ACT27 二人で何を話しているのかしら?
「初めまして仁科朱実さん。真白ちゃんの母、
母――乃木美白は、帰ってきて真っ先に、リビングにいる朱実にそのように挨拶したのだった。
身長は真白と同じくらい高めで、中年太りは無くほっそり体型。
齢四十一なのだが、若々しさがあり綺麗な顔立ちをしていると、娘ながら真白は思う。
「は、はいっ。仁科朱実です。ま、真白さんとは、仲良くさせてもらってますっ」
「ふふ、真白ちゃんから、朱実ちゃんのこと、よく聴いてるわ。とても可愛い娘だって。本当に話通りね」
「か、か、可愛いだなんて、そんな……!」
朱実とて、それを感じているのだろう。母を前に緊張の面持ちで、少しの褒め言葉で真っ赤になって俯いていた。これまた可愛い。
「真白ちゃん、この子、想像以上じゃない?」
そんな朱実の様子を見てか、母がボソボソと真白に話しかけてくる。
「……お母さん、一体どんな想像を?」
「ヒ・ミ・ツ。ねえねえ、ちょっと朱実ちゃん貸してっ?」
「貸してって、一体何をするつもりよ。貸さないわよ」
「でも、今日は真白ちゃんが料理当番よね?」
「ぬぅっ……!」
「お母さん、お仕事頑張ってお腹空いちゃったから、早くごはん作ってきて~ん」
「いつにも増してテンション高いわね。……もう、わかったわよ」
人でもそれ以外でも、興味を抱いたら徹底的に接しようとするのが、我が母の特徴だ。
しかも、このテンションの高さとなると、もう手が付けられないというのは重々承知のため、真白、早々にお手上げである。
……自分に対してもそうであるのが、彼女の愛すべきところでもあるのだけども、それはともかく。
「朱実」
「え、なに、シロちゃん?」
「あたしはこれからご飯作ってくるから、その間、お母さんの相手してあげて」
「別にいいけど……大丈夫かな、わたし。上手く話せるかちょっと不安なんだけど」
「ああ。――とにかく頑張って」
「頑張るって何を……!?」
言うだけのことは言った。
正直、後ろ髪を引かれる気分ではあるが、最低限の節度は守ってくれるだろうと信じつつ、真白は台所へ向かうのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「改めてよろしくね、朱実ちゃんっ」
リビングで二人きりになってもアクティブな、シロちゃんのお母さんこと、美白さん。
最初に見たときに思ったけど、綺麗な人だ。若々しさもあるけど、何よりも全体に活力が漲っており、良い歳の取り方をしている女性とは、こういうことを言うんだろうな。
シロちゃんも、将来こんな感じになるかも知れない。
「えっと、美白さんで、いいですか?」
「もっと親しみを込めて、シロちゃんでいいわよ?」
「シロちゃんは……えっと、その、真白さんに呼んでますので」
「あんらー、先約があるのねー。残念っ。じゃあ、みっしーでいいわっ」
「……なんだか、それもそれで抵抗があるので、美白さんで」
「ゑー」
子供っぽく口を尖らせる美白さん。
シロちゃんに比べてテンションが常時高めだけど、不思議と、親しみやすさがあるね。
最初は緊張したけど、もうなんだか、この人と打ち解けた気分。
「ねえねえ朱実ちゃん、真白ちゃんってガッコではどんな感じっ?」
「はい。シロちゃん、普段はちょっと物静かなんだけど、時折、スイッチが入ったかのように積極的になるんですよ」
「ふむふむ、それでそれで?」
「その積極さがとても……こう、振り回される感じなんですけど、それはそれで、嫌じゃないというか、むしろ心地いいような……」
「ほほう。興味の対象にグイグイいくのは、お母さん譲りなのかも知れないねっ」
「確かに、美白さんもそんな感じですね……。あと、ああ見えて、ちょっと甘えん坊さんなところがあるんですよね。そんな面を見せられたら、キュンと来ちゃうんです。ついつい胸を貸したくなるくらい、いろいろ本能をくすぐられちゃうんですよ」
「ふーん。なるほどなるほどー」
美白さん、ニコニコしながらわたしの話を聞いている。
というか、わたしだけがほとんど一方的に話をしているような? わたしも、美白さんについて何か訊いた方がいいかな?
そう思って、いくつか質問を用意しようとしたところ、
「朱実ちゃんは、真白ちゃんのことが好きなのねー」
「え……」
突然、美白さんにそう言われて、一瞬顔に熱を持ちかけた。
ただ、一般的に好きか嫌いかの二択で訊かれてるのかと考えれば、
「は、はい。友達として、シロちゃんとはこれからも仲良くしたいなって思いますっ」
普通に頷けばいい、だけの話だったんだけど、
「違う違う」
美白さんは、首を振って、
「恋愛対象な意味で、朱実ちゃん、真白ちゃんのこと好きでしょ?」
「――――!!!???」
そう、にこやかに言われて。
今度こそ、わたしの顔は熱を持った。
次いで、ドクン、と大きく鼓動が波打ち、全身から血の気が引いていきそうな心地だったけど、
「ああ、ごめんごめん、別に驚かそうと思って言い当てたワケじゃないの」
「で、でも……」
「大丈夫。真白ちゃんには内緒にしておくし、アタシも別にそれが悪いって思ってないから」
人差し指を唇に当てて、ウインクをしてみせる美白さん。
本心からそう言っているのがわかって、わたしは、少しホッとしたけど……それでもまだ、驚きは残っていた。
本当に、びっくりした。まだドキドキしているもんね……。
「美白さんは、ど、どうしてそれを?」
「んー、アタシ、お水な商売をしてていろんな人と接してるから、わかっちゃうのよねー。若い子達の恋愛の相談も、何度も乗ってきたから」
「お水の商売……あ、もしかして、いろいろ評判な三丁目のスナックの……?」
「何だかいろいろ持ち上げられてるけど、御名答。そこでママさんやってますっ」
三丁目のスナック『ゆーとぴあ』のママさんといえば。
齢四十を超えながらも、その美貌と若々しさ、ユーモア溢れる話題の豊富さで、独身の社会人に男女問わず人気があると言われる、この町の一種の伝説とも言える人だと、わたしのお母さんから聴いたことがあるけど。
まさか、美白さんのことだったとは……!
「それでそれで、朱実ちゃんは、どうすんの? やっぱり、真白ちゃんに告白するのっ?」
「ちょ、ちょっと待ってください。驚きの連続で今、頭の中の整理が……」
「ちなみに、朱実ちゃんみたいな娘なら、アタシ大歓迎よ?」
「美白さん……!」
「ふふ、ごめんなさい。でも、真白ちゃんがそれを受け入れるなら、アタシは反対しないわ。真白ちゃんの人生だもの」
「…………」
なんだか、大きい人だなあ。
でも、これ、もしかして、美白さん全公認?
大手を振って、わたしはシロちゃんにアタックできるってことなのでは……いやいやいや、待て待て、まだわたしの心の準備が整ってないし、シロちゃんの気持ちの持ち方もあるし、ううむ。
「ふふ、そうやっていっぱい悩むのも、若い子の特権よね」
「……うーん。ところで美白さん、どうしてわたしにこのことを?」
「んー、強いて言うなら……」
と、少しだけ、考えた素振りを見せるも。
美白さんの中で、答えは決まっているようで、
「アタシも、朱実ちゃんのことが大好きになっちゃったからかしら?」
「――――」
はっきりと、そう言われて。
わたしは、全身に熱が持って行くのを感じた。
美白さんがわたしを……いや、これは言わば、社交辞令なんだろうけども、面と向かってそう言われると、照れが隠せないんですけど……!?
「な、な、な……っ!?」
「あらあら、この程度で真っ赤になってたら、真白ちゃんから言われるときは耐えきれないかもよ?」
「し、シロちゃんから!?」
「んー、あの子、そうと決めたら、いきなり言うと思うから。いつでも構えといてね?」
「ま、まじですか……!?」
「もちろん、朱実ちゃんから言っていいわよ? ……どっちにしても、アタシとしては超楽しみね、ふふふ」
「あぅ……」
この子にして、母ありとはよく言ったものか。
今後付き合っていくなかで、これから先、わたしはこの親子にどれだけ翻弄されるんだろう?
――それが、嫌気ではなく、むしろ楽しみになっているあたり。
もう、わたしは、抜け出せないかも知れないね……。
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