ACT28 こんなにも幸せなことってある?



「結局、二人で何話してたの?」


 夕食の席で、対面の母と隣席の朱実に対して、真白は問いかける。

 我が家の台所とリビングは一つ区切られており、台所で真白が夕食の準備をしている間、リビングでの二人の会話は大いに盛り上がっていたようだが……生憎、真白には、その詳細が聞こえなかった。

 母の仕事のことを聴いて、朱実が驚いていた、というのはなんとなく解ったのだが、


「んー、アタシと朱実ちゃん、二人だけのヒ・ミ・ツ」

「うん、ヒミツにしないとね、これ……」


 母はにこやかに、朱実は少々顔を赤くしながら、人差し指を立てた同じポーズをこちらに見せてきた。すっかり仲良しになったようだ。妬けるくらいに。


「……なによ。あたしだけ除け者なの」

「真白ちゃん、ヒミツが多い女ほど、魅力が増すというものよ。覚えておきなさい」

「あたしは、そこまで魅力的にならなくても」

「ダメだよ、シロちゃん。自分を卑下しないって、この前約束したでしょ。シロちゃんは魅力的! ゼッタイ! わかった?」

「……むう」


 母にははぐらかされ、朱実には諫められたりで、真白、ぐうの音も出ない。

 ……まあ、そんなところも、慣れっこなのだけども。


「それはそれとして、朱実ちゃん。真白ちゃんの料理はどんな感じ?」

「あ、はい、とっても美味しいです。学校の調理実習とか、おべんとの摘み食いとかでも美味しかったけど、本格的な手料理はさらに良いなって」

「でっしょー! もう、昔からこの子、すごくてっ!」

「……なんでお母さんが自慢げなのよ。あと、料理教えてくれたお母さんの方がすごいでしょ」

「いやいや、真白ちゃんの腕なら、もうドコにお嫁に出してもいいくらいっ」

「……!」


 えっへん、と胸を張る母と、何故かビクリと肩を震わせている朱実。

 どちらもどちらで、そのリアクションにピンと来ず、真白は首を傾げるのみである。


「そこまで手放しに褒められると、なんだか照れるより前に、本当かなって思っちゃうわ」

「でも、真白ちゃん。こうやってお母さんと、朱実ちゃんとご飯食べるの、とっても美味しいと思うでしょ?」

「……そりゃ」


 言われるまでもない。

 今日はたまたま母の仕事が早く終わっただけで、普段は、一人での夕食の方が多い真白にとって、大切な母と、一番の友達である朱実を交えたこの夕食の席は、極上と言っても過言ではない。

 それを感じた上で、褒められている、と改めて考えると。


「そうね。ありがと、二人とも」


 素直に、お礼を述べることが出来た。

 すると、どうだろう。

 対面の母も、隣の朱実も、仏のような笑みを浮かべていた。


「な、なによ」

「いや……その、シロちゃん、可愛いなって」

「なっ……!」

「朱実ちゃんの言うとおりよ。真白ちゃん、今日はかわいさ大爆発ねっ」

「お母さんまで……そ、その、やめてよ、もう……!」

「シロちゃんかわいいっ」

「乃木真白ちゃん可愛いっ!」

「やめてったら!?」


 恥ずかしさのあまり、食事中だというのに、真白は顔を押さえて俯いてしまった。

 顔の熱が全然取れてくれない。

 でも。

 褒められるのは、嬉しいし。

 今のこの時間が、とても――


「……ふふ」


 それを感じた途端に、ついつい、真白から笑いが漏れた。


「シロちゃん?」

「真白ちゃん」


 と、この漏れた笑いに、二人は賞賛の勢いを止めて、少々首を傾げるも。

 真白は顔を上げて、二人に向かって。


「なんだか、とっても幸せだなって」

『――――』



「この幸せのためなら、これから先、二人にいっぱい料理作ってあげたいわね」



『!!!!!』


 素直に気持ちを伝えると。

 ――朱実はいつも通りなのだが、母ですらも、顔を赤くしていた。


「……ありがと、シロちゃん」

「ふ、ふふ、さすが我が娘ね……」


 少しして、かろうじてと言った状態で返してくれたあたり、良い風に受け取ってくれたようだ。

 大切な人達に、今の気持ちが伝わってくれてよかった。

 真白、大いに満足である。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 ほどなくして夕食が終わって、シロちゃんが台所に後片づけに行っちゃったんだけど。

 美白さんとわたし、リビングにて。


「……ねえ、朱実ちゃん」

「なんですか、美白さん」

「うちの子、いつのまに、あれだけのテクニックを? アタシでさえ、アレにはちょっとトゥンクって来ちゃったんだけど……」

「いや、まあ、そのう……」


 何とも、答えようがないよ……。

 母ですら落としていきそうなシロちゃんのこの口説き力、止まることを知らないのかも?


「朱実ちゃん」

「はい?」

「頑張ってねっ、いろいろっ」

「…………はい」


 本当に、いろいろな意味で美白さんに激励をいただけました。

 そんな、シロちゃん宅の初訪問だったんだけど。

 ……今日という日を、わたしは、一生忘れられないかも知れない。

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