第53話 通い始めた心

 日の出と共に畑へ出かけ、午後は三笠の自宅で授業を受ける。そして、夕方になり帰宅する。

 そんな日が続き、ギイ達の生活サイクルは変わりつつあった。


 当然、ギイ達が畑に出掛ける様子は、住人達の目に留まる。当初は孝道と同様に、住人達も懸念を抱いていた。

 しかし政府の対応や、さくらを取り巻く政財界の工作が、功を奏したのだろう。次第に、国民の関心は信川村から逸れ、話題に上がらなくなっていた。

 また、面白半分に村を訪れようとし、調査隊から引き返す様に促される者は、数を減らしていた。


 元々はつらつとしていたギイ達は、更に活き活きとしている様に見える。彼らが戻った後の家は、賑やかさが増す。

 それは、さくらに活力を与えた。そして、彼らの影響は、さくらに留まらない。


 嬉しそうに畑へ向かうギイとガアの姿は、好ましく映るのだろう。

 未だ、傍観的な態度を崩さない郷善と正一、少し離れた場所に住む幸三を除き、住人達との会話が増え、普通に挨拶を交わす様になる。

 それは、草原に咲く大輪の花の如く、平凡な日常に彩りを与えた。


「あら、今日も早いのね」

「おはよう、ございます、あゆかわさん」

「ギギャギャ、ギギャギャギャギャ」

「ガガガァ、ガガアガガァ」

「ふふっ、はなこで良いわよ。今日も孝道さんの所?」

「そう、たかみちさん、てつだう。たかみちさん、すごい」

「ギイギギ、ギヤギャギャ、ギイギイギギギギ」

「ガアガガ、ガガアアガアガガ、ガアガガ、ガガガア」

「ギイちゃんとガアちゃんは、何を言ってるの?」


 ギイ達は、バタバタと手を振り、華子に何かを伝えようとする。そして華子は、少しかがむと、ギイ達と視線を合わせた。

 

「ぎいたちも、たかみちさんから、たくさん、おそわった。それ、つたえたい、おもってる」

「偉いわね、ギイちゃん、ガアちゃん」

「ギイ、ギイ」

「ガアガア」


 華子が頭を撫でると、ギイ達は嬉しそうに頬を緩める。そして華子は、背を伸ばすと、クミルに視線を向けた。


「クミルさん。あなたは、少し元気になったのかしら」

「はい。さくらさんも、いってた。ひやけ、おかげ?」

「それも有るけど、前よりも体つきが、がっしりしてきたみたい」 

「そう、ですか?」

「自分では、わからないものよ」


 筋肉を作るのは、運動と食事だ。過酷な肉体労働と最低限以下の食事では、やつれるだけだろう。

 それが、村を訪れるまでのクミルだ。


 村を訪れてから、クミルの食生活は激変した。

 また、さくらの家で暮らす様になってから、家事で体を動かした。そして今、クミルは畑仕事を手伝い、体を動かしている。


 無論、孝道はクミルの様子を観察しながら、仕事を与えている。少しずつ体を動かす時間と内容を増やし、労働に適した体を作るのが狙いだ。


 それでもまだ、クミルの体は同年代の男性と比べ、細いと言える。だが、村を訪れた当時よりは、だいぶ同年代のそれに近づいただろう。

 日焼けした体は、見た目には健康的とも言えよう。それだけではない。青白く不健康そうなクミルの顔色は、明らかに変化を遂げていた。


「今日も暑くなるわよ。しっかりと、水分補給をしなさいね」

「ギイ!」

「ガア!」

「はい。ありがとう、ございます。はなこさんも、きをつけて」

「そうするわね。ありがとう、クミルさん」


 ギイ達は、華子に手を振ると、ぴょんぴょんと跳ねる様に歩き出す。

 

「やっぱり、良い子達じゃない」 


 彼らを見ると、動かし辛くなってきた足でも、走れそうな気になる。

 心のまま足を動かしても、想像と現実の違いを思い知らされるだけだろう。無理をすれば、年甲斐も無くと叱られる。

 ただ間違いなく、華子の心は軽くなった。羽が生えて、今にも飛び出そうとする位に。


 ☆ ☆ ☆


 早朝の仕事が終わり、朝食を食べ終えると、午前の仕事が始まる。

 ギイ達が手伝いに来てから昨日まで、隙込みから種植えは完了していた。今日の作業は、苗の植え付けを予定している。

 そして孝道は、作業内容を丁寧に、ギイ達へ説明した。


 畑仕事に慣れているからこそだろう。クミルは、手伝いを始めてから、作業の違いに戸惑う事が多かった。

 その都度クミルは、孝道へ質問を投げる。そして孝道は、面倒がらずに説明を行う。


「まえの、のこり、えいようにする? なら、ひりょうのついか、なぜ?」

「残りかすを残渣って言うんだ。栄養を吸って育ったんだ、勿体ないから一緒に畑に混ぜちまう。けどな、それだけじゃ栄養が足りないんだ。不足した栄養分を追加して、畑を耕すんだ」


 少しずつ、疑問を潰して、クミルは理解を深めていく。そして、日を重ねる毎に、作業に慣れていった。


 また孝道は、自分の作業をしつつも、ギイとガアに気を配っていた。


「そっちの植え付け終わったら、休憩してろ」

「ギイ!」

「ガア!」

「あぁ? 大丈夫だ、良く出来てる」

「ギイギギ、ギイギギイ」

「何だ? 体力が余ってんのか? でも、駄目だ。休憩しろ」

「ガアガガ、ガアガガアガ?」

「俺か? これを終わらせたら、休憩する。クミル、お前も切りが良い所で、こっちに来い!」

「わかりました、たかみちさん」


 午前中でも、かなり気温が高くなる時期だ。集中して作業をしていると、時間を忘れる。そしてつい、水分補給のタイミングを失わせる。

 ギイとガアは、体が小さい。注意を払った方が、良いだろう。多少慣れて来たとはいえ、クミルにもまだまだ配慮が必要だ。

 勿論、高齢故に暑さを感じ辛く、汗もかき辛くっている孝道本人が、水分補給と休憩を必要している。 


「随分、慣れて来たな」

「ギイ!」

「ガア!」

「良い返事だ」

「たかみちさん、おしえかた、よい」

「そうか? お前らが賢いだけだろ?」

「ギイ、ギイギイ!」

「ガア、ガガガア!」

「ぎいたち、ほめられて、よろこんでる」

「ははっ。まぁ実際、お前等はよくやってるよ」


 ☆ ☆ ☆

 

 この日の午後、郷善はライカと孝道、そして正一を自宅に呼び寄せていた。目的は会議、議題は継続となった、大学との連携についてである。


 大学から求められているのは、複数の育成結果だ。

 品種改良は、味が良く安全かつ扱い易い作物を作るのが目的である。


 その過程において、異なる土地、異なる栽培方法で、味にどのような変化を与えるのか。そもそも、栽培方法を変えると、育成が可能なのか。耐暑性はどうか、栽培時期は適切か、病虫害の耐性は、薬剤の散布はどの程度必要か。

 それら、様々な事を計測するのが、大学と共同で行っている研究である。


 ただ、現在の村を取り巻く状況は、従来とは異なる。 

 これまでは、授業の一環として、定期的に学生が訪れ、実習用地で栽培研修を行っていた。テスト栽培を行っている作物も、幾つかの作業は学生に任せていた。


 今は外部の人間を、村には入れていない。

 自分の土地での作業と、テスト栽培を並行して行うには、正一だけでは難しい。問題は人手不足であった。


「記録は取るんだろ?」

「当たり前だ、郷善さん」

「ワタシが、ヤリマスヨ」  

「ライカ。有難いがお前には、納入先が決まってる、俺達の畑を手伝って欲しい」

「ソレナラ、アルバイトをボシュウしますか?」

「いや、まだ難しい時期だ。孝則が良い顔しないだろ」

「確かに」


 四人の男が難しい顔して、膝を突き合わせる。

 但し、進行役が不在の会議には、有りがちな事だ。相談の内容は、少しずつ横道へ逸れていく。


「今回は俺と、正一、孝道で、交代して管理した方が良さそうだ」

「待ってくれ。それなら管理は、俺と孝道だけにしてくれ。郷善さんには、総括をお願いしたい」

「お前ら二人で、出来んのか? 出来ねぇから、こうやって集まってんだろ?」

「体力的にはキツイな。でも大丈夫だ、郷善さん。俺の所には、ギイ達が入ってくれてる」

「孝道。あいつらの様子はどうだ? お前の畑を任せられるのか?」

「真面目な奴らだから、心配は要らない。特にクミルは、慣れれば戦力になる」

「チビ共は?」

「あいつらは、予想以上に器用だし賢い。教えた事は、直ぐに出来る。心配なのは、体力面だろうな」

「あぁ? 何か有んのか? 持病みてぇなのを、持ってんのか?」

「いや、逆だよ郷善さん。ギイとガアは、元気の塊みたいなもんだ。だから頑張り過ぎるんだ。こっちが止めてやらないと、心配になる位にな」

「そうか」

「孝道。ゴブリンって言ったか、種族の違いとか、心配ないのか?」

「正一。それは、俺にもわからねぇよ。でも何せ、体が小さいだろ? 人間の子供と、同じ様に考えてやらないと、駄目だと思う」


 孝道の説明を最後まで聞くと、郷善はフウと大きく息を吐く。

 そして、一同を見渡して、ゆっくりと口を開いた。


「孝道。ガキ共の世話は、暫くお前に任せるぞ。たぶん、さくらも同じ事を言うはずだ。それと洋二、大学との共同研究は、孝道と二人でやってみろ。勿論、時間が有る限り、俺も補助をする」

「わかった。ありがとう、郷善さん」

「こっちも了解だ、郷善さん」

「そんで、ライカ。お前を、良い様に使う事になるが、許してくれ」

「カマイマセン。ドコニデモ、オテツダイにイキマス」

「助かる、ライカ」 


 ☆ ☆ ☆

 

 死を待つだけではないと、抗い続けて来た。だが、いずれ訪れる死は避けられない。いずれ村は、日本から消える。

 そんな村に、さくらという希望が現れた。それでも、未来への不安は、拭いきる事は出来ない。

 ギイとガア、そしてクミルの存在は、未来への懸け橋になろうとしていた。


 ただ、いつの時も平和な時間は、長続きしない。

 この夜、一本の電話が鳴り響く。それは、村に不穏を運び込もうとしていた。

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