十一狐 狐な彼女
侵入者の排除もあらかた終わり、落ち着きを取り戻す神界。
男は後退することもなく止まり続け焦る様子もない。
環が言葉を漏らした。
「何を企んでいる?」
「そういえば、その時が来るまで封印って言ってたと思うんだけど・・・。」
「そうだな。その説明をせねばなるまい。」
大国主命が重い口を開く。
「一緒に来てくれ。」
「密かに身代わりと入れ替え処刑されたことにし、時が来るまで封印してほしいと自ら申し出てきた。私は希望を失うわけにはいかなかった。それに、男は一途に女を愛し周りが見えなくなっていた。子供を奪われ、神界にいるとわかればなおさらだった。」
放心している惠末を抱え、環、巫女と共に大国主命の神殿の更に奥へ進んで行く。
前に来た家に着くと中へ入ると見知らぬ階段が廊下に現れていた。
「こんな所が・・・。」
階段を下りてゆくと一つの部屋にたどり着いた。
秀耶と環は驚きながら一つのポッドを見つめた。
「この人が惠末の母親・・・。」
目元と鼻筋がそっくりであった。
「待っておれ、いま封印を解く。」
大国主命が封印を解くとポッドの扉がゆっくりと開く。
「時が来たのですね。」
女はゆっくりと目を開きながら話しだした。
「藻(そう)、久しいな。」
「大国主命様、いままで惠末をありがとうございます。」
「なに、私は大したことはしておらん。」
藻(そう)が秀耶へ近付いてきた。
「あなたが惠末の大切な人ね。」
「はい。」
すると藻(そう)は秀耶の匂いを嗅いで、舐めはじめた。
「ん、おもしろい匂いがするわ。ここまで生き残ってたのも納得だわ。」
頷きながら惠末の元へ向かう。
「大きくなったわね。でも、あなたはここで何をしてるの?」
唐突に右手で強烈な平手打ちを見舞い部屋に音が響き渡る。
突然の行動にその場は凍りついた。
だが、惠末の意識が戻ってきた。
「かあさま?」
「大切な人できたんでしょ。護るんでしょ。何を呆けているの。」
「だって、私が原因で争いに!」
「あなたは私と違って力身使えるじゃない。それに子供もちゃんと産める身体。母親としてなにもしてあげられなかったけど、後悔しないように背中を押すことくらいはできるから。」
「秀耶さん、改めて御礼を。惠末と出逢い一緒にいてくれてありがとうございます。」
深々とその頭を下げた。
「頭を上げてください。一緒にいたい。それだけなんですから。」
そう言うと秀耶は惠末の手をしっかりと握った。
「秀耶・・・。」
握り返す惠末。
「さて、本題ですが、あそこにいるのは間違いなく主人です。私達を取り戻しに来たのは間違いありません。ですが、他の力が見えます。おそらく意識はほとんどないはずです。」
「何かが目的のために暴走してるってことか。」
「はい、いま動かないのは死んだはずの私の気配を見つけて混乱しているのかもしれません。」
「すると、少しは話す余地がありそうだね。」
「ええ。環さんといったかしら。あの武装する札を頂けるかしら、会ってきます。」
翼を得ると時間は短くなっていたが先読みの力は健在だった。
残存戦力の攻撃をいとも容易く掻い潜り接近していく。
「あなた、私はここにいます。」
届く距離まで接近して声をかけると攻撃が止んだ。
「本当に藻(そう)なのか。」
「はい、藻にございます。訳あって封印していただいておりました。生存を伝えることもできず寂しい思いをさせてしまいました。」
藻が男を抱きしめると言葉を漏らす。
「暖かい・・・。」
(その女はお主を欺いたものぞ。)
男の頭の中に声が響き頭を抱えて苦しみだす。
「うっ、ぐっ。」
「この気配!」
秀耶が感じた気配は封印されたはずの者と同じだった。
「離れろ!天若日子(あめのわかひこ)だ!」
叫んだが一足遅かった。
藻は男が正気を取り戻したことにより油断していた。
男の手に握られていた剣(つるぎ)が藻の身体を貫く。
「えっ。」
「どうかいくぐるか何度も何度も考えていた。油断したな。」
男からニヤリとほくそ笑む顔が覗く。
「複製はほぼ死に絶え、残るは子供のみ。これでようやく復讐が果たせる!!何が調和だ!!絶望せよ!!」
男の笑いが響き渡った。
確認へ行った配下からの報告が入る。
「地下に封印されたままです。」
「ではなぜ、同じ力が!」
「かあさま!!」
飛び出しそうになる惠末を秀耶はしっかりと抱き止める。
「離して!かあさまが!」
「だめだ、二の舞になる。」
藻から剣が抜かれると崩れ落ちた。
「這いつくばるのは早いぞ。」
髪を掴み藻を引きあげると睨みつける。
おびただしい出血で意識が朦朧(もうろう)としていて焦点が合っていなかったが秀耶の方を見て口を動かしていた。聞こえぬはずの声がたしかに頭の中へ響いてくる。
(惠末をよろしく頼みます)
それを聞いた秀耶の直感が危険を知らせて叫ぶ。
「防御壁急げ!!」
その直後、眩い光とともに衝撃がやってきた。自らの力を暴走させて自爆して一矢報いたのだった。
煙が晴れると再び顔を覗かせる男、いや、天若日子(あめのわかひこ)。
「やってくれたな・・・。だが、手心を加えたようだな。」
焼け残った藻から核を取り出して喰らうと焼けただれていた肌は元通りになっていた。
そこへ参参参漆号と素戔嗚尊(スサノオノミコト)が解放を終えた複製体達を連れて現れる。
「戦闘向きなのは約五百。侵入者の排除もじきに終わる。これはどういう状況か?」
秀耶が惠末の代わりに話す。
「ああ、こっちもあらかた片付いたんだけど、天若日子(あめのわかひこ)の残り香が取り憑き暴走しているみたいでね。惠末の母親が殺された。で、どうしたらいいのか悩んでるところ。」
「そうであったか。惜しい人を亡くした。」
「さて、お遊びはおしまいだ。」
治療をしていたはずの二〇一号が男の前に地面から現れた。
「これで終わりにしてくれる。自分らが作ったもので滅びるがよい!」
虚ろな表情をしており操られていることは明白だった。
「いつの間に!」
巨大化しながら解放される力が大気を伝わって危険を知らせる。
「お願い、秀耶。嫌いにならないでね。」
直後に惠末が秀耶の唇を塞ぐと意を決したように後ろを向く。
「刺し違えてでも守ってみせる。」
「いま、真(まこと)の姿をここに。」
徐々に力が溢れ出し、巨大化しながら九尾の姿へ変化しいき、真っ白で艶やかな毛並みの惠末が現れた。脚にもたれかかると柔らかく秀耶は沈み込んだ。
「お前の帰る場所はここだ。必ず戻ってこい。」
無言で頷くと颯爽(さっそう)と駆け出してあっという間に小さくなっていった。
追いかけたくても足手まといになってしまう秀耶は惠末を見つめて立ち尽くす。
「既に我々が手に負える次元ではない。あちらは任せて男に集中するぞ。」
天照大神が声をかけると策を練りはじめる。
二〇一が控えていたとはいえ、一切戦闘に参加してなかったのが気になっていた秀耶は口を開くと地図を指差した。
「なあ、ここって何があるんだ?」
「ああ、廃墟となった研究施設だ。」
「まだ動くの?」
「ああ、旧式だが旧管理者の生体認証がなければただの廃墟・・・。」
大国主命が話し始めたその時、観測班より報告が入る。
「旧研究施設よりエネルギー反応発生!」
「使えるのか?!まずい、藻の複製体が!!」
ポッドごと建物から引きずり出され地表に現れた。
「喰らえ二〇一号。」
男が命じるとポッドごと丸呑みし惠末向けて走りはじめた。
「冗談よしてよ。」
惠末は駆けながら呟いた。
「お願い、目を覚まして二〇一。」
立ち止まり対峙する惠末と二〇一、先読みの力を手に入れたのに仕掛けてこない二〇一。
「どうした二〇一、やれ!!」
「ころして。」
苦しみながら告げると二〇一の支配が強まり目から光が消えた。
「まだ意識があったか。殺(や)れ。」
「二〇一・・・、楽にしてあげる。」
掛け声とともに読み合いが始まった。
少し体を動かし手をかけようとしてはお互いに体勢を変えてゆく。
少しでも隙を見せれば致命的な一撃を見舞われ、死に直結する未来が見えていた。
素戔嗚尊(スサノオノミコト)と複製体達が男(あめのわかひこ)と対峙する。
先読みの力を手に入れても男は人間の体で反応が追いついていない。
「くっ、身体が!」
ジワリ、ジワリと手傷を負わせてゆくが決定打に欠けていた。
「なにか良い手は・・・。」
素戔嗚尊(スサノオノミコト)も少しずつ消耗し焦っていた。
一方、惠末たちはというと睨み合いを続きこう着状態に陥っていた。
「これじゃ、埒(らち)があかないわね。」
じわじわと滲み出て垂れる汗、精神を消耗しつつも惠末は進行を食い止め、手が出せない秀耶は一枚の札を手にしながら遠くから戦いを見守っていた。
「環、お願いがある。」
「改まった顔をしてどうした。」
秀耶の真剣な表情に環は困惑していた。
「もしものことがあったら、惠末を頼む。」
秀耶は環が手を見つめていること気付くと持っている札の説明をはじめた。
「惠末のお母さんから託されたやつだよ。」
「藻がか?これは・・・!」
大国主命が驚く。
「先読みの力を擬似的に再現するやつなんだってさ。」
「いかん!それに人間には負担が大きすぎる!他の者に!」
「危険は承知さ。今は互角でもいずれは破られるし、敗北だけは避けなければいけない。死してでも繋がなきゃいけない未来もある。それに私用に調整してあるんだ。他の者には使えないよ。」
「そこでだ。天若日子(あめのわかひこ)の協力を仰ぎたい。彼女からの願いでもある。」
大国主命は秀耶の目を覗き込むと決断した。
「わかった。運命を君たちに託そう。天若日子(あめのわかひこ)をここへ!」
「到着までに概要を話しておきます。」
「頼む。」
「準備が整うまで戦闘員には出来るだけアイツを消耗させてもらう。非戦闘員の複製体たちを観測組と演算組に分ける。観測したことを演算し、それを参参参漆がビジョンとしてまとめあげて私に流す。参参参漆、お願いできるかな?」
「引き受けよう。勝たねばこの先はない。」
「文字通り、種族、立場の垣根を超えた総力戦、いや、共同作戦になるよ!!よろしく頼む。」
秀耶は深々と頭を下げお願いすると隣で天照大御神(あまてらすおおみかみ)も頭をさげていた。
「私からもお願いする。この通りだ。」
それを見た者たちは次々に賛同し最終決戦へ向け準備に乗り出した。
「ありがとうございます。天照大御神(あまてらすおおみかみ)。」
「なに、この頭一つでどうにかなるなら安いものだ。それと天照(あまてらす)でよい。呼びにくかろう。」
頭をあげると天照(あまてらす)は言い放つ。
「なんとしてでも設備を防衛せよ!今こそ我らの力を見せてやる時ぞ!!」
さらに盛り上げを見せ士気は更に上昇した。
「なんだこの嫌な感じは。」
男は妙な気配を察していた。
各隊より準備完了の報告が次々と入り順次、出撃してゆく。
その中、天若日子(あめのわかひこ)が到着した。
「事情は聞いた。意図せぬ残り香が迷惑をかけているようですまぬ。手伝わせてくれ。」
「きっと、そういってくれると思った。弱点みたいなのがあったら教えてほしい。」
「弱点か・・・。」
「嫌なのはわかる。頼む。」
「いや、そうではないのだ。弱点らしい弱点というのがなくてだな。一度、右腕を切り落とされたことがあって感覚がない。憑依状態でこの情報は役に立つのか?」
「なにかしら役に立つさ。」
「では、はじめようか。波長は私が合わせよう。」
「ありがとう、はじめるよ。」
秀耶と天若日子(あめのわかひこ)は深呼吸をし、惠末と同じように札で天若日子(あめのわかひこ)を身に纏いはじめる。
想定通り起こる無意識下での拒絶反応。出力、形状が安定しないどころか動くことすらままならない状況へ陥った。
膨大な量の記憶がお互いに流れ込み天若日子(あめのわかひこ)の不安が伝わってくる。
「(天若日子、過去に囚われるな。手伝ってくれると言った言葉、最後まで信じる!)」
惠末と出会いの記憶は天若日子(あめのわかひこ)の心を改めて揺さぶっていた。同じ種族でも裏切られ、貶められ惨めな思いをした。
なぜ二人はお互いを愛し許し合えたのか。偽物と暮らしていたのに騙されていたのに何故なのだと・・・。
「何故だ!何故なんだ!」
唐突に叫び出す天若日子(あめのわかひこ)。
「理解しようとするな感じろ。起こったことはしょうがない!いま見ているのはまやかしだ。先にあるものを見ろ、帰ってこい!」
札に憑依させた天若日子(あめのわかひこ)を優しく包み込んで語りかける。
「この鼓動が聞こえるか?」
「温もりが伝わるか?」
「みんなの声が聞こえるか?」
「天若日子(あめのわかひこ)と私に皆が期待している。辛さを知っている君がこの声を無視できるのか?」
心が天若日子(あめのわかひこ)に届く。
「そうだ、一時の感情に身を任せ叛逆者なった。だが、絆を見せつけられ敗北し改心したばかりであったな。」
膝をつかなければならなかったほど重かった身体が徐々に軽くなり立ち上がってゆく。
「私は誓った。処刑間際に飛び込んできて助けてくれた男・・・。」
「そうだ、お主だ。秀耶に誓った!次に目覚める時には力になると!」
「友が困っている時に手伝えなくて何が友だ!」
天若日子(あめのわかひこ)がそう叫ぶとたちこめていた暗雲から光が差し込み二人を照らした。
「待たせたな友よ。今はこの光が暖かい。」
「遅いって死ぬかと思ったわ。だけど、よく乗り越えてくれた。」
二人は大声で笑っていた。
「身体の操作は私に預けて君は予知の方に集中して投影をしてくれ。」
「おう!身体は預けるぞ友よ!」
「藻(そう)殿の期待にも答えねばなるまいか。大変な仕事を残してくれたな。どこまで見えていたのだろうな。」
「(それは検討もつかないね。私達が新たな架け橋となろう。)」
「命尽きても打ち破る。」
「(準備はいいよ。いつでも。)」
二人が戦場に再び降り立つと既に総攻撃の最中だった。
「おいでなすった!道を開けろ!」
指揮官が伝令を飛ばす。
目標まで一直線、全力で駆け出し一気に間合いを詰めると素戔嗚尊(スサノオノミコト)からバトンを引き継ぐ。
「あとは任せてください。撤退を。」
「秀耶・・・、いや、天若日子(あめのわかひこ)か。頼むぞ。」
それ違い様に語り合うと鋭い突きを胸にお見舞いした。
「くっ!」
回避行動に移られ傷は浅かったがこれで十分だった。放ったのは呪いの類。
「一つ!」
追撃の手を緩めない。何をされたのかわかったのだろう。
調和の取れた連携は凄かった。次々と斬撃を繰り出し男は防戦一方になる。
「同じ力のはずなのに何故だ!」
男は吠える。
「支配することしか見えてない貴様にはわからんだろうよ!」
二本目の剣を繰り出し二発目を男にお見舞いした瞬間に動きが鈍る。
「ぐっ、身体が!貴様、何を!」
「封印されている間も考え続けていた。いずれ現れるもう一人の自分が現れたらどうしたらいいのかと!」
(一方、戦闘開始前の地下施設内では)
「全員の接続を確認。システムロック解除、使用エネルギー増大、負荷第二段階へ突入。」
「各個、予知分析開始。不確定要素排除、出力開始。」
「時間誤差修正・・・、同調完了。」
「戦闘開始、負荷上昇を確認。」
「精度、九十九.九パーセント。」
「未知術式起動、分岐増大、負荷第三段階へ突入。これ以上は危険です。」
「三名、意識消失。演算に影響無し。」
「救護班は直ちに処置を開始してください。」
滑り出しは順調だったが未知の術式により負荷が上昇し倒れる者が徐々に増え出す。数値上は変動がほとんどなかったが、僅かながら影響が出はじめていた。
秀耶と天若日子(あめのわかひこ)は中で会話をする。
「(秀耶殿、演算がズレはじめているぞ。)」
「(たぶん、編み出した術式が影響してるんだと思う。記録にないことは予測も立てにくい。)」
「(なるほど、早めにケリをつけねばなるまいか。)」
「(だけど、それは向こうも同じ。それに演算人数はこっちも方が上、勝機は十分にある。)」
「(起点、肉体、力、魂。一突きで一つ、順に呪いをかけてゆく。四回突ければそれでそれで終わりにできる。)」
「(それだけわかれば十分!こっちで絞る。そのまま回せ!)」
直後から神力の使用量が跳ね上がり体温が上昇していくのを感じる。
「秀耶殿の体温が上昇中、このままでは!」
「冷却急げ!」
観測班より報告を受け環が指示を飛ばす。
「すでに術式により冷却を開始していますが抑えられません。」
「自分で処理をはじめたか。早まるなよ。」
すぐに悟った環はシステムを通じ伝える。。
「(秀耶、五分だ。それ以上は身体が持たない。)」
「(だそうだ、天若日子(あめのわかひこ。)」
「(あと二回・・・。)」
「どうした、キレが落ちてるぞ。おまえも先が見えないか。」
「条件は一緒だ。ここからは実力勝負だな。」
天若日子(あめのわかひこ)は悟られないように隙を伺う。
「はぁっ!」
幾度もの剣戟(けんげき)を繰り広げ三撃目をお見舞いする。
「ぐっ!力が!呪いか!」
「今更気付いても遅い!」
力を封じた二人は優勢で立て続けに最後の一撃を放とうとした瞬間だった。
身体が動かない・・・。
とっくに五分以上経過し身体、脳ともに限界を超えていた。
「くっ、このタイミングで!秀耶殿!!」
秀耶は意識が朦朧(もうろう)として反応がなくなった。
「(ああ、ヤバイ・・・。)」
離れたところで戦っていた惠末が異変を察知する。
「秀耶!」
助けに駆け出そうとするが二〇一に阻まれる。
「二〇一!お願い目を覚まして!!」
不確定要素は多かったが『秀耶の死』、必ずそこへ行き着く未来を見ていた。
動けなくなった身体に強烈な一撃が入る。
天若日子(あめのわかひこ)によってダメージは防げたが、そのまま惠末の方へ飛ばされて地面に転がる。男はすぐに追い着いた。
「大切な人との別れだ。特等席で見せてやろう。殺(や)れ!」
掛け声と共に二〇一の猛攻が始まった。
真っ白な毛が血によってどんどん赤く染まってゆく。
「秀耶!お願い立ち上がって!」
「おい、惠末、動くなよ。今すぐにでも殺してしまいそうなんだから。」
「(ああ、惠末の声が聞こえる。)」
人質として囚われてしまった秀耶、手を伸ばそうとするが身体が動かない。
すぐ側にいるのに惠末に手が届かない。
だけど、すぐ側にいるいつもの安心感が心のから広がる。
「(なんだ、暖かい。)」
身体の中から湧き上がるものだった。
昔、惠末に噛まれた傷が疼く。自分の手なのに違和感を感じた。
その時、辛うじて維持していた術が強制解除されて天若日子(あめのわかひこ)が放り出された。身体を動かそうとするが強烈な一撃を受けた影響で行動不能になっていた。
「ほう、分離したか。厄介な天若日子(あめのわかひこ)から先に始末するとしようか。」
「あーーっ!」
左手を踏まれた天若日子(あめのわかひこ)は声をあげた。
纏っていた防具が無くなったことで秀耶の肌が露出し、惠末は秀耶の右手に起こっている異変に気付いた。
「(あれは!どうにかして触れないと!)」
秀耶の右手を噛んだ際に入り込んだ惠末の細胞が時間をかけて侵食し同化、惠末の力に呼応し活性化していた。
血管を巡り全身へと渡った細胞が徐々に活性化していく。
その時、ピクッと秀耶の右手指が動く。
「(身体が動く?)」
その気配に男と二〇一の視線が惠末から逸らされ、二〇一の攻撃も止んで隙が生まれた。
今しかないそう思った惠末は力の限り秀耶の右手を目指して駆け出した。
「しゅうやーーーー!」
気付けば声を出し秀耶以外は目に入らなくなっていた。
「もっと速く!」
塞がりかけたいた傷口が開くが痛みを堪えて更に加速する。
二〇一は慌てて追いかけるが引き離されてゆく。
「動くなと言った!!」
男は秀耶めがけて剣を降ろす。
「あーーーっ!」
惠末はギリギリの所で秀耶に覆いかぶさるが防御が間に合わず二人を貫いた。
剣を引き抜くと二人からおびただしい出血がはじまった。
「手間が省けた。自らやられに来るとはな。」
「惠末・・・。」
「秀耶・・・。」
最後の力を振り絞って秀耶の右手を顔を近づけ、両手で包み込む。
「ありがとう。秀耶が秀耶のままでいてくれてよかった。」
「別れの挨拶は済んだか?終わりにしてくれよう。」
再び剣を振り上げ、塵も残さぬよう最後の攻撃体制に移り力を溜めはじめた。
「秀耶、今こそ一つに、私を使って。」
惠末が傷跡と同じ部分を噛むと力が溢れ出し、男は慌てて剣を振り下ろした。
「なにをした!」
直後に二人は光に包まれ男を吹き飛ばし地面に転がった。
「傷が!身体が動く!」
二人は立ち上がり向かい合う。
「秀耶、よかった!二度も失わなくてよかった。」
涙を浮かべながら秀耶に抱きついた。
「一体なにが?」
「説明は後、最後の仕上げよ。」
惠末は秀耶の右手握りながら口付けを交わした。
「もう二度と離れない。一緒に戦って。」
今度は惠末が白い光に包まれると右手に吸い込まれていく。
「なんだ?なにが?」
「(もう二度と悲しませない。鼓動、息遣い、記憶、全てが伝わってくる。)」
秀耶は身体の中から声が聞こえてくるのを感じた。
「声が?身体が!」
惠末と同じ白い毛が身体から生えてくる。
「貴様!なんだそれは!!」
「これが切り札。あなたの負けよ。」
二人は中で手を取り合っていた。
「文字通り一緒になったの。噛んだ傷がそのままでよかった。」
「傷?そうえいば、そこから暖かくなって動くようになったっけ。」
「長年かけて私の細胞が秀耶と同化したの。当時は神力が使えなかったから眠りについていたけど、さっき近くに来た時に感情に呼応して眠りから覚め、九尾の回復力は秀耶の身体をどんどんと治しっていったってわけ。」
「でも、なんで一緒になって?」
「秀耶も今は私達と同じようなもの取り込んで力を使えるってわけ。違うのはお互いの意識があるということだけ。」
変化した身体が徐々に馴染み、更に力が巡ってゆく。
「なんだ、その力は!なにをぼーっとしている!やれ!」
男は立ち上がり、再び攻撃を命じると追いつき惚けていた二〇一はそのまま爪で切りつける。
「ワォーーーン!!」
「二〇一、ごめんね。苦しかったよね。もういいのよ。解放してあげる。」
涙を流しながら仕掛ける二〇一の攻撃をその身に受けながら語りかけた。
惠末が額にある刻印を一突きすると動きが止まった。
「どうした、二〇一やれ。」
男は再度命じる。
「もう二〇一は戦えない。封じさせてもらったわ。」
惠末は哀れみの目で男を見つめる。
融合した二人に恐怖を感じた男は切りかかるも届かない。
「くそっ!くそっ!」
「もうそれも届かないわ。避ける必要すらないの。」
「私たちの種族は想いの強さがそのまま力になるの。出会いも特別、死をも乗り越えお互いを信じ今ここにいます。護りたい、時には護ってもらいたい、時には一緒に戦い、一緒に疲れを癒し愛し合う。」
「確かに私は戦乱の元でした。でも、そのおかげで感情を手に入れ様々ことを理解できるようになった。天若日子(あめのわかひこ)の仕業によってこの手で秀耶を手にかけた時は恨んだけど、抱えていた苦しみを知ることができた。そして、いまここにこうして共闘してた。悪いこともあったけどこうして繋がることができたのはかけがえのない絆なの。ここにいる皆んなとの繋がりなの。」
「俺は奪れ悲惨な人生を歩んだ。その事実は変わらない。」
「時間はかかったかもしれない。でも、ここにこうして私は戻ってきました。かあさんとも再開できたのよ。」
「大切な時間を奪われた。藻(そう)はもう戻らない。」
突如、二〇一から声が聞こえてくる。
「あなた、もういいの。次の世代へ託しましょう。」
次の瞬間、昔の藻の体へと変化していく。すると男は頭をかかえて苦しみだす。
「やめろ!その姿を見せるな!しゃべるな!」
藻の姿となったそれは男を両腕でしっかりと包み込んだ。
「惠末、侵食されすぎてこの人は元には戻れないわ。複製核もこれで最後。今度こそお別れね。」
「かあさん、なにを言ってるの?時間がかかっても方法は探すって!!」
不意に惠末の涙が流れるのを秀耶は感じた。
「秀耶さん、惠末と出会ってくれて本当によかった。この人と同じ優しい目をしているわ。末長く惠末をよろしくお願いします。」
「いや、いや!」
「惠末、わがまま言わないの。惠末の大切な人を一目見れた。それだけで満足よ。」
「さあ、早く。長くは抑えてられないわ。」
「秀耶さん、よろしくお願いします。」
目が合うと秀耶は頷く。
「頼まれました。」
「秀耶もなに言ってるの?!」
「惠末、わがまま言っちゃいけないよ。」
秀耶は右手に集中し最大級の狐火を纏う。
「やめろーーー!」
男の声が響き渡る。
力が溜まると惠末の静止を振り切り、先読みを使って核を正確に拳で撃ち抜いた。
「あなた、やっと二人っきりになれるわね。」
先に侵食核が砕け散ると一瞬、意識が戻る。
「藻か、皆にも迷惑をかけたようだな。」
そのまま火は二人を包み込み炎へと変わる。
惠末は手で叩くが消えることのない炎は核さえも焼き尽くし塵さえ残すことはなかった。
全力を出し切り維持できなくなり融合が解除される。
「なんで、なんでよ。」
そう言いながら、惠末は秀耶の胸を叩くが力が入ってなかった。
今度は秀耶が惠末を両手でしっかりと抱きしめた。
「私だって悲しいよ。挨拶できたばかりなのに。」
流した涙が惠末の額に落ち気持ちが伝わる。
「秀耶・・・。私の代わりにありがとう。」
二人はそのまま少し家族との別れを惜しんだ。
「さあ、大変なのはここからだ。同じことがまた起こるかもしれない。しっかりと道標にならないと。」
「うん。」
「さ、皆んなが待ってる。帰ろう。」
いつの間に晴天になり二人の新たな道を祝福するかのように照らしていた。
手を繋ぎながら神殿へ戻ると勝利の報告をいれる。
「戻ったよ。塵一つ残さず片付けてきた。」
「二人ということは旅立たれたということか、寂しくなるな。」
一番傍に寄り添ってくれていた大国主は少し残念がっていた。
戦いの被害は人間界まで及んでいた。
しかし、幸いなことに神界の皆んなが頑張ってくれたお陰で結界崩壊は免れ、影響は色濃くでることはなかった。
死者もなく、自然災害クラスの損壊で建物の修復も神族も総出でとりかかり平穏を取り戻しつつあった。
これを期に人ならざる者が人間界で暮らしているという事実が一気に広まった。
自ら名乗り出る者も多く、二人の住む地域だけでも四分の一というのが判明し、既に社会へ馴染み人間と共に歩んでいたことがわかった。
当初こそ混乱はあったがじきに落ち着きを取り戻し、いつもの日常へ戻っていた。
変わったことと言えば、自分の姿を偽ることなく街中を出歩けるようになったことであった。
もちろん、現実を受け入れられず差別や暴力へ走る人間もいた。
そのため、二人は保護施設立ち上げて収容しケアをはじめた。
それから四年後、徐々に収容人数も多くなり手が回らなくなってきた頃・・・。
一人の女性と一人の男性が施設を訪れてきた。
女は正体を告げ手をあげられ家出をして行くあてもなくなり、
男は家出した女が見つからず罪滅ぼしをしたいと現れた。
運命は二人を再び引き寄せた。
惠末は女、秀耶は男の面談を行っていた。
両者は面談を終えると廊下へと出た。
するとお互い見知った顔に驚いていた。
「知り合い?」
惠末と秀耶はハモり、
「話をした・・・。」
男と女も言葉が重なり、涙を浮かべながら歩み寄る。
「会いたかった。」
抱きしめあい涙をながす。それ以上の言葉はいらなかった。
「雨降って地固まるか。ちょうど後継者も見つかったようだね惠末。」
「うん、この二人なら問題なさそうね。」
二人が融合した姿は命を共有し死する時まで一緒にいられるようになった反面、命を削り力を引き出す諸刃の剣であった。
「十年後までには間に合いそうだな。」
秀耶は惠末の手を握ると握り返してきた。
「そうね。独り立ちする姿が見れないのだけ心残りだわ。」
話をしていると、突如として二人の手を小さな手が握ってきた。
「まま、ぱぱ、わたしも~~。」
惠末は女の子を出産し四歳になっていた。
「ねえ、なんのおはなし?」
「ん~?咲耶(さくや)がもう少し大きくなったらね~。」
「も~、いじわるぅ~。」
「パパと一緒に大事なお話があるからお部屋で少し待っててね。」
「は~い。」
部屋に戻るのを見届けると若い二人を別部屋へ案内した。
「お二人に大切なお話があります。」
惠末が真剣な表情に二人は緊張する。
「惠末、そう硬くなるなって。若いのが緊張してるじゃないか。」
秀耶が口を出し交互に話をはじめた。
「英雄なんて呼ばれてるけど老い先短かくて、後継者を探していました。」
「君たち二人は別れたあと、ここへ自然と集まり再開した。」
「お互いを想いやる心は本物だった。そう感じた。」
「この世界がいつまでも続くように次の世代へ託し続けなければいけない。」
「私たちは君達にその役目をお願いしたいと思っています。」
「私達の命が尽きるまで十年しかない。だから、娘のこともお願いしたい。」
「いきなりで重い話かもしれないが、乗り越えて再開した君たち以外には考えられない。」
秀耶の言葉に男と女は呆気にとられていたが、一呼吸をおき惠末と秀耶が手を差し出すと二人はお互いに互いの目を確認して手を取った。
「ありがとう。」
「歓迎するわ。」
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