第34話 詩織

 詩織は学校にも行かず、警察署の前でずっと立っていた。

 小雨が降る中、建物を睨む。

 水色の傘を差し、手には別に紺色の傘を持っていた。

 詩織は社の傘を持ってずっと立っていた。

 時々警察官に話しかけられるが、頑として動かなかった。

 警察としても敷地の外でのことなので、それ以上は何も言えない。

 そこに話を聞きつけた隼人が高圧的な目をしながらやって来た。

「いつまでそこに突っ立てるんだ? 社ならしばらく出てこないぞ。いや、もう外には出られないかもな。だから早く学校に行けよ」

「私は待ちます。いつまでも待ちます。捕まえたいなら捕まえて下さい。そしたら同じ場所に居られるんでしょう?」

 詩織は心の底からそう言った。

 隼人は詩織に呆れて答える。

「男と女を同じ留置場に入れるわけないだろうが。ふざけたこと言ってないでさっさと帰れ」

「帰りません」

 詩織は言い切った。

「隼人君は本当にあの人が瀬在さんを殺したと思ってるんですか?」

「・・・・・・それを今調べてるんだ。だけどあいつは・・・・・・、その、普通じゃない」

「普通じゃない人間がどこにいるんですか? それだけの理由で――」

「それだけじゃない!」

 隼人は苛立ちの声を上げる。

「・・・・・・ナイフから指紋が見つかったんだ。少なくとも、あいつは何か普通じゃないことをしようとしてた。だけど言わないんだよ」

「それは、隼人君に言っても信じないからじゃないんですか?」

 詩織が責めるように言うので隼人は遂に怒り出した。

「神を信じろってか? 鬼を? 悪霊を? そんなもんより指紋付のナイフの方が何倍も信じられる。あいつはそういうのを信じすぎておかしくなったんだ。だからあんなことをやったんだよ。典型的な異常者だ!」

 叫ぶ隼人を詩織は黙ってじっと見ていた。

 その目はなによりも雄弁で、隼人への怒りで満ちている。

「・・・・・・なにも知らないくせに」

「言わないからな! ガキが大人のふりして隠し事ばかりするからだ! それともお前も神とやらが見えるのか? 鬼が、悪霊が見えるのかよ? ならそいつらに聞いてくれよ。一体誰が殺人鬼なのかって」

「・・・・・・私はそこまでちゃんと見えているわけじゃありません」

 俯く詩織に隼人は笑った。

「ああそう。いいよな。モテるって。なにやっても女は信じてくれるんだからな」

 その言葉は詩織を真に怒らせた。

「・・・・・・撤回して下さい! あの人はそんな人じゃない!」

「してほしいなら何か情報でもよこせ。お前なら社から何か聞いてるだろ。殺人をほのめかしたり、手伝うように言われたりしなかったのか?」

「・・・・・・ありません。・・・・・・けど」

「けど? けどなんだ?」

 詩織は苦悩の表情を浮かべた。

 言って良いのか。それについての葛藤が心の中で暴れ回る。

 だがそれを言わなければ社の名誉を守れないと判断して苦しみながらも答えた。

「・・・・・・あの人は――――――――――――なんです」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え? ・・・・・・嘘だろ?」

 隼人はそれを聞いて心底驚いた。

 しかし詩織の表情はそれを事実だと語っている。

 それを見て隼人は何度か見た光景の意味が理解できた。

 詩織は悲しんで言った。

「だから、ありえないんです。人を殺すなんて。だって、隼人君は言ったでしょう。犯人は暗がりの中、阿澄さんを背中から一突きで殺したって」

 隼人の顔色が一変した。

 詩織に言うことが本当なら、社が犯人の可能性は低くなる。

 ゼロではないが間違いなくクロではなくなる。少なくともグレーだ。それもかなり薄い。

 なぜなら佐藤友恵も阿澄翔子と同じ状況、同じやり方で殺されているからだ。

「・・・・・・ならなんで社はそれを言わないんだ」

 そう言って隼人はハッとした。

 これは社なりの贖罪なんだと気付いた。だが証拠がない。

 詩織が嘘をついている可能性だってある。

 しかし、もし本当なら・・・・・・。

 隼人が考えを巡らせていると、詩織の視線が自分のポケットへ向けられているのに気付いた。

 見ると、白い何かがポケットから顔を出している。隼人には見覚えがあった。

 隼人はポケットから紙を人の形に切り抜いた人形を取り出した。

 前に喫茶店で見たものと同じものだ。

 そこにはあの時と同じく文字が書かれていた。

『蒼一から目を離すな』

 文字はそのあとも続いたが、隼人にはそれだけしか目がいかなかった。

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