第30話 社

 瀬在は椅子や机は近くの路地に置かせて貰っているそうで、そこへ二人で荷物を運んだ。

 瀬在の家は町の東にあるらしくで、二人でゆっくりと歩きながらそちらへ向った。

 深夜二時頃。

 駅や商店街から離れた道に人影は皆無だった。たまに車が通るが、それも数えるほどだ。

 そんな闇を二人は色々と話しながら歩いた。

 学校のこと。仕事のこと。友達のこと。恋愛のこと。

 その全てに答えながら、社は忙しく目を動かしていた。

 まるで人影がないことを確認するように路地や明かりのついた窓を気にしていた。

 社の目には焦燥の色が見て取れる。

 そんな社を気にしながら、瀬在はどこか緊張して服を直したりしている。

 考えてみれば夜に男と二人で歩くのは久しぶりだと途中で気付いたのだ。

 社の整った顔が角度を変えるたび、歳柄もなくどきりとしてしまう。

 だが当の社は気にしていなかった。

 歩いて十五分ほどして、瀬在の家に近づいてきた。

 自分の住むマンションがすぐそこに見えると瀬在は足を止めた。すぐそこに公園が見える。

「ここでいいわ。もうそこだもの。それに社君は学生でしょう? あまり遅くに出歩かない方がいいわ」

「・・・・・・家まで送るよ」

 あまりに強情な社に瀬在はくすりと笑った。

「本当に家まで来る気?」

「いや、あんたが部屋に入ったら帰る。だから――」

「だめよ」

 瀬在は明確に拒否の態度を示した。そして諭すように微笑む。

「心配してくれるのは嬉しいけど、社君はもう大人でしょ? 夜に女性を部屋まで送るって意味を知らないわけじゃないはずよ。だからだめ」

 瀬在は最後に「まだね」と笑って付け加えた。

 社が何か言おうとした時、瀬在は続けた。

「あんなこと言って期待させちゃったかしら? そうならごめんなさい。でもああいうことも商売の一つなのよ。大人になれば分かるわ。じゃあ帰るわね。送ってくれてありがとう」

 そう言うと社の返事も聞かずに瀬在は足早にマンションの方へ歩いて行った。

 小さくなる瀬在の背中を社はじっと見つめていた。

 瀬在の姿が見えなくなると、社は静かに呟いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺すならあんただ」

 その言葉は誰にも聞かれずに闇へと溶けていく。

 そして社の手には鋭く光るナイフが握られていた。

 覚悟を決めた彼の冷たい目線は、闇の中で瀬在の背中を追いかけていた。

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