七狐 覚悟

あめ色事件は収束を迎えた。

惠末の意識が回復し、精密検査を終えると人間界へ戻れることになった。

主犯である天若日子(あめのわかひこ)は捉えられ封印処置を施されると眠りについた。

加担した者達は力取り上げられ神界での記憶を忘却、人間界へ追放された。

今度こそ平穏な日々を取り戻した二人は仲睦まじく暮らしていた。

そんなある日の出来事であった。


「秀耶~、お腹すいた~!」

「はい、はい、いま持っていくからな~。」

台所を出ると惠末の部屋へ向かった。

事件の反動でボロボロだった彼女は一時的に一人では満足に動けない状態が続いていた。

「式神を用意してくれるって言ってたんだから、お願いすればよかったのに。」

「嫌よ。魂のない人形に看病されるなんてごめんだわ。」

帰ってきた時も一人で気丈に振る舞い、玄関を開け出迎えると同時に気を失い倒れこんできた。

「それに秀耶がしてくれるからこそ意味があるの。」

神経もボロボロで激痛が走ってるはずなのにニッコリ微笑んだ。

「じゃ、冷めないうちに食べようか。今日はカレー饂飩(うどん)だ。」

「ねえ?なんでカレーばっかりなの?嫌がらせ?」

「カレーを作ったということはこういうことだ。気にするな。」

神界で作ったカレーをお気に召したようだったのでそのまま持って帰ってきていたのだった。

でも、文句を言いつつも口を開けねだってきた。

「あ~ん♪」

カレーにしたのはどんな食べ物でも溶け込ませられ噛まないで済み、栄養的にも摂らせやすかった。

饂飩(うどん)は短めに刻み、ほとんど噛まないでも飲み込めるようにしてあった。

「少しでも楽に食べれるように頑張ってるんだからな~。」

口を開けて、入れてもらっては飲み込み、食べることに集中している彼女の耳には聞こえていないようだった。


「ごちそうさま。」

食べ終えてそう言うとモジモジしていた。

「また連れていってくれぬか。」

「どこへ?」

わかっていながらも秀耶はとぼけた。

「ばか、そういうのはいいから!」

お姫様抱っこで抱き抱えると廊下へ出て連れていくと腰掛けさせた。

そう、トイレに行きたかったのだ。

「耳塞いでてよ~」

「はいよ~、この間に食っちゃうから呼んでな~。」

声が聞こえないといけないのでドアを軽く閉めると台所へ向かい自分の食事をはじめた。

(ズルズルッ!!)

「うん、カレーは万能だな。」


(一方トイレでは)

「はぁ~、弱ってるなんて滅多にないのにな・・・。」

いつも、惠末​から誘っていたがこんな状態なので声をかけれずにいた。

なにより、事件のせいでスキンシップをする時間が全く取れないでいた惠末は鬱憤が溜まっていた。


それは秀耶も同じであった。

(台所へ場面は戻る)

「はぁー、今こんな時にしたいって言ったら最低だよなきっと・・・。」


そして、二人は合図を思い出した。


「秀耶~、お願い。」

どうやら終わったようだ。

「おう!今いくよ~。」

ドアを開けると惠末が尻尾を抱きかかえていた。

顔を真っ赤にし、あまりの恥ずかしさに尻尾で顔を覆ってしまった。

「うん、ベットに戻ろうか。」

抱き抱えるとベットへ戻った。

「でも、身体は大丈夫なの?」

「なんだ、そんな心配してくれてたのね。」

「だって、痛いんだろ?」

「薬で抑えてるから少しくらい大丈夫よ。」

久しぶりに抱き抱える惠末の尻尾。より一層、触り心地がよかった。

聞こえてくる彼女の息使い。

「んっ!」

根元の敏感な箇所に触れ不意に漏れる声。

顔を真っ赤にしながらもとても気持ち良さそうに悶えていた。

結界で声は外に漏れることは決してない。思う存分に声を出し惠末は求めた。

「もっと!」

高揚していく二人。

腰帯に手をかけて解き浴衣をはだけさせた。

露わになる絹のようなきめ細かい肌。

そして、事件の無数の傷跡。

その一つ一つに手を触れていく。

「無粋よ。」

むくれた惠末の顔が飛び込んでくる。

「今は忘れて楽しみましょ。」

耳を甘噛みし行動で返事を返すと変な声が漏れた。

「ふぁ~。」

「ばか、いきなり耳を・・・」

喋り終える前に口で塞いだ。

蕩け眼(とろけまなこ)の惠末はそのまま身体を預けてきた。

秀耶も服を脱ぎ、身体を重ねて過ごした・・・。


行為を終えるとお腹をさすり、吸い込まれるように腕の中で惠末は眠りについた。

夜中、惠末はうなされていた。

秀耶は寄り添い見守ることしかできなかった。


翌日、気付くとお昼だった。目覚めると惠末が隣にいなかった。

着替えて台所へ向かうとベランダに人影が見えた。

「惠末、おはよう。」

「おはよう!」

弱々しい声が返ってくると思いきや元気な声が返ってきた。

「立ち上がって大丈夫なのか?」

「うん!いっぱい元気もらったから!」


後でわかったことなのだが、もう一人の自分を取り込んだことで強力になり暴走気味の状態になっていたらしい。力を使いすぎないように封印、神力の取り込み制限処置を施されていた。

神界で生活していた秀耶は無意識のうちに力を取り込み溜め込んでいた。

身体を重ね、繋がった際に彼女へ直接注ぎ込み取り込まれた。


「いっぱい分けてもらったからもう大丈夫。もうじき全部治るわ。」

腕を見せると腕の傷跡が徐々に消えているところだった。

ふと、門の外に誰かいるのに気付いた。

それは手を振っており、よく見ると環であった。

「いま行くよ!」

一階へ降りて玄関を開けると招き入れた。

「玄関でよい。封印が外れたみたいなのでな様子を見にきた。変わりはないか?」

「今日になったらケロッと良くなったらしい。それぐらいかな?」

環は胸を撫で下ろした。

「で、封印って?」

「ああ・・・。」

手を額に当て少し黙り込んだ。

「言ってしまったからには隠してもしょうがないな。」

「複製体と一つになった。そこまでは知っているであろう。」

「ああ、そうだな。」

「複製体の力も取り込み彼女は強大な力を手にし制御もしきれていない。当然、傷ついた体で耐えられるわけもなく暴走気味で封印制御してたわけだ。」

「そうだったのか、ありがとう。」

「それで、その封印が破られたから様子を見に来たわけだ。どういったわけか、予測よりも早く元通りで異常が見られないときた。」

「昨日、身体を重ねて、今朝になったら治ってて、『いっぱい元気もらった』からって言ってたな。」

「そうか、そのせいか。」

環は勝手に納得していた。

何を納得しているのか尋ねようとすると、二階から惠末が遮るかのように叫び話途中でぶった切ってきた。

「環~、上がっていって!お昼飯も食べていってちょうだい。ついでにあいつの話を聞かせてよ。」

「上がってよいのか?」

「ああ、カレー続きだったから処分したいんだろうよ。」

「なるほど。では、いただいてゆくとしよう。」

「この分だと心配する必要な何もなかったみたいだな。伝令を飛ばしてから上がらせてもらうよ。」

「ああ、待ってるよ。」


しばらくするとダイニングへ上がってきた。

「カレー饂飩ですか。葱(ねぎ)は多めでお願いできますか。」

「青、白い部分どっちにする?」

「青。」

「普通のか、わけぎどうする?」

「普通ので・・・、細かいな。」

「庭から取ってくるだけだし、植えておけばもう一回は収穫できるからね。」

秀耶は外を指さしながら説明する。

「ほう、いわゆる家庭菜園か。」

「根っこのあるやつはとりあえず植えてるよ。ほっといても成長するものはするし、枯れちゃうものもあるしなかなか難しいよ。」

「琵琶も種を蒔いたら芽が出てきてね。ここまで育ったら毎年食べれるさ。」

手際よく収穫すると刻んでカレー饂飩にのせて環へ運んだ。

「いただきます。」

空っぽの鍋を惠末​に見せた。

「惠末、よかったな。カレー生活も終わりだ。」

彼女の耳がピクピクと反応した。

「ならば、カニじゃ!!」

「ん、それは、来月な~」

「なぜじゃ?」

「ズワイガニの漁解禁が11月6日からだからね。快気祝いに美味しいの食わせたる。」

「ということは北陸、加能ガニですかな。」

「その通り、中旬あたりから紅葉もキレイな頃合いだろうしな。」

「だから、ハンバーグでもいいかな?ひき肉あるし。」

冷蔵庫を見ながら惠末に確認した。

さっきまでのカニはどこへやら、不思議な鼻歌を口ずさんでいた。

「おっにくコネコネ、ペシペシ、ハンバーgoo!」

ふと思い出したように彼女は言い放つ。

「あっ!タマネギ禁止だからねー!!」

「おう!」

「『おう!』じゃない!死活問題よ。前に入れたでしょ!」

「すまん!」

「危うく一生を終えるとこだったわ。」

別に作っていたのにとなんでかなと疑問に思いつつも謝罪した。


その横で環は饂飩を啜り続け、汁も飲み干して食べ終えた。

「取り込み中すまんね。これでおいとまさせていただくよ。これでも仕事中なんでな。」

「ご苦労様。大してお構いもできず!」

二人はハモった。

環は微笑みながら家を後にした。


再び二人っきりになり、テレビをボーっと見ながらソファーで寄り添った。

「ねえ、秀耶。せなか・・・、背中流してくれない?」

「突然どうした?」

「右手がまだ思うように動かなくて・・・。」

彼女は左手でそっと右手に触れた。

「そういうことであれば。」

まだ少しふらつき気味な彼女を支えながら風呂場へ向かうと脱浴衣の腰帯を解いた。

その時、どことなく結び目がいびつな感じがした。

「朝まで一緒だったのになんだか恥ずかしいね。やっぱり・・・」

「だ~め、汗もおもいっきりかいたし、今日こそはちゃんと洗うからな~。」

それまで痛みが酷く拭いてあげることすらできなかったのだ。

一糸もまとわない姿になると今更ながら隠しはじめていた。

タオルを奪い取り、座らせると秀耶はシャワーでそっと身体を軽く洗い流してゆく。

「そっか、秀耶は傷が残っちゃうんだ・・・。」

洗い流す手を見ながら呟いた。

「ひゃっ!!」

シャワーで暖まった身体へボディーソープを垂らすとすっとんきょうな声がとんできた。

「ばかっ、冷たいじゃないの。」

「ばかはお前さ。自分をかけて取り戻してくれた命だ。どうってことないさ。」

背中で洗いながらそう言った。

それに事件の後に傷を消してくれるという話もあったが彼は断っていた。何もできなかった自分を戒める為でもあった。

自分の身くらいはと環に式神の使い方を教わり、竜脈が近くにあれば使える程度には成長していた。それを惠末には内緒にしていた。

「真剣な表情してどうしたの?」

鏡ごしに惠末は問いかける。

「前より肌がきめ細かくなったなって思ってさ。」

「そうかな?いつもと同じだと思うけど。」

誤魔化すように手を滑らし背中を洗いはじめる。

「前は自分でやってくれな。」

「んー。」

なんだか納得してない様子だったが渋々と洗いはじめる彼女。

髪を洗いはじめる秀耶。

「こうやって頭洗うのいつぶりかな・・・。ピィーピィーわめかれたっけか。」

昔を懐かしむように丁寧に汚れを落としていく。

頭、身体を洗い流し終えると出ようとしていたので手を引っ張って止めた。

「湯船、一緒ならきっと怖くないよ。」

先に湯船に浸かる秀耶、そして手招きをする。

大人しく応じた。

「背中はこっちな。」

自分にもたれかかるように指示を出す。

しゃがみ浸かってゆく彼女、腰まで浸かったところで止まった。

たぶん、怖いんだろう。

手を引っ張り一気に引き寄せた。

「きゃっ!」

びっくりして発せられた声。

身体を受け止める彼、そして包み込む。

「ごめん。もどかしかったから・・・。」

彼は優しく頭を撫でた。

「しばらくこうしてもらっていい?」

「ああ。」

彼女の激しくなった鼓動が直接伝わってくる。逆に自分の鼓動も伝わっているんだろうか。

そう思うと秀耶の鼓動も自然と早くなっていった。

おもわずギュッと抱きしめると惠末は顔を横に向けキスをねだってきた。

明け方までしていたのにまだ足りないらしい。

秀耶はそっと口づけをした。

「ハンバーグ食べ損ねちゃうけどいい?」

「むっ・・・」

一瞬、惠末は考え込んだ。

「おい、食べ物と天秤にかけるな。」

「冗談よ。ハンバーグも食べて一緒に過ごしたい。」

昨日からの反動なのか積極的になっていた。

「それじゃあ、もう少し材料の買い出しに行こうか。」

少し残念な気もしたが風呂から上がることにした。


少し不自由な右手な惠末に代わりに浴衣を着付けていく。

終わると自分の支度をして、さっそく出かけることにした。

外へ出ると久々の晴天で惠末には少し眩しかった。

「生きてるって実感するわ。」

秀耶に腕組みをして寄り添いはじめた。

「歩きにくい?」

「うん。だけど、たまにはこんなのもいいな。」


スーパーに着くと入口の山積みタマネギを睨みつける。

何事だろうとお客さんに店員からの注目の的になった。

一人の店員が近づいてきてそっと耳打ちする。

「私は犬でしてね。気持ちはわかります。」

「狐なんだよね。」

「さすがに驚きもしないんですね。」

「まあね。出会った時から知ってるしね。」

気付くと他人と話しているのを見てむくれていた。

「ほったらかして、ごめんって。」

改めて手を繋ごうとするが叩かれた。

嫉妬とは珍しかった。

「ハンバーグ一緒に作りたかったんだけどな~。」

耳元で囁くとあっという間に機嫌が良くなった。

「次は気をつけるんだぞ。」

「コネコネ~、コネコネ~。」

繋ぎのパン粉と卵を買い足す。

「ねえねえ、マッシュポテトもお願いね。」

「ほいよ。」

必要なものを買い揃えていった。


家に帰るとさっそく準備をはじめる。

食材を合わせて寝かしておくとお互いが馴染み美味しいく仕上がるのだ。

といってもタマネギは刻まないので混ぜるだけであった。

ここは惠末に任せることにした。

「こねこね~。」

次第に粘り気が出てきた。

「それじゃあ、ラップかけて焼くまで放置な。冷蔵庫に入れないでいいからね。」

「は~い。」


そんなことしているうちにお湯が沸く。

「マッシュポテトは任された。」

ジャガイモの皮を剥き二センチ幅にスライスし茹でていく。

秀耶が作るマッシュポテトは絹のように滑らかで軽く、いくらでも食べれるほどであった。

茹で上がると手際よく裏ごししてく。

鍋に戻し、中火で水分を飛ばしていく。

十分に温まってきたらバターを入れ少しずつ混ぜていく。練らないようにするのがポイントだ。

この間に剥いたジャガイモの皮と牛乳を鍋に入れ温め、香りを移したものを作って加えて伸ばしいく。

気持ち緩いくらいまで伸ばし、最後にもう一度裏ごしすれば完成である。


力任せに混ぜるのが得意な惠末にたいし、繊細な力加減で練らないように混ぜるのが秀耶は得意であった。


「よし、できた。」

小さめのスープンでひとすくいし、惠末の口に運ぶ。

「ん~♪」

笑顔が溢れ、だらしない顔になる。

「ハンバーグ焼いたら完成だから、お皿並べといて~。」

「ん~い。」

変な声がして振り返るとつまみ食いしてる最中だった。

「食事の分は残しとけよ~。」

秀耶もなかなかのあまちゃんであった。


フライパンを熱し、牛脂を溶かして用意が整った。

空気を抜き形を整えるとフライパンに並べ、真ん中をへこませていく。

さっそく、お肉の焼けるいい香りがしてきた。

「ん~、焼き上がりが楽しみだのぉ~」

背後から声が聞こえてきた。

周囲に焦げカスが浮かんでくる。これがいつものひっくり返す合図だった。

「ん~、いい焼き色!」

後ろから逐一飛んでくる感想と涎を啜る音。

「もう少しだから待ってな。」

白ワインを少量入れ、蓋をして弱火で蒸す。


一緒に買ってきたバゲットを手早く四切れスライスすると温めておいたトースターで焼いてゆく。ハンバーグの肉汁を吸わせて食べるとなお美味しい。


そうこうして焼きあがるハンバーグ。ふっくらし、今にも破裂しそうだった。

マッシュポテトとハンバーグを盛り付け完成した。

「よし、じゃあ席に座るのだ。」

なぜか先に座り仕切る惠末。

「仰せのままに。」

皿に盛ったバゲットを片手に席についた。

「いただきます!!」

ナイフで切れ目を入れると肉汁が溢れてきた。

「おお〜〜!」

口に運ぶと笑みがもれる。もぐもぐしている姿は幸せそうだった。

「最初は果物しか食べなかったのにな。」

あらためて秀耶は思い返す。

「ん〜、果物とか木ノ実を探す方が楽だったからね。でも、秀耶の料理の方がもっと美味しいから。」

そういうとハンバーグをペロッと平らげ、残りのマッシュポテトもペロッと完食した。

「作った甲斐があった。」

「ご馳走様!」


食べ終え、洗い物を済ますとしばし休憩にはいる。

ソファーに座っていると髪を解き寝巻きに着替えた惠末が上に座って腕にもたれかかってくる。

優しく包み込む秀耶の胸の鼓動は高まっていた。

頭を撫でると耳と尻尾を出して寛ぎはじめた。

違和感を感じ尻尾の根元をまさぐる秀耶。

「ふぁ!急にそんなところ触るな!」

「いやさ、違和感あってな。もう一本尻尾が生えてきてる?」

「お?二本目か。感謝だな。」

「??」

秀耶はよくわからないといった顔をしていた。

「九尾は知ってるよね?伝説上では尻尾が裂けてといわれるけどが生えてくるの。よく考えてみてよ。裂けたら普通に痛いよ?」

「たしかに・・・。つまり、レベルアップしてるってことか。」

「そそ。お腹も減るし、求めちゃうのも・・・。」

「でも、誰でもいいってわけじゃないんだからね。」

少し俯いて顔を赤く染めた。

神に抗った力のことを思い出すと一瞬怖くなった。

「秀耶!秀耶!」

何度か呼ばれて我に返る。

「ああ、どうした?」

「真っ青だぞ?具合でも悪いのか?」

真剣に覗いてくる顔にハッとし、ギュッと抱きしめていることに気付いた。

「痛い、苦しいって。」

そう言いながら惠末は頭をポカポカ叩いてきた。

「ごめんよ。」

今度はそっと秀耶の顔に手を触れた。

「怖いんでしょ?それくらいわかるよ。添い遂げるって決めたからこそ全てを知っていてほしいの。いつかは話さないといけなかったしね。」

惠末は唐突に語り始める。

「複製体にはもう一つ役目があって器としての役目だけじゃないの。」

「まずね、あと七体いるの。どうしたら九尾に近づけるのか実験をしてたの。辿りついた一つの結論が複製体を作り、取り込むことだった。」

「個体差が生まれて新たな力も生まれたわ。これは嬉しい誤算。」

「もう一つの誤算は強すぎる自我を持つことがわかったこと。陰の部分が出ている者は目覚める前に取り込みきらないといけないってこと。暴走したら手に負えるかわからない。」

「元々は人間を一瞬で滅ぼすにはどうしらいいのか、そこから始まった。でもね、あなたと過ごすうちに考えは変わっていった。今回のようなことから守りたい。そういう風に使いたい力になったわ。」

「最初は利用してやろうと思った。でも、暖かった。優しかった。いつでも居場所を用意してくれた。種族も違うのに信じられなかった。」

「悪い人はいる。だけど、両親も私たちと同じ関係だったのを思い出させてくれた。あなただけは何があっても信じるって決めたんだ。母さんがその道を残しておいてくれた。それがあの時計台。その想いも大切にしたい。私じゃないと力も記憶も全部持っていかれて廃人になってたけどね。」

「そっか、話してくれてありがとな。正直、一瞬怖くなった。でも、その答えを聞いて安心したよ。」

「私の願いはただ一つ、あたりまえの日々をあなたと一緒に暮らしたい。それだけよ。」

頭を撫でてやると目を瞑り、静かに寝息を立てはじめた。


身体は癒えても精神面はまだ癒えてないらしい。

足掛け用の毛布をかけてやると手を握ってあげた。

ギュッと握り返してきた惠末の手は大きくなっていたが昔と同じで一晩中、離してくれなかった。

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