第153話 スキルポイント

 空に浮かび上がって小さくなっていくイリスを茫然と見つめる。あの目はどう考えてももう戻ってこれないことを悟っている目だった。つまり、死ぬ気だ。


 こんなことになるなら最初から全員で逃げていれば良かったんだ。イライラをぶつけるとかそんなこと言ってる場合じゃなかった。


「キミヒトさん……イリスさんは……」


「わかってる。わかってるよ。とにかく今はイリスの無事を信じてクロエの元へ急ごう。クロエなら何か良い作戦があるかもしれない」


 この期に及んで俺は何を言っているのか。作戦? 何も出来るわけがないだろうこんな状況で。一体を何をどうしたらこの戦況を巻き返せると言うのか。


 それならとっくにギルドが行っているしイリスがあんなに重傷なわけがない。それでもここで人々が戦っているのは逃げられないからじゃないのか?


 考えてみるとこんなに人が残っているのもおかしい。イリスの所へ移動してくるときに何度か見たが商人の馬車があった。商人は命と商品を守ることを生業としているのにこんなところに残るはずがない。


 つまり襲撃の魔法陣が出てきた時と同時に逃げられないように何か細工をされている可能性がある。ユウキが使ったような結界とかが。


「キミヒトさん! あそこに人が! 襲われてます!」


「くっ! まだいたか」


 大体片付いた範囲だったが、新しく魔物がいて人を襲っていた。俺たちは急いでその人の所へ向かい魔物を後ろから襲いすぐさま倒す。だが襲われていた人はもう瀕死の状態だった。血だけではなく内臓が体からこぼれている。


「……ごほ、き、君たちか……すまないが、私をころして、くれない、か? 苦しいんだ」


 その人は俺達をこの街まで運んでくれたレイリーさんだった。血の気が完全に失われた顔はもはや土のような色をしていて、目からは段々と生気が失われていっているようだ。


「……はい」


「……すまない。ありがとう」


 これだけの重症、意識が段々と死に向かうというのは恐ろしいのだろう。生気が失われている目に浮かぶ死への渇望に思わず怯んだ。そして狂気にも似たその懇願に俺は頷いて剣をふるった。


 目を閉じ安らかな顔で死んだレイリーさんを見て、俺はどうしようもないほどの苦しさに襲われ始める。


 どうしてこんなことになった。誰がこんな惨状を引き起こした。一体誰が俺を苦しめているんだ。俺が何をした。何もしてないだろう。ふざけるな。ふざけるなよ。


「キミヒトさん!」


 茫然としているところをフラフィーに揺さぶられ正気に戻る。


「……フラフィー。すまん」


 いけない。今はクロエの元に向かっているんだった。どうにも最近考えが暗い方向に行ってしまいがちだ。いつごろからかは忘れてしまったがどうにも思考が上手くまとまらなくなっている気がする。


 無意識に持っていかれているというか、不安に襲われるというか。鬱か何かにでもなってるのか俺は。


 そんなことを考えながら要治療者が集められている場所に向かいクロエを探す。


「クロエ! どこだ!」


「クロエさーん!」


 かなりの人数が収容されてはいるが、全員が寝かされていたりするため見通しは悪くない。それにクロエは魔力切れなだけだと言って横にはならず壁にもたれかかっていたはずだ。


 なのにどこを見渡してもいない。


「銀髪の少女を探しているのか?」


「知ってるんですか?」


 声をかけてきたのは冒険者というよりお医者さんといったほうがよさそうな青年だった。優しそうな顔をしていて、傷を負った冒険者たちに治癒魔法をかけて先生などと呼ばれている。


 ここの統括の人でクロエを預けに来たときは忙しそうに様々な人たちの病状を確認していた。


「ああ知っている。というか止めたのに出て行ってしまったんだ。具合がとても悪そうだったが走って行ってしまったよ。見つけたら休むように言っておいてくれ。あとこれを落としていった」


「通信機……」


 クロエが俺達に何も言わず飛び出すというのはなかなか考えづらい。クロエは俺と同じように仲間と共に行動したほうが安全だという意識が強い。だから魔力が切れたなら人が多いここが安全だと残った。


 それなのに一人で行動し始めるということは、何か……。


 イリスが素の状態に戻ったのを感じ取って助けに行った、とかだろうか。それなら急いで向かわなくてはならない。通信機で連絡を取る手段もなくなってしまったので止めることさえもできない。先に連絡を入れておくべきだった。


 魔力回復ポーションを飲んでもすぐに回復するわけじゃない。そしてクロエは通信機が使えるほど回復していなかったとみていいだろう。じゃなければ通信くらい入れているはずだ。


「クロエ、どうして俺達を待たなかったんだ」


「クロエさんあんな状態で……」


 全くだ。見つけたら説教してやらなきゃいけない。ロリから説教される喜びはあっても説教する喜びはなにもないというのに。それでも言わなきゃ気が済まない。


 クロエにまで何かあったら俺は……。


 さっきから行ったり来たりしているが、戦闘音が激しくなっていき敵が増えているような気がしている。こっち来る途中にもいたし、また引き返すときにも別の魔物が押し寄せている。


 フラフィーの盾はなんとか無事だったので戦えてはいるが、それでも敵の数の暴力が相手では分が悪い。


 透過して魔物の群れを突っ切るという手もあるにはあるが、それをするとキャリーしてしまうのでそれも出来ない。どんなに気が逸っていてもこの魔物たちを倒さなくては進むことが出来ない。


 ひっきりなしに魔物に襲われ、何とか倒しても次から次へと出てくる。進む先を見るとかなりの数の魔物がひしめいているがあそこには冒険者がいたはず。魔物にやられてしまったかどこか別の所に行っているのか。


 イリスがあれほどの重傷を負う魔物たちだ、並みの冒険者では相手にならないのも混じっていたのだろう。


「多い……くそっ!」


「一時引きましょう、キミヒトさん」


 フラフィーが提案してくるが、それをするとクロエとイリスの元へたどり着くことは難しくなってしまう。だがここで俺たちが無理して突っ込んで行ってもそれはそれでたどり着けないだろう。


 どうしたものかと思案する時間すらもったいない。相手から見えないように出来て、こっそりとここを抜けていく方法……あるじゃないか。


「いや、突っ切ろう」


「正気ですか!? クロエさん達に会う前に死んじゃいますよ!」


「俺も死ぬ気はない、流石に無策で突っ込もうってわけじゃないよ」


 俺には今までに溜めに溜めた大量のスキルポイントがある。起死回生と言えるようなスキルを望んだらいくつか候補が出てきた。そしてここで必要なスキルはこれだ。


 一つは『ステルス』もう一つは『気配遮断』最後に『効果範囲増』


 ステルスはそのまま周りから自分を見えないようにするスキル。気配遮断も同じように気配を消すスキル。そして重要なのが効果範囲増のスキルだ。


 効果範囲増はスキルの効果範囲を少しだけ広げる能力をもっている。その広がる範囲はスキルによって変化するためほとんどの場合ゴミスキルと化す。攻撃魔法ならその分のスキルポイントを強化に使ったほうがましなレベルのスキルらしい。鑑定さんに書いてあった。


 しかしこれに気配遮断を合わせれば一人分だけなら一緒に効果を出すことが出来る。そうすればこの魔物の群れの中だろうが気配を悟られずに抜けることが可能になる。


 逆に言うとたった一人しかその範囲に収められないのでパーティプレイが基本のこの世界ではゴミスキルもゴミスキルだ。だが今回に限りフラフィーだけを範囲に収めればいいので問題ない。


 同様にステルスにもその効果が乗るため俺達をステルス状態にして、さらに気配を消すことが出来ればそうそう見つかることはないだろう。


 ステルスのスキルは今まで見つからなかったスキルだったが、かなり危機的状況に陥ってこれが欲しいと強く願ったからだろうか。ふと覚えられることに気付かされた。


 なにはともあれこれがあればばれずにここを突破することが出来る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る