七章 トモダチ
第62話 新たな滞在者
宴会の翌日、いつもの様にギイ達を送り出す頃、三堂夫妻がさくらの家を訪れた。
理由は宴会の後片付け、それは昨晩の席で彼らが申し出た。
「悪いね、正一。助かるよ」
「さくらさん。あとかたづけ、わたしやる。それに、このまま、あさごはん、むり」
「いいんだよ、クミル。今日はこのままにして、あんた達は寝な」
「はい」
「ギイ」
「ガア」
「それと、残ってるつまみは、明日の朝食にさせて貰うよ」
さくらの言葉に、住人達は頷いた。
文句が出る筈が無い。そもそも残る事を見越して、おかずを持ち寄っている。言わば、席代の様な物だ。
また三堂夫妻の雰囲気が、いつもと違うのを皆が感じていた。
家主に配慮し、参加者全員で片付けを手伝うのが、一般的では無かろうか。信川村に独特の風習は無い、多分に漏れず片付けを家主に押し付けたりしない。
だが、彼らの申し出に触れないのは、皆の心遣いだろう。
農業の事なら、郷善に相談をするはず。村に関する事なら、孝則と佐川に話すのが筋だろう。
それを、さくらに相談するのは、それなりの理由が有るはず。それならば、敢えて問うまい。話してくれるのを待つだけだ。
念の為にさくらは、正一と視線を交わした後、孝則を見やる。それに対し正一は、首を横に振る。
つまり、そういう事だ。
そして、さくらの視線を感じた孝則は、正一に向けて首を縦に振った。
☆ ☆ ☆
流石に、飲み食いしたまま放置すると、生活に支障をきたす。最低限の片付けは、女衆が前日中に行った。
空き瓶は居間の隅に並べれられ、食器の類はシンク脇に置いてある。そして、残ったおかずはタッパに入れて、冷蔵庫へ仕舞った。
三堂夫妻が行ったのは、食器類の片付けや掃除。それと、折り畳みの長机を役場に戻し、空き瓶を指定の場所へ運ぶくらいだろう。
一連の作業を終えると、さくらはお茶を淹れる。
そして、ちゃぶ台を中心にして、さくらと三堂夫妻が向かい合って座った。
容易に話せるなら、改める必要は無かったはず。話し辛く、かつ重い内容なのは、想像に難くない。
お茶を啜りながら、夫妻が口を開くのを、さくらは待つ。
そして、夫妻は何かを考える様に、じっと茶碗を見つめている。時折、目を合わせるが、直ぐに一点を凝視するかの様に、視線を元に戻す。
余程、言い出し辛い事なのか。それとも、未だ答えが出ていないのか。どちらにせよ、夫妻にとって深刻である事だけは、理解が出来た。
どの位、時間が経っただろう。五分か十分か、それとも一時間か。時間では計れない重い空気を乗り越えて、正一が口を開いた。
「孫の事だ」
「孫? あんた等の孫は、中学生じゃなかったかい?」
「流石は、さくらさんですね」
「その孫が、どうしたんだい?」
「……その、……な、暫く学校を休むそうだ」
途切れ途切れになりながらも、言葉が届く。そして、さくらは黙考した。
万が一は、有るまい。少なくとも、訃報の知らせを聞いていない。
ただ正一は、暫くと語った。聞き間違えでは無い。学校を休んでいるのでは無く、学校を休むと言ったのだ。
夏休みの最中に、何か有ったのか? 治療に時間を要する怪我でもしたか?
「ん? どういう事だい?」
「学校を休んで、暫く村で療養させようかってな。そんな話が出てる」
恐らく正一は、村への滞在許可が欲しいのでは無い。
調査隊の逗留、村への訪問制限、これ等に関してさくらが深く関わっていたとしても、村に滞在させるだけなら、孝則に話しをするはず。
そして、少しずつ正一は、事情を語り始める。
「原因は虐め……だそうだ」
三堂夫妻の孫、隆は今年で十四歳の中学生。何度か両親と一緒に、村へ遊びに来たことがある。
さくらとも、会話をした事が有る。その際、とても大人しい印象を、隆に感じた。
実際に友人が少なく、学校の休み時間は、漫画を描いて過ごしている。そんな事を本人は語っていた。
決して活発とは言えない。だが、俯いてばかりの印象は無い。
挨拶を交わし、普通の会話が出来る。自分の意見を、語る事も出来る。
そんな子が、虐めを受けるのか? さくらには、信じられなかった。
三堂夫妻も、同じ様に感じていたのだろう。だから、事態を受け止め切れずにいる。
だが事態は、想像以上に深刻だった。
当初、虐めのターゲットは、クラスメイトだった。
虐めが悪い事は、誰もが理解している。だが、虐められている者に手を差し伸べれば、自分も同じ目に合う。
それが怖くて、見て見ぬふりをする。
そんな時、正義感は役に立つのだろうか?
勇敢に立ち向かえば、何でも解決するのだろうか?
弱者を虐げるのは、人間の本性かもしれない。実社会の虐めは、子供のそれより、苛烈で陰湿で残酷だ。
子供一人に何が出来る?
何も出来はしない。
しかし、隆は声を上げた。そしてターゲットが変わった。
それから毎日の様に、隆は暴力を受けていた。そしてクラスメイト全員から、無視をされる様になった。
助けを求めても、手を差し伸べられる事は無い。元々虐められていたクラスメイトは、目を合わせようとしない。
そして、教師と学校は醜聞を避け、何もしてくれなかった。
そんな環境が、虐めた側を増長させたのだろう。
そして、夏休みが近付いたある日、事故が起きた。その日は運が悪かった。突き飛ばされた時に、隆は頭を強打してしまう。
隆は病院に運ばれた。しかし後遺症が残った。
それ以降、隆の視力は極端に低下した。処状は改善する事なく、悪化の一途を辿る。
そして夏の盛りに、隆は視力を失った。
事情を聞いたさくらは、言葉を失っていた。
三堂夫妻が、言い淀むはずだ。こんな話を誰に聞かせられる。
さくらの内には、怒り、悲しみ、恨みが混じり、ごちゃごちゃに渦巻いている。
実の祖父母であれば、余計だろう。両親はどんな思いだろうか。
隆は……。
「俺が知ってるのは、息子に聞いた話だけだ。未だに、詳しい事情はわかってない」
「何でだい? 何で!」
「隆が何も話さないらしい」
「そうかい……」
「向うじゃ色々と揉めててな、何も進んでない。そんな環境に置いとくのは、どうかって事でな」
「わかったよ、時間をおくれ。それと、隆は直ぐに連れてきな。あたしから、孝則と郷善に言っておくよ」
「ありがとう、さくらさん」
「礼は要らないよ。正しい事をした奴が、損をするなんて、あたしは認めないよ。任せておきな!」
三堂夫妻は、深々とさくらに頭を下げる。
そして、ゆっくりと立ち上がり、自宅へ戻っていく。
三堂夫妻が家を出た後、さくらは孝則に連絡する。
連絡を受けた孝則は、直に調査隊に事情を話し、正一の息子夫婦と孫が出入りする旨を告げる。
続いてさくらは、郷善に連絡して、委細を説明する。
郷善は反対するどころか、殴り込まんとする勢いで、怒りを露わにしていた。
最後にさくらは、江藤へ連絡をする。
「周作、隆を覚えてるね?」
「はい。三堂さんの、お孫さんですね?」
「そうだ。夏休み前、あの子に何が有ったか、調べておくれ」
「わかりました。直ぐに取り掛かります」
こうして、村の住人が増える事になった。
この滞在が、後に村へどんな影響を与えるのか、今は誰も知らない。
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