第34話 襲い掛かる悪意

 ネットニュースと同局のTV放送を受けて、他局も同じ話題を取り上げる。

 そしてSNSを通じて、世界中へ急速に拡散した。


 UMAが存在するなど、ありきたりの話題では、ネットの住民は大して喜ばないだろう。ネットの住民が喜んで取り上げたのは、そのスキャンダル性に有った。


 世間とは隔離された村で作られた、謎の生命体。大手企業がその背後で、何かを企んでいる。


 拡散する毎に、物語が追加されていく。

 そして、あっという間に、謎の村と大手企業が特定される。


 翌朝、宮川グループの本社ビルには、多くの取材陣が押し寄せた。

 取材陣は通用口を封鎖し、出社する社員を強引に捉まえてインタビューを迫る。就業時間を過ぎても、多くの社員が本社ビルに入れない事態となった。

 また、宮川グループの全拠点で、朝から問い合わせの電話が殺到し、業務が停滞した。

 更に一部の拠点では、心無い中傷を浴びせる者や、投石をする者も現れる。


 昼近くになると、本社ビルにデモ行為をする集団が現れる。付近の交通が麻痺状態となり、警察が出動する事態となった。

 またこれらの影響で、宮川グループの株価は、著しく下落した。


 ただし、これは企業が攻撃された場合である。同様の事が、個人に襲い掛かったら、どうなるだろう? しかも対象が、高齢者だとしたら?

 だが、正義の皮を被った悪意は、留まる所を知らない。攻撃対象すら選ばない。


 信川村には、早朝から百人を優に超える、報道陣と野次馬が詰めかけていた。それは、長年住んだ住人達ですら、見た事も無い数である。


 診療所や役場には、人だかりが出来ている。そして、役場に最も近い、桑山邸にも人だかりが出来ていた。

 そして、彼らは口々に声を上げる。それは、開示要求や取材とは一線を画す、脅迫じみた怒声であった。


 あの生物について教えろ!

 お前達は、何を企んでいる!

 日本を危険に晒すのか!

 全部開示しろ!

 責任を取れ!

 罪人は裁きを受けろ!

 出て来て、説明しろ!

 出て来い! 出て来い!

 

 無断で庭に入り、勝手に納屋を開ける。入り口だけでなく、縁側にも集まり声を荒げる。どれだけ声を荒げても、無反応なのがわかると、他の家々を攻撃し始める。


 投石し、窓という窓を割る。

 我が物顔で村を闊歩し、大声で喚き散らす。

 たばこをポイ捨てし、空き缶をそこらに投げ捨て、色々なゴミを放置する。

 腹が減れば、畑を踏み荒らし、収穫を待つ作物を食い荒らす。

 

 一歩でも外に出れば、囲まれて脅される。

 TVの中継は、住人達の反応が無い事を、あたかも罪で有るかの様に伝える。

 

 モラルの欠片も無い、浅ましさの塊。

 

 農作業に遅れが出れば、収穫はもとより出荷に支障をきたす。細々と暮らす老人だけの村では、生活が困窮する程の影響を及ぼしかねない。

 だが、彼らには関係ない。


 そう。どうせ老い先短い老人だ。

 何人死のうと関係ない。自分達が正義なのだ、悪を滅して何が悪い。


 その思考を恐怖と呼ばずに、何と呼ぶ。

 

 朝が過ぎ、昼が過ぎ、夜になっても、集団は減るどころか増えていく。仮面を被った悪意は、住人達を追い詰めていく。

 更に集団は、警察の到着を遅らせる為、山道付近の道を塞ぐ様に車を放置する。


 それでも警察が来れば、集団は散らばる。そして、警察の姿が見えなくなると、攻撃を再開する。

 ネットの中には、彼らの行動に批判的な意見もあった。しかし、多衆によってかき消された。


 たった一日。いや、長い一日だ。

 だが、この一日を耐えれば済む訳ではない。騒動はいつまで続くかわからない。

 夏の収穫は、もう期待出来ない。夏植えの作物も、踏み荒らされた。


 住人達の怒りは、ピークに達しようとしていた。しかし、さくらを信じて、必死に耐えていた。


 幸三は、自分が映っている映像を、何度も繰り返し観ていた。


「あなた。太郎と三郎は、無事でしたよ。やっと家に入れる事が出来ました」

「そうか、助かった。それで、洋二はどうしてる?」

「録画した映画を見ていると、言ってましたよ」

「そうか。あいつの暢気な所は、見習わなくちゃいけねぇな」

「そう仰るなら、そろそろ動画を止めたら如何です?」

「そうはいかねぇ。奴らをぶっ飛ばしたくてならねぇんだ!」


 今すぐにでも飛び出して、暴れてる奴らを、軽トラで追い回したい。ロープを後ろに括りつけて、引きずり回すのでもいい。

 もしそれで自分の気が晴れても、最終的に報いを受けるのは自分だ。それを因果応報というなら、それでもいい。だが、村の連中に迷惑をかけるのだけは、絶対に駄目だ。

 これは、自分の短気が招いた事だ。同じ事を繰り返してはいけない。

 幸三は、自省を繰り返していた。


 郷善は、畳の上で胡坐をかくと、瞑想をする様に目を閉じていた。


「おい、華子。掃除は止めておけ」

「でも、あなた」

「こっちの部屋まで、石が飛んでくるんだ。危ないから、奥に行ってろ!」

「こんな事、いつまで続くんでしょうね?」

「せいぜい、二日か三日だろう。後は、さくらが何とかしてくれる」

「さくらさんには、負担をかけてばかりですね」

「構う事はねぇ。ガキ共を連れて来たのは、さくらだ」

「また、そんな心にも無い事を言って」

「馬鹿。本心だ」


 響き渡る怒声は、耳に届く。ガラスの破片が、縁側に散らばっている。

 今、怒りのままに飛び出せば、奴らと同じになる。気を静めなければ、全てが台無しになる。

 郷善は、必死に怒りを抑えていた。


 他の住人達も、似たり寄ったりの行動を取り、必死に耐える。

 その一方で、カウンター攻撃の準備を整える者も居た。


 孝則は自宅に籠り、TV局へ連絡を続けていた。

 しかし、担当したディレクターは勿論の事、プロデューサーやその他の番組関係者にも繋いでもらえない。

 挙句の果てに、脅迫電話を続ければ訴えると言われる。

 それでも孝則は、諦めない。さくらから教わった弁護士に連絡をし、力添えを乞う。


 佐川は、刑事が訪れた後、共にパトカーで役場へと向かった。

 そして刑事に、事件のあらましを説明した。刑事は事務所の写真を撮影し、佐川の指紋とドアに付着した指紋を採取すると、桑山邸と三島邸にも足を運ぶ。

 同日事務所に居た孝則、みのり、洋二の指紋も採取し、それぞれに事情聴取を行う。

 刑事が一連の捜査を終えると、佐川はそのままパトカーに乗り、被害届を提出する為に、警察署へ向かう。


 そして、さくらの家では、感受性の豊かなギイとガアが、さくらにしがみ付いていた。

 鳴り止まない怒声が、怖かったのだろう。

 またクミルは、耳を塞いで蹲っていた。


「ギイギ、ギギギ」

「ガアガ、ガガガ」

「大丈夫。ばあちゃんに、くっついてな。ばあちゃんが、守ってやるからね」


 さくらは、力強くギイとガアを抱きしめる。そして、クミルに視線を向けて、問いかける。


「クミル。あんたは、感情が読めるんだろ? 辛いなら、無理はしないでおくれ」

「かってに、はいってくる。とめること、できない」

「そうかい。そりゃあ辛いだろうね。あんたも、こっちにおいで。ばあちゃんが、ぎゅってしてやるよ」


 集団の悪意がそのまま、流れ込んでくるのは、相当に辛かったのだろう。

 クミルは、這いつくばる様にして、さくらの下へ近づいた。さくらの体温を感じ、少し安心したのか、クミルはゆっくりと話し始める。


「さくらさん。なんで、こんなに、さわぐ? なにか、わるいこと、した?」

「いいや、クミル。村の人間もあんたらも、何も悪い事はしてないよ」

「これ、いつまで、つづく? いつまで、たえる? みんな、だいじょぶ?」

「村のみんなが心配かい? あんたは、優しいね。でも、心配要らないよ。こんな事でへこたれる連中じゃないからね」

「こわい。こわい、です。どうしたら、おわる?」

「こんな事は、直ぐに終わらせるよ。もう、その準備は進めてる。色々と、やらかしてくれたんだ。報いは受けさせないとね」 

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