第65話 社
戻って現在。
穂村蒼一が引き起こした事件のあと、異変を嗅ぎ付けた社の父親、司が戻ってきた。
無精髭を生やし、社とよく似た二枚目の司は家の一室でまるで別人のように変わってしまった息子を見て、含んだ笑みを浮かべる。
「社。お前、神の世界が見えてるな? そりゃあガキんちょのお前が四神なんて取り込んだらそうなるわな」
夜だけでなく、昼の視界も失った社だが、なぜか司の姿だけははっきりと見えた。
それが逆に社を苛立たせる。
「なにしに来たんだ?」
「随分な言いぐさだな。俺が雨乞いの法を使わなけりゃ、今頃この町は消炭になってたぞ。当然お前もな」
「頼んでないことをやって自慢するな。必要なかったさ」
社は長く伸びた髪を後ろで括り、紐で結んだ。
反抗的な息子に司は小さく溜息をついた。
「母さん、悲しんでたな。お前が失明したと思ってる。まあ、それはある意味では正しい。お前の目は朱雀に捧げられたわけだからな。当然目線は合わせなければならない」
司は肩をすくめた。
「人には人の領分がある。その目はそれを超越してしまうものだ。いくらお前に才能があると言っても、いつか体がついてこなくなるだろう。どうする? なんなら俺が封印を解こうか?」
「同じ世界を見ていたという安倍清明は大丈夫だったんだろう? なら、俺もなんとかなるさ」
それを聞いて司は頭を掻いた。
「あの時代とは何もかもが違うんだけどな。人は神を信じなくなったし、目に見えないものを嫌うようになった。そしてなによりお前は清明じゃない」
神社の境内から社は遠くを見つめて言った。
「……俺にもう少し力があればあの子は家族を失わなかったかもしれない。そうなれば朱雀だって出てこなかったはずだ。この状況は自分の力不足が招いたにすぎない。償いだよ」
「ガキが大層な言葉を使うなあ。一言俺に助けてくれって言えばいいもんを」
「死んでも言うか。お前は母さんと俺達兄妹を捨てたんだ。頼るなんてことはありえない」
睨み付ける社に司はやれやれとかぶりを振る。
「可愛げがないねえ。まったく誰に似たんだか」
社は内心でお前だと思いながらも悔しかったので言わなかった。
社の眼下には生まれ育った神楽町が広がっている。
規則正しい碁盤の目となった道に、新旧の建物が建て並ぶ。緑が多く、住みやすい町だ。
遠い先人が風水に基づいて造られたこの町にとって、雲龍神社は扇の要となっていた。
社はこの町と、ここに住む人達が好きだった。
司が社に尋ねた。
「これからどうするんだ?」
社はいつものように微笑を浮かべて答えた。
「どうもしないさ。いつも通り、この町とそこに住む人達を眺めて生きていくよ」
今日もまた、社は雲龍神社から町を見守っている。
例え愛する世界が見えなくても、心の目で優しく見守っていた。
そして少年は闇を抱く
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