第42話 小白
「・・・・・・シロちゃん?」
助手席に座っていた小白は名前を呼ばれたような気がして振り向いた。
先程すれ違った救急車のサイレン音が小さくなっていく。
「どうしたんだい?」
運転席の蒼一はハンドルを握りながらちらりと小白の方を気にした。
小白は「・・・・・・いえ」と前を向く。
(今、シロちゃんの声が聞こえた気がしたんだけど・・・・・・。気のせい……かな・・・・・・)
蒼一は小白を見て、どこか嬉しそうに笑った。
「それにしても偶然があるもんだ。こんな深夜に真一郎の妹を拾うんだから」
「そ、そうですね・・・・・・。すいません・・・・・・」
小白は年上の蒼一に緊張していた。
車に乗った時のことを覚えていない。気が付いたらセダンの助手席に座り、景色が動き出していた。
乗ってから小白はとんでもないことをしてしまったと後悔した。
知らない男の人の車に乗る。さすがの小白もその危険度は理解できた。
しかし、蒼一が兄と友人だと分かると危機感も薄くなっていく。
「あれから・・・・・・大丈夫だったかい?」
蒼一は優しい目をして小白に尋ねる。
「あ、はい・・・・・・。まあ、その・・・・・・なんとか・・・・・・」
小白は膝の上で手をもぞもぞさせた。
蒼一は前を見ながら、それでいてどこか遠くを見るような目をした。
「家族を失うのは悲しい。僕も本当の意味では体験するまで分かってなかった。・・・・・・そのせいで失ったものもたくさんある。君は強いね」
「・・・・・・いえ」
小白は伯父とその娘。そして友人の蓮を思い浮かべた。なんだか安心できた。
「みんながいてくれたおかげです。辛い時も、悲しい時も・・・・・・。・・・・・・なのに」
小白の目から涙が溢れた。小白は涙を拭きながら溢れる思いを言葉にする。
「なのに、わたし・・・・・・、あんな、酷いこと・・・・・・・・・・・・」
顔を押さえ、小白は俯いた。涙を手で拭うが、あとからあとから流れてくる。
「わたし・・・・・・謝らないと・・・・・・・・・・・・」
泣きじゃくる小白。
赤信号で車をとめた蒼一はそっと小白の細い首筋を見下ろした。
そこへ白く冷たそうな蒼一の手がすっと伸びる。
蒼一は優しく小白の髪を撫でた。
「うん・・・・・・。そうだね。言いたい事は、言える相手がいるうちに言った方がいい」
青信号になるまで蒼一は小白の頭を撫で続けた。
そして小白が泣き止むまで、車をゆっくりと走らせる。
三十分ほど経った後、蒼一は小白に聞いた家の周辺に車を止めた。
「さあ、もう帰った方がいい。伯父さんもきっと心配してる」
「・・・・・・はい」
小白は鼻をすんすん鳴らしながら、助手席のドアを開けた。
小白の体が半分程出たところで、蒼一は尋ねた。
「君は、本当にあの事件の記憶がないのかい?」
それを聞いて小白は振り返り、こくんと頷いた。
蒼一は微笑を浮かべる。
「・・・・・・そうか。変なことを聞いて悪かったね。また今度、真一郎の墓へ行ってみるよ」
「はい」
小白は嬉しそうに笑う。
「きっと、お兄ちゃんも喜びます。送ってくれてありがとうございました」
小白は車の外に出るとドアを閉めてお辞儀をし、家へと帰っていった。
小白の小さな背中を見送って、蒼一は車を走らせた。
家が見えると、小白は言い表せない不安を募らせた。
(わたし、ここにいてもいいのかな・・・・・・・・・・・・)
小白は玄関の前でずっとそんなことを考えていた。
するとふいに玄関のドアが開いた。そこには従姉の綾香がパジャマ姿で立っていた。
綾香は小白に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめる。
「ああ、よかった。お父さんまた何か言ったんでしょ? ごめんね。あたし、仕事忙しいからあんまり一緒に居てあげられなくて」
涙目になって謝る綾香に小白は驚いていた。
怒られる、またはもう出て行けと怒鳴られると覚悟していた。
それほど酷いことを言ったつもりだった。
しかし予想はどちらとも外れ、小白は謝られた。
綾香が玄関からリビングに伝える。
「お父さん! 小白ちゃん帰ってきたよ!」
「本当かっ!?」
伯父の須藤が慌てて玄関に出てきた。そして小白を見て安堵の息を吐いた。
「よかった・・・・・・。もし、小白にまでなにかあったら・・・・・・、俺は・・・・・・。いや、よかった」
須藤が張り詰めていた緊張をようやく解いた。
安堵する須藤を見て小白は申し訳なさと嬉しさが込み上げた。
「・・・・・・伯父さん。ごめんなさい。わたし・・・・・・」
「……ああ。うん。俺も小白の気持ちを分かってあげてなかった。すまない」
須藤は小白に謝った。
小白は須藤の雰囲気が家を出る前と随分違うことに気付いた。
須藤は言った。
「さっき署から連絡があったんだ。連続殺人の犯人は他にいたらしい。まだ容疑が晴れたわけじゃないが、雲龍君への疑いは薄くなった。だけど・・・・・・。女子高生が襲われたって時は、死ぬかと思ったよ・・・・・・」
須藤は額の汗をシャツの裾で拭いた。
従姉の綾香も注意する。
「本当にそうよ。お父さんはあたしが怒っといたから、もう夜に一人で出歩いちゃだめよ」
小白は「はい。ごめんなさい」と頷きながらも、その襲われた女子校生が気になっていた。
「あ、あの・・・・・・。その女子校生って・・・・・・」
「さ、さあ。名前までは聞かなかったな。でも意識ははっきりしているらしい。今は病院で治療を受けているそうだ」
「そう・・・・・・ですか・・・・・・」
それを聞いて小白はほっとした。
安心すると同時に、小白のお腹がぐーっと鳴った。
小白は学校でお弁当を食べて以来、何も口にしていなかった。半日も水しか飲んでいなかったのだ。
恥ずかしがる小白に、二人は笑った。
「そうだな。うん。俺も腹が減った」
「元気な証拠ね。ほら、リビングで待ってなさい。おうどんでも作るわ」
綾香は立ち上がり、靴を脱いだ小白の背中をそっと家の中に導く。
土間から上がる時、小白は小さくお辞儀した。
「・・・・・・ただいま」
それを聞いた須藤と綾香は顔を見合わし、優しく笑い合った。
「おかえり」
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