夏目漱石の英詩④ Dawn of Creation.(August 15, 1903)

 大いなる悲しみに暮れながら、天が語りかけた。「わかたれる前に、もう一度キスをしましょう」

 「喜んで」と、地はこたえた。「幾千ものキスをあなたに。あなたの嘆きを癒せるならば」

 彼らはしばし眠りに就いた。抱擁ほうようの中で魂は溶け合った。

 彼らはひとつだった――、天もなく地もなかった――。

 

 その時!雷鳴がとどろき、彼らのまどろみを激しく打ちつけた。

 ――天地開闢てんちかいびゃくときである。天と地は、それから巡り会うことはなかった。


 そして今、彼らは遠くへだたれた場所にいる。

 

 それでもほのかな月は、愁いを帯びた光とともに、静かなメッセージを送り続けている。

 それでも満天の星々は、夜な夜な何かの合図のように、またたいている。

 それでも全ての涙は、音もなく落ち、その悲しみを鮮やかに、結晶させている。


 彼らは、それから巡り会うことはなかった。


 ああ!地は、あまりにも多くの罪に悩まされていて、巡り会うことを許されないままでいる。



 注)「Dawn of Creation」を天地開闢と訳しました。原文では「天」の代名詞に「her」がてられおり、「母なる大地」などの一般的なイメージからするとやや倒錯的に思われました。

 評論家の江藤淳は、この詩の「女性」が漱石の兄嫁の「登世」であり、何らかの不倫関係にあった過去の経験を、「日本語の社会の禁忌の外にある外国語の詩」によって初めて告白したものである、という説を採っております。(興味のある方は、江藤淳『決定版 夏目漱石』に収録されている「登世という名のあによめ」を読まれて下さい。)

 以下、原文です。



 Heaven in her first grief said : " Wilt thou kiss me once more ere we part ? "

 " Yes dear, " replied Earth. " A thousand kisses, if they cure thee of thy grief. "

 They slept a while, souls united in each other's embrace.

 They were one ; no Heaven and no Earth yet,

 When lo ! there came Thunder to lash them out of slumber.

 It was in the dawn of creation, and they have never met since.

 Now they live wide apart :

 And though the pale moon never tires to send her silent message with her melancholy light,

 Though all the stars wink and beckon night after night,

 Though all the tears fall mute and fresh to crystallise her sorrow on every blade,

 They have never met since.

 Alas ! Earth is beset with too many sins to meet her.

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言の葉の翻訳ノート 長門拓 @bu-tan

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