ACT16 その高みへと達するには?
「うんしょ、うんしょ……」
五月も半ばとなり、中間テストも近くなったこの日の放課後、真白と朱実は、図書室で勉強会をすることになったのだが。
朱実が、目的の参考書のある本棚を前にしつつも……手が届かないらしく、手を伸ばしてぴょんぴょん跳ぶなどして、悪戦苦闘をしていた。
その様がとても可愛くて和んでしまうので、真白としてはいつまでも見ていたい気分になるが、やはり助け船は出した方が良さそうだ。
「朱実、無理しなくても、あたしが取るわよ。ほら」
「あ……う~、また届かなかったよ」
真白がひょい、と目的の本を取ってやるも、朱実はとても悔しそう。
おそらく百五十センチもない身長に比例して、手足もあまり長いとは言えない朱実にとっては、高いところに手が届かない歯がゆさは何度も味わった感覚のようだ。
「うーん、小学校の頃は、クラスでは高い方だったのになぁ」
「そうだったの?」
「そうなの。でも、小学五年生あたりからずっとこの身長なわけ。……はぁ、桐やんくらいとまで言わなくても、シロちゃんくらいは背丈がほしかったよ」
「んーむ、それはそれで違和感あるわね。背の高い朱実というのは、あたしには考えられないわ」
「……シロちゃん、怒るよ?」
膨れっ面かつ、ジト目で見上げてくる朱実。これもまた可愛い。
ただ、怒られるのもいやなので、真白はすぐさまフォローに回る。
「大丈夫よ。背が低くくたって、朱実は可愛いくて魅力的だし、それに」
「? それに?」
首を傾げる朱実に対して。
真白は、本棚に手を突いて、彼女に視線を合わせつつ、
「朱実の手の届かなくても、あたしがちゃんと届かせるから、安心して」
「!」
そう言うと、朱実は顔を赤くしたまま、ふいっと目を逸らして、
「シロちゃん、また、わたしを無意識かつ躊躇いなく……!」
「え、なに?」
「……な、なんでもないよ。シロちゃんの気持ちはとっても嬉しいけど、シロちゃんでも届かないところ、あるんだよねぇ」
「? どういうこと」
「アレなんだけど」
朱実が指さす先は、本棚の最上段の、さらに上。
もう一冊、必要な参考書があるらしいが……流石にあそこは、真白でも届かない。
知り合いの中では一番の高身長である黄崎桐子なら届くだろうが、彼女は現在部活動中である。
なるほど、あそこは結構難しそうではあるが、
「大丈夫よ。あたしに考えがあるわ」
「考え?」
「うん。朱実、ちょっと股開いて」
「ぶっ……!?」
その考えを実行するために真白が頼むと、朱実、何故か顔を真っ赤にしながら吹き出した。
「ま、ま、ま、股……!?」
「そうよ。あたしが朱実を肩車したら、あの高さでも手が届くでしょ?」
「あ……な、なるほどね! 肩車ね! び、びっくりした……」
「? 肩車以外に、何を想像したの?」
「な、なんでもない! なんでもないから!」
慌てて両手を振りながら弁解をする朱実。千手観音にも見えてしまいそうなスピードだった。すごい。
それはともかく。
朱実がどんな想像をしたのかは気になったものの、まずは、目的を果たしてしまおう。
「じゃあ、始めるわよ」
「うー……でも、やっぱりちょっと怖いな。こういうの、経験ないから」
「え、してもらったことないの?」
「不思議と、なかったんだよねぇ。だから、変な声でちゃうかも」
「まあ、あたしもないんだけどね。したこともしてもらったことも」
「だ、大丈夫かな」
「んー、なんとかやってみるわ。朱実は全部、あたしに身を委ねてちょうだい」
「シロちゃん……うん、わかった。怖いけど、頑張ってみる」
「その意気よ」
「でも、最初はゆっくり……優しく、ね?」
「そうね。徐々に上がっていく感じで……でも、最後は必ず、朱実を高みに達させてみせるわ」
「じゃあ……いいよ、シロちゃん、来て」
「うん。朱実、深呼吸して、ゆっくり股を開いて――」
「二人とも、そろそろ耳に毒なその会話をやめてもらえるかしら?」
と、いそいそと肩車の準備をしていた真白と朱実に、かけられる声。
振り向くとそこには、艶のある黒長髪が特徴的な、眼鏡をかけた細面の女生徒が、こちらを半眼で見下ろしていた。
制服の校章の色は三年生のもので、腕には『図書委員長』と文字のある腕章。
真白にとっては知らない少女だったが、朱実は知っていたようで、ちょっと驚き気味。
「は、
「え? ……確か、緑谷さんが弟子入りしたっていう、あの?(ACT11参照)」
「朱実ちゃんが大変そうだったから、脚立持ってきてあげたんだけど……これまた、すんごい際どい会話をしてるわね。あなた達、室内の注目の的よ」
「?」
拝島先輩のいうとおりに、真白は周囲を見ると……遠巻きながら、生徒達が神妙な眼でこちらを見てきていた。ゴクリ、と息を呑む音まで聞こえてきそうだ。
はて? 自分達は何か、あやしいことでもしていただろうか?
「あ……あっ……っ!!!」
「え、ちょっと、朱実、どうしたの?」
と、朱実は朱実でさっきの会話の内容を思い出していたらしいが、その瞬間に、顔どころか全身を真っ赤にして、両頬に手を当てながらその場でへたり込んでしまった。
「あ、朱実、一体何が?」
「ごめん……今、ちょっと、わたしを見ないで……!」
「どういうこと? よくわからないから、詳しく教えて?」
「無理……無理です……っ!」
朱実、復活不能で、取り付く島もない。
真白は困惑するばかりであるが、拝島先輩は大きく息を吐いて、担いでいた脚立をその場に置いてから、
「まあ、今回は誤解のようだから、私の出る幕はないようね。朱実ちゃん、誤解じゃないときが来たら、私の元に来なさい。――いい場所を教えてあげるから」
「――――!!!!!」
「え、拝島先輩、それは、どういう……って、朱実? 大丈夫っ!? しっかりして!?」
ひらひらと手を振って、そのように言い残しながら拝島先輩が去っていくのに、朱実はさらに追加ダメージを受けたようで、顔を押さえたままぷるぷる震えだしていた。
何故、朱実がそうなっているのか、拝島先輩の言っていたことの意味はなんなのか、どちらも推し量る事ができず。
真白、途方に暮れるのみである。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
(仁科朱実、先程の会話と、ついつい思い浮かんでしまったちょっとした想像が混ざって恥ずかしさを倍増させたためか、しばらく立ち直れない模様)
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