72 やる── けじめは付けておきたい

登場人物

・タカユキ・ツナミ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男

・ユウ・ミシマ:同副長兼船務長、22歳、男、『ミシマ家』御曹司

・イツキ・ハヤミ:同航宙長、23歳、男


・アヤ・イチノセ:同戦術科、22歳、女


・トウコ・クリハラ:同戦術科砲雷長、22歳、女、通称『氷姫』


・タツカ・ジングウジ:同航宙科観測員、22歳、女

・サクラコ・シノノメ:同航宙科、23歳、女

・マサミ・コウサカ:同航宙科操舵士、22歳、男


・ダイゴ・クゼ:同機関科応急長、22歳、男

・サチ・キミヅカ:同機関科機械員、24歳、女、オオヤシマ防衛庁2級技官

・ユキオ・オダ:同機関科機関長、57歳、男、オオヤシマ防衛庁1級技官


・メイリー・ジェンキンス:

 同看護助手、19歳、女、シング=ポラス自治大学の学生、革命政治家の娘

・ヨウ・ミナミハラ:同戦術科、24歳、男


・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:

 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女


・シンイチ・ユウキ:HMSカシハラ戦術科、22歳、男

・シュンスケ・ソウダ:同機関科機関員、27歳、男、2級技官


・シオリ・イセ:同船務科管制士、22歳、女


・ユウイチ・マシバ:同技術長兼情報長兼応急士、21歳、男、ハッカー

・〝キム〟 キンバリー・コーウェル:

 テルマセク工科大学の学生、17歳、女、ハッカーの才能有


・シホ・アマハ:HMSカシハラ主計長、26歳、女、姐御肌



・マシュー・バートレット:

 自称フリーランスのジャーナリスト。35歳、男


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7月5日 1320時

【H.M.S.カシハラ/ 艦橋】


 〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉勅任艦長であるタカユキ・ツナミは、その時に艦橋にいた幹部士官らの前で艦内放送に臨むため送話器マイクを手に取った。


 その様子にイツキ・ハヤミ航宙長が、半ば呆れ気味に苦笑してみせ言った。


「ホントに放送するのか?」


「やる」

 ツナミはきっぱりと応じた。「──けじめは付けておきたい」


 それでもう何も言うことのなくなったイツキは、かたわらに立つ副長のユウ・ミシマに肩を竦めて向いた。副長もまた苦笑を浮かべている。



 ツナミは構わずに送話器マイクを口元に寄せた。


 フリージャーナリストを自称するマシュー・バートレットの向けるカメラの前で口を開く。



「こちら艦橋── 艦長のツナミより全艦に達する──」



 艦内各所の拡声器に音が入った──。




 【カシハラ/ 左舷格納庫】


 左舷格納庫では現在いまはもう唯一人となってしまった戦術科甲板部員のアヤ・イチノセ宙尉の指示監督の下、帝国宙兵隊ミュローンの接舷航宙機動艇の発艦準備が始まっていた。


『──これより40分後の1400時、本艦は帝国軍艦HMS〈トリスタ〉と接触ランデブー、エリン王女ヽヽ殿下は〈トリスタ〉へと移乗される』


 その放送にアヤは作業を止めて左手の腕時計に目を走らせると、各科から手隙で応援に来てもらった同僚と帝国ミュローン宙兵隊員とに手際よく指示をしていく。




 【カシハラ/ 戦闘指揮所CIC


『それをもって本艦は、所期の目的を達成することとなる ──皆、よくやってくれた 〝ありがとう〟と、言わせてくれ……』


 戦闘指揮所CICの砲雷長席で、トウコ・クリハラはその放送のツナミの言葉に、思わず拡声器の方を二度見してしまった。




 【カシハラ/ 宙図室チャートルーム


 宙図室チャートルームでは航宙科の三人の宙尉──タツカ・ジングウジ、サクラコ・シノノメ、マサミ・コウサカ──が総出で、端末や立体ホロスクリーンに映し出される宙図チャートを前にあれこれと検討を重ねている。


『こののち本艦は、エリン殿下の本星ベイアトリスへの帰還を側面から援護するため自由回廊を北進── ベイアトリスに展開する帝国ミュローン本星艦隊を誘引するための〝囮〟となる』


 いま三人が効果と消耗との平衡に没頭しているのは、まさにその〝囮〟を上手く演じるための台本シナリオだ──。




 【カシハラ/ 機関制御室】


『なお……これは『ベイアトリス王立宇宙軍』の〝作戦行動〟ではない』


(──?)


 応急長を拝命しているダイゴ・クゼは、拡声器越しの艦長ツナミのその言に怪訝な表情となり、傍らのサチ・キミヅカとの意見交換ディスカッションを遮って機関長のユキオ・オダの方を見た。


『──この〝行動〟に付き合うかどうかは自由意志としたい。これ以上の行動に疑問のある者は退艦してくれていい』


 続いたツナミの台詞に、クゼは両の肩を竦めてオダに苦笑いをしてみせる。


 オダの方も、自分の息子ほども年齢としの離れたクゼのその身振りジェスチュアに、〝自分は納得できている〟と微笑を返した。




 【カシハラ/ 医務室】


 メイリー・ジェンキンスは医務室で、その艦内放送を聴いていた。


『──殿下と共に〈トリスタ〉への移乗を認める。去るも残るも、それぞれの自由だ』


 その拡声器の艦長ツナミの声が落ち着いていることに、メイリーは微かな安堵を覚える。

 どこか似た者のように──兄のような、弟のような、そんな存在──に感じていた〝彼〟は、どうやらあの失意の縁から本当に立ち直ったようだった。



 個人端末PDAにメッセージの着信があった。──ヨウ・ミナミハラからで、文面は〝オレは行きます〟。

 ──もう彼のことは理解してわかってはいたメイリーだったが、やっぱりもう少し丁寧な文面で欲しかった、と思う……。



『正直コレは……〝囮〟とか〝援護〟とか…〝作戦〟とか言うのじゃない……。そんなものは、結局は後付けの理屈ヽヽヽヽヽヽだと思ってくれていい──』



 それで、ちょっと思案したメイリーは、こう返信した──


〝ご自由に……‼〟




 【カシハラ/ 司令公室】


 エリン・エストリスセンは特別公室の長テーブルに一人座り、両の手の中の懐中時計アンティークの洒落た装飾──〝M〟の飾り文字──を、その細い指でなぞる様にしていた。


 もうこれで二度と私的に会うことはないと、二人ともが了解したあの折に、とっさに望み願った彼女の手にユウ・ミシマが残していった銀時計──。彼の祖母から受け継いだ、彼の高祖父の遺品だったもので、その高祖父の妻はミュローン貴族だったそうだ。


 それでは代わりに、と彼女が差し出そうとした母の形見の指輪を、ユウ・ミシマは何も言わず丁重に押し戻した。着の身着のままでとび出してきたような彼女にとって、銀時計に吊りあう唯一つの私物であったが、それは同時に帝室の宝物ものであり小道具ぶきであり〝怪聞スキャンダル〟ともなるものである。


 ミシマは優しい笑みでそれを辞退し、ただ彼女を抱き寄せただけだった。 ──だから、ミシマの手許には彼女との思い出の品はない……。




『──本当のところは、俺やミシマ…… 俺たちヽヽ仕出しでかしたことに対して〝落し前〟を付けたい、ということなんだ……』


 拡声器から聴こえたその名前にエリンはふと反応する。それからその後の言葉──


 

 ──〝落し前〟……?


 そうだ。〝決着おとしまえ〟は付けねばならない……。



 エリンもまた、ミュローンとしての決意を新たにする。




 【カシハラ/ 艦橋】


 一方、艦橋ではユウ・ミシマが艦長のツナミの台詞に、追憶から連れ戻されていた……。


 ──〝落し前〟か……。


 そんなミシマとイツキの眼前で、ツナミは生真面目な表情かおで続けている。


「だから最低限の人員──最悪、俺一人ででも〈カシハラ〉を稼働さうごかせれば、それですむことだと解ってもいる……」



 そこでいったん言葉が途切れた。ツナミがマイクにミュートをかける。




「まいったな…… 艦長としてあるまじき行為おこないかな、こいつは……」


 しばらくして、そう言ってこちらを向いたツナミに、イツキが苦笑して返す。

 バートレットは無言で肩を竦め、ミシマは頷いて先を促した。





 【カシハラ/ 〝仮営倉〟】


 元々は練習艦であり『営倉』を持たない〈カシハラ〉は、必要な際には船倉貯蔵室の一部を〝仮の営倉〟として使用することになっていた。


 いま、此度の件で拘束された三名の士官──シオリ・イセ、シンイチ・ユウキ、シュンスケ・ソウダ──は、それぞれの〝独房〟で、遠くの拡声器からの放送を聞いている。


『──それでも、俺は……

 貴様たちに付き合う義理なんて本来ないのを解かってる上で、頼みたい……


 俺と一緒に、〈カシハラ〉を動かして欲しい』



 そのツナミの言葉に、シオリは思う。


 ──なら、最初からそう言えばよかったじゃん……。


 それでも、自分が仲間を裏切った事実は消えない──。

 シオリは抱えた膝に顔を埋めた。




 【カシハラ/ 情報支援室】


 キンバリーキム・コーウェルが情報支援室に戻ってきたのは、膨大な作業がちっともはかどらずにユウイチ・マシバがくさり始めていたときである──。


「……キム…?」


 入口に立つキムに視線を上げると、マシバは恐る恐る声を掛けた。

 拡声器からは艦長の放送が流れている──。


『俺一人なら出来ることなんて限られる ──ほんの少しだけ意地を見せて〈カシハラ〉は結局、沈むだけだろう……


 だけど、皆が手伝ってくれれば、このふねは生き残ることができる』



 そんな情景の中で視線の合ったるキムは、ふと顔を臥せるようにポツリと言った。


「喧嘩したまま……別れたくないから……」


 それでマシバは、心が軽くなった。




 【カシハラ/ 艦橋】


 バートレットの構えるカメラのライブビュー画面モニターの中で、青年艦長タカユキ・ツナミは特に気負うでもなく、同期クラスの仲間たち──そしていまでは戦友──に語り掛けている。


「…俺たちが捨て置くことをしなかった少女と共に…… いろいろな想いと共に…… 〝勝つことの出来なかった者〟としてでなく、〝立ち上がった者〟として語り継がれる存在になると思う──」



 いいヤツだ。

 そうバートレットは思う。

 その〝いい男〟は、画面モニターの中で最後の言葉を次のように締め括った。



「──そうなってヽヽヽヽヽ、皆で胸を張って故郷に帰ろう」




 そう言葉を終え送話器マイクを置いたツナミが副長と航宙長を見遣ると、二人は長い演説を終えた同期次席クラスメートを労うことなく、それぞれの手許の情報端末パーコムに集中していた。


 やがて二言三言を交わした後、ようやくツナミの方を向く。



「第2分隊は、基本ヽヽ全員が付き合うそうだ」 第2分隊長のミシマが言った。


 間髪置かずイツキが言う──


「──オマエ、何カッコつけてんだよ! 〝一人ででも〟なんて思ってもなかったろが。 ……それと航宙艦乗りふなのりが〝沈む〟なんて言うかフツウ?」


 言って笑いかけてくると、それを再びミシマが引き継いだ。


「──ご苦労さま。まあ悪くなかった」


 イツキの言葉にバツの悪い表情となったツナミが、それでようやく恰好を崩せる……。すると拡声器が再び鳴った──。



『艦橋-CIC』 クリハラ砲雷長の落ち着いた声だった。『──第1分隊、脱落者なし』


『こちら機関室── 残存全員が残留希望』 機関科第3分隊からは、正規軍人ではない機関長のオダに代わってクゼ宙尉だった。


『5分隊──わたしだけですけど……行きます』 とこれはアヤ・イチノセ宙尉から。


 最後に主計科と衛生科からなる第4分隊を代表して主計長のシホ・アマハが報告してきた。


『今更訊くのは野暮ってもんだよ? ──第4分隊、全員参加……以上報告終わり』




「……だ、そうだ」


 イツキにそう言われて、ツナミは安堵したふうな満足したふうな表情になって頷いてみせた。


 バートレットは、最後にその表情を撮ってカメラの電源を落とす──。

 いい画が撮れた、と、そう思った。


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