第27話




コアルームでテントを張り一晩を過ごした俺は、翌朝早めに起きて隣で満足そうな顔で眠る蘭のその大きいお尻をペチペチ叩いて起こした。


起きてからも甘えてくる蘭にグッと我慢をし、2人でシャワーを浴びに行き色々と流した。

シャワーから出ると凛と夏海も起きてきて、顔を真っ赤にして挨拶をしてきた後に洗面所に早歩きで向かう2人にどうしたんだろ? と気になりながらも蘭に朝食の用意を頼んだ。


洗面所から出てきた凛達も蘭と共に朝食の支度を行い、出来上がったトーストと夜魔切鳥のササミと異世界の野菜を使ったサラダに、蘭特製のドレッシングをかけて皆で美味しく食べた。


そして朝食を済まし朝のコーヒーを飲みながら少し雑談して、それぞれが装備に着替え俺たちはテントを出た。


「さて、みんな準備はいいね」


「はい主様」


「ええ、緊張するわね」


「はい大丈夫です」


「それじゃあ地上へ! 『エスケープ』」


俺は若干緊張している凛と夏海に俺に触れるように言い、左腕に蘭と反対側に夏海が、凛は正面から抱きついてきたのを幸せに思いつつ、魔法発動前の最後の確認をしエスケープを発動した。


エスケープを発動した直後、視界が一瞬で変わり遠くに壁の出入口が見える場所に俺たちは立っていた。


「一瞬で……すごい……」


「ここはダンジョンの入口……一瞬で外に……」


「さあ離れて。人が大勢集まる前に壁の出口に向かおう」


「う、うん!」


「はっはい!」


初めての瞬間移動に目を白黒させている凛と夏海を可愛く思いながらも、壁の出入口が騒がしくなっているので、人が集まり身動きが取れなくなる前に探索者協会に入らなければと2人を急かすのだった。


監視カメラも複数こちらを向いてるから無駄な抵抗とは思えるが……


《お、おいっ! ダンジョン入口に人が! 》


《赤いジャケットの男にチャイナドレスの女性! 間違いないあの2人だ! 》


《救世主だ! 救世主がダンジョンを攻略して戻ってきたぞ!》


《アイツの仇を取ってくれた! ありがとう! くっ……ううっ……》


《監視班は本部に連絡したのか? 》


《連絡済みだ! 》


《俺も腕を失った甲斐があるってもんさ》


《お前の腕は俺たちが必ず元通りにしてやるから待ってろ》


《支店長がものすごい勢いで走ってくるぞ! 》


《よし! 皆で救世主……いや英雄たちを出迎えようぜ! 》


《おおーーーー! 》


なんだか壁の出入口で歓声が聞こえるが、まあ今回は氾濫があり犠牲者も出ただろうしな。その元凶を潰してきたんだ仕方ないか。


「うわっ……あの中を通っていくの? うわぁ〜」


「こ、これは恥ずかしいですね……」


「凛ちゃんなっちゃん? 主様といればこれくらい毎日のことですよ? 堂々としていないと主様が笑われます」


「そ、そうね。こんなとんでもない人とこれからも一緒にいたいなら、これくらい澄まし顔で歩かないとね」


「ハッ!? そうです。光希に恥をかかせてはいけないですね。蘭ちゃんありがとう」


「ククク……初めて王都に凱旋した時に、蘭は俺のマントに隠れていたっけな」


「あっ! もうっ! 主様そんな昔のことを! いじわる! 」


「ぷっ、蘭ちゃん可愛い♪ 」


「ふふふ、蘭ちゃんたら可愛いわ」


「はははは、ごめんごめん。あの時蘭はまだ小さかったしな。怖かったよな人間がたくさんいて」


「そうですよ……主様のいじわる」


「あははは、なんだか緊張が解けたわ。どうせ私たちは救助されて、ただ付いていった身だし気楽にしてよっと! ね、お姉ちゃん」


「そうね、私たちは救助された側で、無理やり付いていっただけの存在だしね。気楽にしてましょう」


壁の出入口にわらわらと人が集まってきているのを見て凛が尻込みしたが、蘭の言葉とそれを茶化した俺の発言によりどうやら緊張が解けたようだ。


そして俺たちは和気あいあいと話しながら壁の出口に到着した。


「おおーーー! 救世主! ありがとうありがとう! 」


「すげーよあんたら! 上級ダンジョンをたった4人で攻略するなんてよ! 」


「あの2人は救助された子たちだから実質2人だろ? ありえないだろ! 」


「チャイナドレスの子〜! 西側で助けてくれてありがとう!」


「すっげー美人ばかり! なんだチーレムか!? な、なんだこの黒い感情は……俺は……俺は」


「裕を殺した奴らの親玉倒してくれてありがとうな! アイツも浮かばれる! 」


なんだか黒い感情の奴もいるみたいだが、俺たちはさっさと壁の出口の扉を開けた。しかし扉の先には40代くらいの指揮官らしき自衛隊員と、走ってきたのか汗を拭いながらこちらを見ている50代くらいのスーツを着た男に、探索者協会の制服を着た職員たちが待ち構えていた。


俺は早い対応だなぁと思っていたら、自衛隊の指揮官らしき人が一歩前に出て話しかけてきた。


「倉木さんお待ちしてました。今回の氾濫の現場指揮を執っていた、陸上自衛隊の第一ダンジョン攻略中隊長をしております玉田と申します。氾濫時の助勢及び、ダンジョンに取り残された隊員の救出。今回の戦いに参加した自衛隊員を代表してお礼申し上げます」


「いえ、西条さんは間に合わず……惜しい人を亡くしてしまいました」


「西条三尉……いえ二階級特進で一尉になる彼の最期は、三上を通して聞いております。彼は我々の誇りです。彼の残された家族にも責任を持って私が伝えます。倉木さん、我々の仲間の遺品を回収してくださりありがとうございます」


そう頭を下げ感謝の意を示す彼に、良い上官だなと思い何か彼らの奉仕の精神に報いたくなった。

俺がそう思っていると、後ろて控えていた探索者協会の人であろうスーツの男性が前に出てきた。


「倉木さんお疲れ様でした。横浜上級ダンジョン支店長の大須賀といいます。今回の氾濫への対処と探索者の救助、それに30年以上振りの上級ダンジョン攻略。横浜支店を代表してお礼を申し上げます」


「私も探索者の端くれですからお礼は結構です。同じ探索者を救助できる余裕がある時には救助する。これは当たり前のことです。ダンジョン攻略はちょっと厄介なのがボスでしたので、放置できず私が勝手にしたことです。ご心配をお掛けしました」


「いえいえ、そんなに簡単にできることではありません。ましてや上級ダンジョン攻略など上位ランクが30人いてもできるかどうか……理事長が是非今回の件でお会いしてお礼をしたいと横浜支店に来ておりますので、お疲れとは思いますが御同行をお願いしたいのですが……」


「ええ、私たちも魔石の提出やら報告が必要ですので、これから向かうところでしたしね。その前に玉田さんと大須賀さんに、一つお聞きしたいのですがよろしいでしょうか? 」


「ハッ! なんなりと」


「私で答えられることでしたらなんでも聞いてください」


「今回の氾濫で、今後戦闘に支障が出る部位欠損をした方はどれくらいいるのでしょうか?」


「自衛隊では3名が腕や足を欠損してしまいました」


「探索者では2名ですね、優秀な者たちでした」


「そうですか……」


俺は周囲で俺たちの会話を聞いている、多くの自衛隊員や探索者に向け大声で伝えた。


「上級ダンジョンの氾濫で勇敢に戦った戦士たちよ! 聞いてくれ! 俺たちは確かにダンジョンを攻略した! だが途中で仲間を逃がすため、そして守るためにたった1人で地上に出ようとする魔獣の大群をその勇気と同じく大きな盾と! 仲間を守るという意志と同じ強い鎧で長時間魔獣の大群を堰き止めていた勇者の亡骸を見た! その亡骸は原型を留めておらず、それでもなおも前のめりで倒れていた! 仲間を守るために! 最後まで一歩も引かずその命の炎を燃やし尽くした! その勇者の名は西条一尉だ!」


「クッ……西条……」


「うっ……ううっ……」


「なんて人だ……あの人は俺たちの誇りだ……」


俺が大声でそう伝えると、玉田中隊長を始め皆沈痛な面持ち俺の話を聞いていた。


「俺はそんな勇者がいた自衛隊に! そして同じく戦場を共にした探索者の仲間たちに! 勇敢に戦い名誉の負傷で四肢を欠損した者たちに! 今回の上級ダンジョン攻略で手に入れた上級ポーション5本全てを贈ろうと思う! 是非受け取ってくれ! そしてまた誰かを守ってやってくれ! 西条一尉のように! 以上だ!」


「「「「「「「「オ……オオオオオオオッ!!!!」」」」」」」」


「マジか! いいのか!? 上級ポーションだぞ!」


「あんたすげーよ! なんなんだよ! やった! 仲間の腕が! 腕が元に! 」


「救世主だ! 俺たちの英雄だ!」


「信じられん! 貴重な上級ポーションを!」


「売れば大金になるのに無償で!?」


「なっ!? 上級ポーションを全て!? そんな……そんな……」


「ダーリン……ありがとう……西条さんを……うっ……うっ……だい……好き」


「光希……グスッ……光希……」


「倉木さん……ありがとう……ございます。これで……これで優秀な隊員を救えます」


「倉木さん! ありがとう! ありがとう! 探索者のためにありがとう!」


「いえ、命を失った方たちには何もしてあげれませんが、せめて四肢を欠損しても尚、西条さんと同じく勇敢に戦った者たちに再起の機会をと思ったまでです。これはお二人に渡しておきます。必ず今回戦った者たちに渡るようにしてしください」


「ハッ! 必ず……本人に私が責任を持って……手渡します! ありがとうございます!」


「はい! 私から必ず手渡しで2人に渡します。ありがとうございます」


「お願いします。では大須賀さん行きましょうか」


「ええ、ご案内します。さあみんな道を開けろ! 探索者はマスコミを抑えろ! こっちに近付けるな! 行くぞ!」


「「「はい!」」」


俺は西条さんへのせめてもの手向けにと、自己満足ではあるが彼の後輩たちに再起のチャンスと、これから色々と絡むことになるであろう探索者への打算で、元々俺の持つ上級ポーションを分け与えた。


玉田中隊長はもう顔面グチャグチャに泣いていて声も震えていたが、だからこそ信用できると思い上級ポーションをまとめて渡した。大須賀さんは俺を前に下手なことはできないだろうと思って渡した。

どこにでも権力を使って横槍を入れる奴らはいるからね。


大須賀さんは話をしている間に集まってきたマスコミから俺たちを守るように指示をし、探索者だけではなく、自衛隊員まで自ら参加して作ってくれた協会までの花道を俺たちは進むのだった。


俺たちは大須賀さんの先導のもと探索者協会に入り3階へと階段を上った。


そして階段を上がり、突き当たりにある部屋の前で大須賀さんは止まりドアをノックした。そのドアの上には支店長室と書かれていた。


「理事長、大須賀です。倉木さんご一行をお連れしました」


《入ってください》


「失礼します。倉木さんお入りください」


「はい」


俺は大須賀さんに促され先に室内に入った。室内は30畳ほどの広さに8人掛けのソファにテーブル、その奥に執務机がありその隣にも小さめの机があった。


その執務机には1人の若い女性が立ってこちらを見ており、俺もその女性に目を向け顔を確認したところで固まった。


「なっ!? シルフィ!?」


「あ……ああ……シル姉さん……」


「はい?」


160センチほどの身長に金色に輝く髪、鈴が鳴るようなよく通る美しい声。尖った耳と切れ長の目にスッと通った鼻筋に、キュッと締まった口元。何より目元にある泣きぼくろ。そして物語のエルフとは違いスーツを内側から押し上げている胸。やや首を傾げている仕草……そのどれを取っても俺がアトランで死に別れた恋人のシルフィーナそっくりだった。


俺は内心の動揺を抑え、すかさず鑑定魔法を発動した。




風精霊の谷のシルフィーナ


種族:エルフ


職業: 大精霊使い


体力:B


魔力:S


物攻撃:A


魔攻撃:S


物防御:B


魔防御:S


素早さ:A


器用さ:S


運:C


取得魔法: 中級鑑定魔法


種族魔法: 精霊魔法(契約時)


備考: 風の上位精霊シルフと契約



風精霊の谷? 風精霊の森ではなく谷……


俺はシルフィーナの鑑定結果を見て頭を傾げた。微妙に違う……エルフは自分たちの信仰する精霊がいる場所に里を作る。そうそう場所を移動などしない。俺の知るシルフィーナの故郷は風精霊の森だ。


それが谷とは……姿形も声も同じなのに故郷の名が微妙に違う。微妙に……ああそうか。吸血鬼と同じダンジョンから来たんだったな。


俺は動揺してつい昨日知ったことをすっかり忘れていた。ダンジョンにいる吸血鬼がアトランと似た世界から来た可能性があると、つまりそのダンジョンと一緒に日本に来た異世界人もアトランと似た世界から来た可能性がある。それなら死んだはずのシルフィーナがいても納得できる。


そうか、その世界のシルフィーナは生きていたんだな……


『蘭、ここにいるシルフィーナはアトランに似た世界から来た全く別人のシルフィーナだ。よく分からないと思うが、顔も声も名前も似た他人だと今は思ってくれ。理解できないだろうが今は堪えてくれ』


『は……はい……わかりました』


蘭はシルフィーナに懐いていたから混乱しているだろうな。だがこのままでは話が進まない。俺は自らも動揺する気持ちを抑え、全くの別人と思うようにし色々と情報を引き出す算段を立てながら、俺たちの反応が理解できないと首を傾げている理事長に話し掛けた。


「失礼しました。俺とここにいる蘭がよく知る昔の仲間に似ていたので少し動揺しました」


「え? あら、そうだったの……私以外のエルフと……そう……日本人から見たらエルフは皆顔立ちが似てるように見えるらしいからかしら? 別に気にしてないわ。それよりソファに掛けて、大須賀は席を外して」


「ハッ! 私はこれで」


俺たち4人は理事長の勧めに従い片側4人掛けのソファに座り、真ん中に座る俺の対面に理事長が腰を下ろした。


本当に似ている。黒いスーツを着て長い金糸のような髪をアップにまとめて眼鏡を掛けているが、俺がシルフィーナを見間違えるはずがない。いずれにしろ俺の素性を話すつもりだったから彼女のことも聞けるだろう。


そう思いながら彼女を見ると、大須賀さんがいた時とは違い柔らかい笑みで俺を見ていた。


「今回は上級ダンジョンの氾濫の鎮圧に加え、ダンジョンに取り残された自衛隊員と探索者たちの救出。更にはダンジョンの攻略にコアの破壊まで。探索者協会を代表してお礼を。ありがとう。貴方たちのお陰で被害を最小限に抑えられたわ」


「いえ、大事な恋人たちを救いに行っただけですから。自衛隊員も彼女たちの希望でついでに連れ帰っただけです」


「ダーリン……」


「光希……」


「ふふふ、モテるのね。それだけ強くて上級ダンジョンに単身で入っていく勇気があれば当然よね。貴方の強さや行動は勇者様のようですもの。会ってみて確信したわ。貴方とそちらのランさんは私なんて到底足元にも及ばないほど強いわ。異世界人には分かるのよ。相手の強さがなんとなくね。でないと生き残れない世界だったから」


「ええ、そうですね」


「貴方……ステータスを偽装してるでしょ?」


「ええ、その通りです」


「貴方は何者なのかしら?」


理事長は感謝の言葉を述べた後に、俺の偽装ステータスについて聞いてきた。


まあ予想通りだな。隠された数値は見れないが、厳しい環境で生き残った優秀な異世界人には本人から出る強さのオーラというのだろうか? そういうものとステータスのアンバランスさに違和感を覚えて偽装に気付く者も多い。


俺は自身と蘭に施していた偽装を解いた。


「今一度ご自分の目で確認してみてください」


「そう、そうするわ『鑑定』……え?……ま、まさか本当に……ゆ、勇者……様?……勇者様!!」


「ああそうだ。俺は勇者だ」


「勇者様……本当にあの……勇者様♡」


あ……目がハートだわこの子。このシルフィーナも重度の勇者オタクか……いや楽でいいんだけどさ。ここまで同じだとやっぱり同一人物にしか見えないよな。


はぁ〜……シルフィーナへの想いが蘇ってきて胸が苦しくなる。あれからもう8年も経っているのに調子狂うな。


「え〜あの〜理事長?」


「シルフィーナと呼んでください勇者様!」


「え、あ、はい。シルフィーナさん?」


「シルフィーナです」


「はぁ〜じゃあシルフィーナ」


「はい! 勇者様!」


「え? え? なに? 理事長が急に乙女モードに入ってるんだけど?」


「あの強くて凛々しく皆から恐れられてる理事長が……信じられない」


「やっぱりシル姉さんにしか見えない……」


あーもういいや、シルフィに敬語とかいらんだろ。あのシルフィだぜ?


「シルフィーナに聞きたいことがあるんだけど」


「はい!勇者様なんでも聞いてください。私のその、スリーサイズでもその……なんでも」


「あ、いやそれは今はいいよ。それよりもシルフィーナのいた世界の過去の勇者の名前と、魔王の名前を教えてくれるかな?」


「ええ、それでしたら全て答えられます! まず最初の勇者様がミナモトノ ヨシツ……魔王がノブナ……」


俺はスリーサイズを聞きたい欲求を堪えて、勇者オタクのシルフィなら完璧に答えられる過去の勇者と魔王の名前を聞いた。シルフィが答える名前はどれも俺が知るアトランの過去の勇者や魔王の名前とは全く違っており、日本の過去の武将が魔王になっていたりとびっくりする名前も出てきた。


「ありがとう。つまり最後に現れた勇者によって倒された魔王は、今から340年前という事なんだね?」


「はいそうです。私は私が生まれる前にいた勇者様に会えなかったことがずっと悔しくて……」


「シルフィーナも気付いてると思うけど、シルフィーナの世界の過去の勇者に俺の名前の勇者はいない。つまりシルフィーナの世界の勇者ではない」


「この日本のある世界の勇者様ではないのですか? ダンジョンを滅ぼすために遣わされた勇者様なのでは?」


「違う違う。俺は日本から異世界に召喚されて、そこで力を付けて魔王を倒して戻ってきた勇者だよ」


「え? でも私の世界に魔王は……」


「うーん……そうだ! シルフィーナは並行世界やパラレルワールドという言葉を知っている?」


「ええ、よく小説や漫画の題材になってますので……今いる世界と似て非なる世界ですよね? 」


「そう、その通り。まず俺が召喚された時に住んでいた日本にはダンジョンが無い。過去の日本とかではなく西暦も同じ日本でだ。今いる日本とは似て非なる並行世界の日本にいたんだ」


俺はシルフィならきっとこの日本で小説や漫画を読んでないはず無いと踏み、並行世界のことを聞いてみたら見事に知っていた。それから地名の違いや国名の違い、存在するダンジョンも微妙に違うことなど色々と話し理解してもらえた。


「……なるほど、つまり私がいた元の世界にもそういった並行世界があって、勇者様は私からみたら並行世界の魔王と戦い勝利した後に元いた日本ではなく、並行世界のこの日本に来てしまったと。確かに勇者様が塔タイプのダンジョンを見たことが無いというのはおかしいですね。私が生まれた世界では有名な塔なのに……」


「ああ、そういうことになるね。俺はこの世界の人間ではないし、俺が召喚されたアトランの世界で塔タイプのダンジョンは見たことも聞いたことも無い。この世界には現れてないみたいだけど興味はあるね」


「それでも魔王を討伐し世界を救った勇者様であることには違いありません」


「ん? まあそうだけどこの世界も救おうなんて考えてないよ?」


「え? それはなぜです? このままでは日本や世界は魔王どころかその前の氾濫で滅亡してしまいます。勇者様なら世界を救われるのが使命では?」


「何を勝手なこと言うのよ!」


「理事長! 光希になんの義務があるというのです! 光希は人類の奴隷ではありませんよ!」


「主様を利用しようとするなら、いくらシル姉さんの生き写しとはいえ滅ぼしますよ?」


「まあ、待て皆! 俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、勇者オタクとはこういうもんだ。いちいち気にするな」


「え? え? 私何か変なこと言いましたか? あ、あの……蘭さんの殺気が凄いんですけど……」


「蘭!」


「……はい」


「シルフィーナすまない、まあ召喚した側の世界の住人は皆そう思っても仕方ないと思う。ただ、召喚された側の勇者の話を少し聞いてもらえないか?」


「召喚された勇者様のお話……過去の勇者様の残された日記はどれも故郷の言語で当時は解読できなかった……そのお話を私に……はい! 是非お聞かせください!」


並行世界を理解したシルフィだが、やはり異世界の勇者オタク。悪気は全くないが勇者ならこうして当然という固定観念を持っていた。そのことに怒った凛と夏海と、シャレにならない殺気をシルフィにぶつける蘭を嬉しく思いながらもこの場は収めてもらった。俺の知るあの優しいシルフィならちゃんと説明すればわかってくれる。


そう俺は願いながらも俺が普通の学生だったこと。そこには友人や家族がいたこと。望んでないのにいきなり強制的に召喚され、命の危機のためやむなく知り合いもいない世界で戦いに明け暮れたこと。


何度も死にそうになったこと。そこで出会ったエルフの女性と恋人になったこと。世界のために戦っていたせいで、その恋人の危機に間に合わなかったこと。その恋人と死に別れたこと。そして魔王を倒し元の世界に戻れると思ったら並行世界で、また俺を知る人がいない世界に来てしまったことを話した。


最初は自分の知らない勇者の物語を聞けると、オタクよろしく嬉しそうにしていたシルフィだったが、望まず召喚され無理やり戦わせられていたというところで顔が曇り、世界のために戦ってたが故に恋人を助けに行くことができず死なせてしまったところで顔を下げ沈痛な面持ちとなった。そして魔王を倒したのにまた自分を知る人のいない世界に来た俺に、世界のためにまた戦うのは当然だと言った自分の発言に泣き出してしまった。


「うっ……ううっ……わたしなんてことを……ゆうしゃさまは強くて……うっ……困ってる人々を救って……くれるものだと身勝手に……勇者さまだって……うっ……普通の人間だ……ってことを考えもしない……で……うっ……ずめらぎざん……だだざん……らんざんごめんなざい……ゆうじゃざま……ごめんなざい……うわーーーーん」


「シル姉さん……主様がどれほど苦しんでいたか、わかってくれたならいいです」


「もうっ! わかってくれたらいいのよ……泣かないでよ理事長」


「わかってくれたならいいんですよ理事長」


「さ、シルフィーナ! みんな許してくれるってさ。俺もわかってくれたならいいさ」


「ぐすっ……うん……皆さんごめんなさい」


やはりシルフィだ……ちゃんと説明すればその聡明な頭脳と他人の痛みが解る優しさで、自分が俺のことを普通の人間ではなく、物語の勇者として見ていたことに気付いて皆に謝罪してくれた。


勇者なんて物語に出てくるような最初から秘めた力を持つカッコイイ存在なんかじゃなくて、ただ拉致されて脅迫されて無理やり戦わされて血みどろになりながら強くなっていっただけだからな。魔王を倒す前に死んだ勇者だっている。


俺は空気を変えるために蘭にコーヒーとハーブティを入れてもらい、皆でそれを飲みながら雑談をした。


凛も夏海も根に持つタイプではないので、そこは女の子同士どこどこ支店の支店長はセクハラ発言するとかあの支店の受付は酷いとかそんな密告をしていた。


蘭は死んだシルフィと今目の前にいるシルフィを、どう受け止めていいのか分からない複雑な心境なのが顔に出ている。俺はそっと蘭の手を握り念話で今は気にするな、時間がこういうことはある程度解決してくれると伝えた。


しかし蘭は自分のこともそうだが、やはり俺が過去を思い出して辛い思いをするのではないかと心配もしていたようだ。俺は確かに今は色々と整理がつかないけど、死んだと思った人間が生きてたなんて最高じゃないか? と言ったら蘭は俺を一瞬。狐なだけに狐につままれたような表情で俺を見てクスッと笑い、一言そうですねと言ってシルフィを優しい目で見るようになった。


なんだかんだと打ち解けて落ち着いた頃を見計らい、俺はシルフィに今後のことを相談するべく本題に入ろうとしていた。


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