第43話 支える者達 ~桑山みのり~

「何をやってるんです? その場所は、誰が撮影許可を出したんですか?」

「いや、我々は皆さんの潔白を証明する為に、放送しているんです。やましい事が無ければ、問題ないでしょ?」

「そうですか? 本当に? あなた達は、調査隊の様子を取材しに来たのでは?」

「重箱の隅を突く様な事を、言わなくてもねぇ。やましい事は無いんでしょ?」

「そうですか。あなた達は、また繰り返すのですね?」

「いいんですか? 生中継ですよ! あなたの発言は、そのまま全国に流れるんですよ!」

「それなら、尚更です! よく聞きなさい! そして、真実を見なさい! 自分達がしでかした、罪から目を背けるな!」


 調査隊がさくらの家に到着すると、留守を預かるみのりが出迎えた。

 みのりは、自ら前に出るタイプではない。だが、暗く沈んだタイプでもない。そして、みのりの柔らかい表情は、他の住人達とは明らかに異なる。


 だから油断したのだろう。一部の取材陣が調査隊から離れ、庭の隅にある小さな納屋を、勝手に開けて撮影を始めた。

 その行為を咎めたみのりと、一部の取材陣の間で口論に発展する。その様子は、生中継で日本中に発信された。


「相手が弱い立場だから、強気に出るんですか? 私が相手なら勝手が出来るとでも、思いましたか? あなた方が納屋を開けたのは、調査隊の許可を貰っての行為ですか? それとも、立会いで訪れた村役場の方から、どこでも勝手に開けていいと、許可を貰ったのですか? 少なくとも、留守を任されてる私は、そんな話しを聞いてません。それと私自身は、許可した覚えが有りませんよ」


 そしてみのりは、ズンズンと庭の先まで歩くと、耕作地を指さす。そして、表情を変えずに言い放つ。


「あなた達は、ここまでの間に、何を見てきましたか? 何を撮影して、全国の人達に届けたんですか? 何も無くなった、あの畑を見なさい! あなた達は、畑を踏み荒らし、収穫前の野菜を貪り尽くしました。収穫を待つ方もいらっしゃたんです。その方々に、あなた達はどうやって償うつもりですか?」


 眉を顰める等をすれば、表情から怒りが伝わるだろう。だが、みのりは表情を変えない。声を荒げる事もなく、トーンすら変わらない。

 そして、柔らかな表情から吐き出される言葉は、とても辛辣である。それは、暴動騒ぎで逮捕された一部の者達だけに、届けようとした言葉ではあるまい。

 みのりの言葉は、TVを通して番組の制作者、番組の出演者、そして視聴者へと届けようとしたのだ。


「私達はみな年老いてます。いつ天に召されても、おかしくありません。あなた達は、弱い者を叩き潰す事しか出来ないんですか? あなた達は家を破壊し、生きる糧を奪った上に、心無い言葉を浴びせ続けた! あなた達はこれ以上、私達にどんな仕打ちをするつもりですか?」


 納屋を開けた取材陣は、黙るしかなかっただろう。みのりの糾弾劇は、他の取材陣も同じ様に生中継で、全国に放送しているのだから。

 そして、彼らこそが悪の権化だと言わんばかりに、他局の取材陣から続々と非難の声が上がる。


 その行為は、正しい事なのか?

 他者の足を引っ張る事が正しい事なら、この世は弱者を切り捨てる事を、是とするだろう。

 

 違う、そうではない。

 これは、一部の者だけに罪を擦り付けて、自分達だけ逃れようとしている、浅ましい姿だ。

 

「お黙りなさい! 犯罪を見て見ぬ振りをしたくせに、何を言っているんです! あなた方は、彼らの近くにいたでしょ? 彼らの行為を止めるチャンスが有ったはずです。なのに何故、止めようとしないで見ていたんですか? そんな方々が、彼らを非難するなんて、おかしいと思いませんか?」


 その一喝で、他の取材陣は俯き、口を閉ざし始める。そんな取材陣を置き去りにし、みのりは村の住人へ向けた言葉を紡ぎだす。


「宮川グループの方々は、とても親切でした。割られた各家の窓を直して下さいました。食い散らかしたゴミを拾って下さいました。滅茶苦茶になった畑を、綺麗にしてくれました。そして、私達に食料や日用品を届けてくださいました。他にも心有る方々が、支援物資を送ってくださいます。私達は、そのおかげで暮らす事が出来ます」


 浅ましい人ばかりではない。優しい人達も、ちゃんと存在している。

 世界は優しく出来ている。


 そんな優しさを受け取る事が出来たのは、村の住人達が優しく外の人を受け入れたから。

 それは、情けは人の為ならず、ことわざそのものなのだ。


 村から出ていく者だけではない、村へ入って来る者も居る。みのり、佐川夫妻、ヘンゲル夫妻、さくらを、村は受け入れた。

 住居を村に移すだけなら、簡単な事だ。そこに居場所を与えたのが、重要な事なのだ。


 みのりは、住人達に訴えていた。

 こんな騒動くらいで、心を閉ざすな。優しさを失うな。

 せんせい、郷善さん、華子さん、正一さん、園子さん、ライカさん、マーサさん、幸三さん、隆子さん、洋二さん、佐川さん、美津子さん、江藤さん、孝道、貞江さん。

 負けるな。こんな事に負けるな。

 

 酷い目に合ったのだ、冷たい視線を向けるのは、当然の事だ。だが恨んでも、気が晴れる訳ではない。

 宮川グループを始め、心有る人達からの恩に報いたいなら、そんな視線を外の人間に向けてはいけない。

 

 優しくあれ。

 村を存続させたいなら、尚更だ。

 優しくあれ。


「人は一人では生きられない。そんな事は、子供でもわかる事です。だから支え合って暮らしている。節度を持たなければ、他者を害する事になりかねない。わかりますか? それがコミュニティの在り方です」


 続けてみのりは、中継を見ている人達へ向けて、精一杯の言葉を紡ぐ。


「私達は、バラエティ番組の小道具では有りません。心有る方々の行為も、小道具では有りません!」


 みのりは大きく深呼吸すると、しっかりと噛みしめる様に言葉を続けた。


「報道各社とそれに纏わる方。報道とは何か、正確に伝えるとはどういう事かを、しっかりお考え下さい。報道の自由なんて、利己的な言い回しで自由を濫用し、他者の権利を侵害する事は、許されません」


 そして、みのりは最後まで冷静に、声を荒げる事なく、はっきりと意思を伝える。


「TVをご覧の方々。正確な情報とは何かを、しっかりお考え下さい。人のプライバシーを覗き込んで、悦に入るだけの浅ましい行為は、決して褒められるものでは有りません」


 その言葉が、どんな捉え方をされるのかは、わからない。だが、何がしかの影響を与える事は、出来ただろう。

 それでいい。何故なら、考えなくてはならない。


 所詮は他人事だから、安易に揶揄する。

 それは、なんと下劣な行いだろうか。無関心を貫く事も、同様に醜い。

 いざ自分の身に災厄が襲い掛かれば、他人事では無くなる。そんな時になって、声高に叫んでも遅い。誰も助けてくれないと、嘆いても遅い。


 だから、考えろ。今、考えろ。この村の騒動で、何かを学べ。そして学んだら、行動しろ。

 人は優しい、だから出来るはずだ。他者の為に、自分に何が出来るのか、考えろ。それが世界を平和にする。


 ただこの時、みのりを囲む報道陣は、どう感じていただろう。

 明らかに、体面を損なう形となった。しかも己が軽んじた、見知らぬ老婆によって。それは、腸が煮えくり返る思いであろう。


 反論をしたい。だが、反論出来る程の意見が見つからない。正当な意見を述べねば、この場で面目を取り戻す事は出来ない。ならばせめて、罵声を浴びせて攻撃したい。だが、中継されている状況では、悪手に過ぎない。

 そんな取材陣の葛藤は、表情からあふれ出ている。


 みのりと取材陣の間に、緊張感が走る。

 そんな時、既に家屋内に居た調査隊のリーダーが、取材陣に近寄った。そして、道路を指差して高らかに告げる。


「報道各社の皆さん。許可の無い行動は、お止め下さい。村の方々を、意味無く刺激する事も、お控え下さい。そもそも我々は、生中継を許可した覚えは有りません。これまで、皆さんのお立場を鑑みて、許容してきましたが、こんなトラブルを起こす様では、考えざるを得ません。どうか、慎重な行動を取って下さい。それが出来ないなら、今直ぐにお帰り下さい」


 ここまで言われれば、もう黙るしか無いだろう。チャンスを与えられ、それを自らの手で潰したのだ。目先の欲に捉われたばかりに。

 当然、騒ぎを起こした取材陣は、この場で帰された。他局の取材陣も、その先は調査隊の指示に大人しく従うしかなかった。

 

 宮川邸の調査が終わった後は、ヘンゲル邸、三堂邸、山瀬邸、三島邸へと、順に調査が続く。

 各家で調査の立会いを待つ者達は、敢えて笑顔で迎える。極度の人見知りである、幸三も含めて。


 それは、みのりの意志を受け取った証であろう。

 そして、これまで村長である孝則を支え、また村の女性陣を纏めて来たみのりだから、伝える事が出来た意思なのだろう。

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