60 暗い船外作業準備室の中
暗い船外作業準備室の中を、タカユキの背中が真っ直ぐに戦術科甲板部の
──そのフェイス部に映り込んだ瞳は暗く、まるで
つと、タカユキの目が
「…………」 わたしは、じっと彼の横顔を見上げている。
「コトミ──」 タカユキの口が、そう動いたように思う。
タカユキはオレンジ色の
「やめて……」 わたしは声には出来ない声で彼に言う……。
独り黙々と
わたしは、そんなタカユキに近付くこともできなくなっていた。
──あの娘…… ベッテ・ウルリーカは助かったろうか……。
〝助かっている〟
心を落ち着かせ澄ませてみると、
でも、わたしは助からない……。暗い
だから……、誰か、タカちゃんを止めて。──そっちにわたしはいないから……。
作業準備室の入口の扉がスライドし室内灯が点いた。
ミシマ副長が入ってきた。
その後ろに看護助手のコと、トコちゃんの蒼白な顔が見える。
──そっか、トコちゃんが副長を呼んでくれたんだ。
ありがと……トコちゃん。
「船外作業は『
副長の硬い声に、タカユキの手が止まる。
ゆっくりと副長を振り見遣った顔にはいつもの自信も冷静さもなく、わたしは心を押しつぶされてしまいそうになる。
タカユキは静かな口調で言う。
「──いかせてくれないか……」 それは懇願のようだった。
副長は目を閉じ上を向いて、大きく深呼吸をするように息を吸って、それから言った。
「……ダメだ」
真っ直ぐにタカユキを向いて告げる。「──君が〝艦長〟だ。いかせられない。いま君が居なくなれば、
そういう副長だって辛そうで、でも彼は、それでもタカユキを真っ直ぐに見据えて言ってくれた。
「僕を恨んでくれていい ……が、いかせてやることはできない」
すこし沈黙があって、その後のタカユキの声は震えていた。
「けど…… あいつ、きっと心細くて震えてる」
わたしは、口もとを押さえてしまった。トコちゃんが堪えきれなくなって俯いた。
「……だがもう7時間経つ──
副長が、渇いた響きの声で続けた。その顔にはもう、表情がない。
「解ってる! ……解かってるさっ‼」
タカユキの方は、その声も
「──これが、〝艦長〟としての
また沈黙があって、その後のタカユキの声は、もう嗚咽の様だった。
「だから……俺が…迎えに…… いや──」 大きく
わたし……
──
わたしは、そんなタカユキに近付くと、その背から腕を回した。
そしてそっと抱きしめて言った。
「…やめて……」
そんなこと、望んでないよ……
タカユキの体温を感じる。
ぴく、とタカユキの大きな背が、反応したように思えた。
タカユキの腕を伝うようにして、わたしはわたしの手をタカユキの手に重ねる。
こんな形で、全部放り出しちゃうのはよくないよ タカユキらしくない……。
手の温もりが愛おしかった。
──少しだけ、想いは叶ったのかな……。
ここまで、帰ってこれた──。タカユキの隣まで。
タカユキに落ち着きが戻ってきたようだ。
名残おしいけれど、もう行かなくちゃいけないのがわかる。
自分が薄くなっていくのがわかる。
わたしの〝意識〟が、
わたし……最後に、〝わたしの
──タカちゃん……
──〝生きて〟……
…………。
──お父さん……? お母さん?
──ごめんなさい…… わたし、帰れなくなっちゃった……
──死んじゃう……みたい……
──〝死ぬ〟んだ…… わたし……
──‼
──嫌だ……‼ わたし…… 死にたくない! もっと生きたい! 生きたいよ……っ‼
──おかあさん…… タカちゃん…… 助けて! 助けてよっ‼
──わたし……、死にたくなんか……ないよ……──
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