莉さんに、真白、なんだかホッとする心地である。

 自分の家庭と同じく、朱実の家庭も親子仲はいいようだ。


「朱莉さんは、いいお母さんですね」

「ふふ、ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいですっ」

「それになんだか、可愛いですし」

「…………え?」


 ふと、思ったことが真白の口から出ると、朱莉さんはぴたりと固まったようだった。


「わたくしが、可愛い、ですの?」

「はい。見た目もなんですけど、佇まいとか、声とか、いろいろと。いつも元気一杯な朱実とはまた違って、ゆるふわした癒し系の愛らしさといったところですかね」

「えっと……あ、あのう……」

「あたしにこういう雰囲気は無理ですけど、この可愛さはもう、朱莉さんだからこそ、なのかもしれませんねっ」

「……!!!」


 続けて、第一印象から今まで、彼女に感じたままのことを、真白が素直に伝えてみると、


「あら、やだ、どうしましょう……旦那様にも、ここまで言われたことは……!」


 朱莉さんは両手に顔を当てて、みるみる顔を赤くしていった。

 一瞬、呼吸が詰まったようだったが、大きく呼吸してどうにか整えているようだ。

 こういうところは、朱実と似ていた。照れ屋さんなのは、遺伝なのだろうか?


「え、ええと……真白さん」

「はい?」

「そういうところ、程々にしなきゃ、駄目ですよ?」

「え? 一体、何を言ってるんですか?」

「そうやって躊躇なく人を落としにかかるのは、ただ一人に絞ること。いいですね?」

「なんだか、言ってることの意味がよくわからないんですけど……つまり、肉親以外で一番に大切にする人は、しっかり決めておけ、ということですか?」

「そういうことです」

「じゃあ、あたしにとっては、やっぱり朱実さんが一番に大切ですから。あたし、朱実さんをしっかり大切にしますね」

「……そこまで即決なのも、いろいろ惜しい気持ちでありますが、それでいいです……っ!」


 ほんの少し複雑そうにしながらも、朱莉さんは最後に力強く頷いてくれた。

 正直、その注意の意図がよくわからなかったのだが、ありのままに気持ちを伝えたら納得してくれたので、それでいいのだろう。

 人間、素直が一番である。

 真白は、改めてそう思った。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ん……なんだか、部屋の外で話し声がするような……?


『つまり、肉親以外で一番に大切にする人は、しっかり決めておけ、ということですか?』

『そういうことです』


 この声……シロちゃんと、お母さん?

 あれ、いつの間に……って、わたし、少し寝ちゃってたのか。

 時計を見たら、今は五時くらいだから、シロちゃん、もしかしてお見舞いにきてくれたのかな?



『じゃあ、あたしにとっては、やっぱり朱実さんが一番に大切ですから。あたし、朱実さんをしっかり大切にしますね』

「――――!!!!?」



 ちょ、ちょっと待って!?

 シロちゃん、お母さんと何話してるの!?

 も、も、も、もしや、こ、これは、娘さんを、わたしにください的な、そういうシチュエーション!?

 いや、その、下がった熱が、また、上がってきたような……!?


『では、何かあったら、わたくしを呼んでくださいましね』

『はい』


 コンコン


 って、心の整理が追いつかないまま、入り口からノック音が。

 ど、ど、ど、どうする、わたし……!

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