第40話 拉致








ーー 東京都文京区 保護地域 特殊警察隊 新井 啓司 巡査長 ーー







「しかし暇だよな〜。毎晩毎晩この保護地域の警備でよ〜」


「この退屈な仕事も鍛治師やポーション職人たちが全員方舟に移住完了するまでだ。うちも人手不足だからな、早く解放されたいよ」


「あのドラゴンに乗った異世界人にごっそり減らされたからな。しかしまさか味方になるとは……複雑だよな」


あの時は精鋭部隊に招集が掛かったんだよな。あんま話したことは無い奴だったが同期もいた。帰って来なかったと聞いてそれなりに悲しくもなったな。


「西新宿公園の一件で同期を殺られたのは新井だけじゃない。俺の同期も警察学校の後輩もやられてる。上司の命令に従っただけなのにな」


「優秀な奴らに招集かかってみんなやられちまった上に軍の警務隊からの執拗な取り調べ。やっと解放されたと思ったら、鍛治職人とポーション職人の居住エリアの警備隊に配属。ツイてねーな」


この塀に囲まれた保護地域には日本にとって重要な技術を持った職人がもう15年ほど住んでいる。一つしか無い門の横の守衛所には常時30名のDランク以上の特警隊員が24時間交代で詰めており、今の俺たちのように二人一組で常に外周と壁内の巡回も行なっている。以前は100名で警備していたんだけどな。この広い保護地域を30名で警備するのはかなり無理があるが、日本の技術を欲している米欧英連合が撤退したことで、国内に日本の技術を狙う勢力がいなくなったとみなされて減らされたんだ。警備を担当する特警がドラゴンにかなり減らされたうえに、不正がバレて多くの隊員が捕まって人手不足だってのもある。一応応援を呼べばすぐに来てくれることになっているが、それも深夜だと怪しいんだよな。


「警部以上の階級のやつらはかなりの人数が処刑されたんだ。実務部隊の奴らなんて銃殺じゃなかなか死なないから毒殺だ。壮絶な最期だったらしい」


「うげぇ……悪事に手を染めていた黒幕は全員処刑。そいつらの命令に背けなかった優秀な奴らはドラゴンに殺され、悪さこそしてないが仕事をサボってた俺たちのようなやつが生き残る。世の中不公平だよな〜」


「女の子と遊ぶ時はちゃんと金を渡していたからな。訴えられなくてよかったよ。危なく強制労働か毒による処刑をされるとこだった」


「俺もケチらず払っておいてよかったぜ。しかし新しい上層部の奴らはうるさいからな、今後は女を買いにくくなるな。まあこんなとこで深夜警備なんかしてたら買う機会なんてねーけどな」


「それもあと少しだ。もう半分以上は方舟に移住している。日本だけでフィールドを攻略したみたいだからな。連合を抜けた時はどうなるかと思ったが、軍もなかなかやるもんだ。たいしたもんだよ」


「そうだな。早く市街地の巡回に戻りてーよ。あの立ちんぼの女の子たちと交渉してそれから……」


ドーーーン!


「なっ!? 爆発!? 」


「西からだ! 」


「なんだよ! 国内にもう連合軍はいないんだぞ! どこの国の仕業だよ! この間攻めてきた中露の生き残りか!? 」


「そんなことより剣を抜け! 行くぞ! 」


「クソッ! ツイてねー! なんで今日なんだよ! 」


明日は非番だったのに! あと二週間もすれば移住が終わってこの任務から解放されたのに! クソッ!


《 ガガッ! こちら正門守衛所、巡回中の隊員は爆発音がした西地区へ向かえ。こちらからも10名派遣する 》


「こちら壁内巡回中の森田と新井。了解しました。これより急行します」


「外周の巡回中の奴を入れれば16人か、それならなんとかなりそうだな。急ごうぜ! 」


早く行かないとやばい。もしも技術者を攫われでもしたら減給どころじゃ済まない。


俺たちは急ぎ爆発の起こった西地区の塀のところへ向かった。



「これは……」


「ランチャーか何かを撃ち込んだか? 森田、ライトを」


「ああ……足跡は無し……その他に穴から誰かが侵入した形跡はないな……」


「イタズラにしては派手過ぎるだろう。おっ! 守衛所の奴らも来たな」


俺たちが爆発が起こった場所に到着すると、そこには人が通れそうなほどの穴が空いていた。

しかし誰かが侵入した形跡もない。俺たちは応援に来た同僚とともに周囲を調べたが、やはり侵入した形跡がなかった。仕方なく無線で状況を報告して守衛所に戻ろうとしたら、門の方から複数の車両が走ってくる音がした。


「こちら森田、守衛所応答せよ! こちら森田、守衛所応答せよ! 駄目だ反応がない! 」


「ここは陽動? 門から侵入されたか? それを追っている? それにしたって守衛所を無人にはしないだろう。嫌な予感がする……守衛所に行ってみよう! 」


「そうだな、急ごう! 」


「おいっ! 行くぞ! 剣を抜いておけよ? 」


俺はそう言って応援に来た奴らとともに守衛所へと走った。





俺たちが守衛所に到着するとそこは血の海だった……


「マジか! やっぱり爆発は陽動か! おいっ! 息のあるやつを探せ! それと本部に応援を! 手の空いてる奴は監視カメラでさっきの車両の居場所を突きとめろ! 」


「わかった! 栗田……駄目か……角田…… おいっ! 息がある! 角田! ポーションだ! 何が起こった! おいっ! 」


「うっ……んぐっ……ハァハァ……もり……たか……おまえたちを……西にむかわせたあと……黒づくめのしゅうだん……20はいた……青い目……えいごではない……ことばで……強い……きをつけ……ろ……」


「角田! おい! おい! くそっ! 俺たちの持つポーションじゃ無理だったか……」


「角田……チッ! 英語圏じゃないならロシアか欧州か? それか裏で米国が糸を引いて連合の部隊を潜伏させていたか? 」


正直ここまで侵入されるとは思っていなかった。昔日本人になりすました中華の奴らが襲撃に来たくらいで、ここ数年はなにも無く平和だった。最近やたらと防犯センサーに引っかかる犬や猫と思われる反応多かったが、もしかしたら偵察部隊だったのかもしれない。


「森田さん! 黒いワンボックスカー二台が土田宅と深井宅の前にいます! 」


「鍛治職人とポーション職人の長の家をピンポイントか……拉致が目的だな。新井、どうする? ここじゃ俺とお前が先任だ」


「こっちは16人、あっちは最低でも20人で複数いるCランクの隊員が剣を抜いていたのにやられてるんだ。おそらく奴らはBランク以上の精鋭部隊だろう。出入り口はここだけだが、あの爆発のようにランチャーらしき物を持ってるなら壁を破壊して逃げる可能性もある。応援が来るまで俺たちはこの門を死守し、奴らが壁を破壊して逃げるなら追跡だな」


頼むからこっちに戻ってくんなよ? 来るならあと10分後に来い! 応援が来ればなんとかなる。軍にも要請しているはずだしな。あと10分待てば……ちゃんと来るよな?


「確かにこの門を通って逃げる可能性もあるな……わかった。車とバイクをいつでも出れるようにしておく。皆は監視カメラで襲撃者の動きの監視と、奴らの車両が来たら銃でタイヤを狙ってくれ! 応援が来るまで足止めをする! 」


「「「了解! 」」」



「襲撃者の車両が東に向かっています! 」


「壁を破壊して逃げるつもりだ! 二人ここに残して全員車両とバイクに乗り込め! バラバラに追跡するぞ! サイレンをめいっぱい鳴らせ! 」


「「「了解! 」」」


そして俺たちが三台のパトカーと二台のバイクに乗り込んだタイミングで東の方から複数の爆発音がした。

クソッ! 逃すかよ! とにかく追跡だ!











ーー 永田町 首相官邸 執務室 内閣総理大臣 東堂 勇 ーー







「なに!? 職人が拉致された!? 」


「はい。昨夜未明に白人と黒人の集団に保護地域の守衛所が襲撃を受け、鍛治工房の責任者である土田夫妻とポーション製作の第一人者である深井夫妻と遊びに来ていたお孫さんが拉致されました」


「土田氏と深井氏がか……奥さんとお孫さんまで攫うとは……言うことを聞かせるための人質か……移住をもっと急がせるべきだったか……それでその集団の追跡状況は? 」


やられた! 移住作業をしているこのタイミングでか!


「当初保護地区の壁を破壊して逃走することを読んでいた特警隊員たちが、別方向に逃げる三台の車両をパトカーとバイクにてそれぞれ追跡をしておりましたが途中交戦したようでして……応援部隊が追いついた頃には、ほとんどの隊員が息を引き取っておりました。辛うじて命を取り留めた者も、未だ生死の境を彷徨っているそうです」


「そうか……余程の手練れのようだな。衛星は夜だと厳しいか……しかも今日はあいにくの雨だしな。軍と特警は捜索を続けてるのだろう? なにか手掛かりは無いのか? 」


「いえ。襲撃者たちは新潟、千葉、神奈川方面に逃走しており、ヘリを出動させ追跡をしましたがいずれも山中及びトンネルで見失ったようです」


「海へ向かっているのだろうな……当然近くにいる船舶は軍が捕捉しているだろう。その上で国外に出るとしたならば……潜水艦か? 」


「恐らくは……ですが新潟方面は囮であろうと軍は判断しております」


「確かにあれだけの大打撃を受けた直後に日本にちょっかいを掛けようとは思わんだろうな。怪しいのは米欧英連合……奴らなら日本にずっといたから部隊を潜伏させることも容易だっただろう。俺としたことが警戒を怠った。まさか強硬手段に打って出てくるとはな」


佐藤氏の助力で中世界フィールドが手に入り、職人の移住を開始した事で安心していた俺が甘かった。

軍が次々と小世界フィールドを攻略している事で浮かれていたのやもしれんな。欧米諸国の汚いやり口はわかっていたはずだ。こうなる事も予想していなければいけなかった。失敗したな……


「大型の潜水艦を保有しており、部隊を潜伏させることができるという面で米欧英の特殊部隊である可能性は高いですね。中露を撃退し佐藤氏がこちらについた事で焦ったのかもしれません」


「ああ、俺が甘かったよ。とにかく陸上部隊には海岸線を警戒させる。駆逐艦と対潜哨戒機もあるだけ出させるように言っておく。潜水艦だけで国に帰るとは考え難い。確かグアムに米軍の臨時基地があったはずだ。そこから輸送機で移送される可能性もあるな。室長は情報を警察と軍の現場の隊員から集めておいてくれ」


「はい。承知しました」


室長悪いな。信用ができて有能な者がなかなかいなくてな。

しかし中露の可能性も無いとは言えないな……日本海沿岸部も警戒させるか。しかし海に出た後だと厳しい。なんとか陸にいるうちに救出しなければ手が出せなくなる。今日一日が勝負だな。

俺は警察庁長官と防衛大臣を呼ぶべく電話に手を掛けながら、職人たちを救出する方法を考えていた。


職人たちは無事だろうが、職人たちから技術が漏れれば佐藤氏の怒りを買うのは間違いない。我が国も他国に対してのアドバンテージを失うことになり、今後フィールド攻略で苦戦する事になるだろう。なにより佐藤氏より与えられた技術で日本軍に死者が出たら……


俺はなんとしても水際で阻止しなければと、俺に怒鳴られるのが嫌で室長を寄越した防衛大臣と警察庁長官を呼びつけるのだった。


今日中に発見できなかったら長官と大臣に佐藤氏に泣きつかせに行かせよう。二人に土下座でもさせて捜索を頼もう。







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