第12話 宙賊の街──〝扯旗山〟(後編)[☆1ep 拡大SP]

51 〝宙賊〟に『自治権』を与える……というのですか?

登場人物

・タカユキ・ツナミ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男

・ユウ・ミシマ:同副長兼船務長、22歳、男

・シホ・アマハ:同主計長兼皇女殿下付アドバイザ、26歳、女、姐御肌

・ユウイチ・マシバ:同技術長兼情報長兼応急士、21歳、男、ハッカー


・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:

 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女


・〝キム〟 キンバリー・コーウェル:

 テルマセク工科大学の学生、17歳、女、ハッカーの才能有


・ビダル・クストディオ・ララ=ゴドィ:

 扯旗山の私掠組合の首領、35歳、男、通称〝不死の百頭竜ラドゥーン

・ギジェルモ・デル・オルモ:

 ララ=ゴドィの片腕、〝策士〟兼〝相談役〟、31歳、男、実はハッカーもする


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 ベイアトリス朝ミュローン帝政連合の皇位継承権者、エリン第四皇女殿下の座乗する巡航艦カシハラへ、〝扯旗山ちぇきさん〟の『私掠組合ギルド』の首領ビダル・クストディオ・ララ=ゴドィが訪れていた。


 カシハラの側から持ち掛けた『取引』である。ララ=ゴドィは『宙賊航路』の宙賊に〝白地の小切手〟を振出そうという皇女に興味を持った。


 だからいま、〝不死の百頭竜ラドゥーン〟ララ=ゴドィは表の舞台で皇女との謁見茶番を演じているわけだが、その裏舞台では、ララ=ゴドィの〝策士〟、ギジェルモ・デル・オルモがカシハラの艦内システムへの侵入を試み、カシハラ側と短い、静かで熾烈な攻防を繰り広げていた──。



6月16日 1840時

【H.M.S.カシハラ/ 情報支援室】


「──結構、粘るよねぇ……」


 立体表示ホロディスプレイのアイコンを目まぐるしく爪弾きフリックしながらキンバリーキム・コーウェルは、かたわらの席のユウイチ・マシバの横顔に言った。言われたマシバは、こちらはキーボード上の指を電光石火の如くにはじきながら、彼女に比べて余裕のない声で応える。


「そっちに〝逃がし〟た…… 今度こそ捕まえろよ!」


 キムは立体表示ホロディスプレイの上から視線を動かさず、アイコンを爪弾きフリックし続ける。


 マシバの操作オペレーションは適切で的確だった。疑似エントリと逆探索の組合せコンボを〝見せ〟て、逆乗っ取りスナッチを仕掛ける。


 ──でも届かない、か……

 べつにユウイチが遅いんじゃない……。


 この相手が尋常じゃないのだ。キムは援護フォローに回って想定した経路の組合せ全てに防壁を展開する。間に合わない。


「──ダメ」 キムは言って、最後の一手をダメを承知で放つ。


 案の定、侵入者は複数の疑似エントリを逆に放ち、防壁の展開に時間差タイムラグを作り逃げ去っていった。〝最後の一手〟として放った〝トロイの木馬ドロッパー〟を完全に分解するという余興までやってみせて……。


「逆エントリ、解除…… 逃げられちゃったね」



「…………」


 まるで〝いい試合スポーツ〟をした直後の女子高生のようなサバサバとした表情かおでそう言うキムに、マシバは徒労感を露わに天を仰ぐ。ただ彼女を責める様なことはない。マシバ彼女キムの〝役回り〟でこの追跡を行っていたとしても、結果は変わらない──むしろ侵入の完成を許していたかも知れない──ことは理解してわかっている。


 マシバはゆっくりとシートを回してユウ・ミシマの方を向いた。


「副長。これまでです……」 言って肩を竦める。



 言われて『副長』のミシマは、この場に助言者アドバイザとして来てもらっている『機関長』ユキオ・オダと顔を見合わせた。年長者による助言は艦長のタカユキ・ツナミの指示で、実際オダという男は客観的に物事を見ることに慣れていて、とくにこのような場で信頼できるとミシマも思っている。


 ミシマはマシバにもう一度確認した。


「侵入は撃退した── 情報を盗まれてはいないし、乗っ取られてもいない── という理解でいいな?」


「──データバンク、コマンドライブラリ、いずれへの侵入も許していません。マルウェアも展開させませんでした」 その言葉に、傍らでキムが小さく胸を張ってみせる。


 マシバの答えを聞いて、オダが落ち着いた声でミシマに直言した。


「では実害は皆無だったわけです。どうでしょう。ここは下手に騒ぎ立てず、相手の次の出方を見てはどうです?」


 ミシマは肯いた。それは彼自身の考えと一致していたからだ。

 それでミシマは個人情報端末パーコムを操作し、ツナミへと事の顛末とその考えを伝える文面を簡潔に入力タイプし送信した。




6月16日 1842時

【格納庫内 ウィキッド・ウェンチあばずれ娘号/ 乗員船室クルーキャビン


 侵入を試みて「8分」でギジェルモはそれヽヽを諦め、カシハラのシステムの中から退去、形跡を消して回線を切断している。──散々に追い立てられ、うのていで〝逃げ出し〟た格好だ。


 ──この侵入路、周辺設備の汎用入出力接点インタフェース通信規約プロトコルを使う手法は、そうと警戒したところで現実的な対処を打つことは難しい。〝裏口〟とそのパスコードのマップを持った自分たちが圧倒的に有利だったはずだ……。


 ギジェルモはようやく一息つくと、目論見の甘さに嘆息する。


 ──まあいい…… オレは神さまじゃない……こういうことだってあるさ……


 それから酒瓶ボトルグラスに手を伸ばし、まだ姿を見ぬ敵手へ称賛の杯を掲げるのだった。


 そして一人嗤い出す。


 ──あとは〝船長キャプテン〟の方の首尾しだい、だ…… 〝成るように成れQue Sera, Sera〟と……‼




6月16日 1850時

【H.M.S.カシハラ/ 特別公室】


 その〝船長キャプテン〟ララ=ゴドィの首尾である──。


 皇女との謁見が始まって、もう20分程が過ぎていた。

 ギジェルモがこのふねのシステムへの侵入を首尾よく果たせているなら、もう何らかの動きがあってよかったが、その兆しはなかった。どうやら不首尾であったらしい。


 ──〝ギジェルモ〟ほどの電脳技師〝魔法使い〟が入り込めないとは…… このふねには余程腕のいい電脳技師が付いてるのだろう。


 ララ=ゴドィはそんな内心の算段なぞおくびにも出さず、皇女との談笑を楽しんでいるふうを装い続ける。


 ──だが〝世間話〟だけヽヽを続ける、というわけにはさすがにいかない。話題は次第にミュローンの政変に対する〝扯旗山ちぇきさん〟の動向と、ベイアトリスの振出す〝白地の小切手〟の話になっていった。



「──『私掠しりゃく免許状』、ですか……」


 ララ=ゴドィが、このようなときの想定問答で用意される用語の一番手であろうそれヽヽを口にすると、エリンは静かにララ=ゴドィを見返した。同席するタカユキ・ツナミ艦長はシホ・アマハ宙尉と顔を見合わせたが、その表情は露骨に曇っている。


 ララ=ゴドィとしてはうやうやしく首を縦に振ると、一応すじ道の通った見解を開陳してみせる。


 ──〝扯旗山ちぇきさん〟としては皇女殿下一行のカシハラへの援助はやぶさかではない。水・食料・燃料の他、武器弾薬についても可能な限り用立てさせてもらう。ただし、それを表立って行うことはご容赦願いたい。つまり連合ミュローンと正面からコトを構える様な真似はできない。


 その様な事情から殿下から受ける見返りは、宙賊行為の〝お目溢めこぼし〟──『私掠しりゃく免許状』の交付が適当ではないか、と──。


 ララ=ゴドィにしてみれば、この時点でどの程度の見返りを期待してよいか判断のしようがない──そもそも皇女殿下一行の帝国本星ベイアトリス行が成功するかわからない──から適当である。


 失敗して紙屑となるかも知れず、さりとて全く無視するのはいかにも〝目端が利かない〟ようで癪である──そんな程度のことだ。

 仮に彼女の掛けが成功したのなら、その時は値を吊り上げればよい。『私掠しりゃく免許状』はその時のための〝最初の掛け金オープニングベット〟にでもなってくれれば、それでいい。


 そしてララ=ゴドィと〝扯旗山ちぇきさん〟の『私掠組合』にとって、じつは『私掠しりゃく免許状』などはどうでもよかった。そんなものが有ろうが無かろうが『宙賊航路』での稼業に影響などない。



 エリンはしばし反芻したように目線を伏せた後、ゆっくりとした口調でララ=ゴドィに対し口を開いた。


「私掠免許状はすぐに出せると思いますヽヽヽヽ。……ですが、それはさほど〝船長キャプテン〟ララ=ゴドィの利益にはならないと思います」


「……?」


 皇女のいい様に、ララ=ゴドィは怪訝な顔を向けた。同じように皇女の側で臨席する士官たちも同様にエリンを向く中、そのララ=ゴドィに対し、エリンは静かに、しかし決然とした表情で言った。


「わたしがベイアトリスに帰れば早晩『帝権』は安定します ──戦時のみ、その効力を持つ『私掠免許状』は早々に意味を失うでしょう ──ミュローンは平時の〝略奪行為〟を決して是認しません」


「…………」 


 少し驚いたように皇女を見返していたララ=ゴドィは、話の帰着を覗うように先を促す。


 エリンは相手の警戒を解くように、微笑を浮かべてみせた。


「──わたしとしては、それよりも平時より効力を持つヽヽヽヽヽヽヽヽヽ『復仇免許状』を発行しようと思うのですが……」


「復仇免許状……?」 話の落し処が見えず、ララ=ゴドィが眉を上げる。


 エリンは続けた。ツナミもアマハも、そしてカルノー宙兵隊少佐も、固唾を飲んでいる。


「その際には、併せて〝マレイズしょう〟を通る航宙軌道の使用料徴収権と〝扯旗山ちぇきさん〟の租借権、共に〝40ヵ年〟をお約束します」


「あ……」 ララ=ゴドィは言葉を失った。



 これでは〝白地の小切手〟というより〝空手形〟だ──。しかし〝空手形〟なのであれば、話は大きく持って行った方がいい。この娘はそれを知っている……。


「我々〝宙賊〟に『自治権』を与える……というのですか?」


 ララ=ゴドィは用心深く訊いた。狙って、奪うのが宙賊というものだ。守るべきものを持ってしまって──責任を持ったものを、果たして宙賊と言うだろうか……?


 そんなララ=ゴドィに、エリンは重ねて言った。


「既に〝扯旗山ちぇきさん〟の行政について、手続き的知識ノウハウも権益もお持ちでしょう ──権利には相応の責任が伴うものです。責任を持とうとしない方と交渉をするつもりはありません」


 その目の語りかけるものに、ララ=ゴドィは抗せない自分を識る。


「──『組合』にとっても、〝出資〟されている方々にとっても悪い話ではないと考えますが、如何いかが?」


 エリンは確信を持った表情かおを隠すことなく、ララ=ゴドィに迫った。


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